第36話「裏切りの代償」

 新大陸の王国、王城の前では大勢のプレイヤーが集合していた。


 なぜならば後30分ほどで、期間限定レイドイベントのラストクエストが始まるからだ。そのため、皆喜々とした表情で開始を待ち続けていた。


 だが中には重苦しい顔をしている者もいる。


 それはイベントゴールを目前にしてチートMODを使おうとしている者、あるいは使用を阻止しようとしている者たちだ。


 間もなく、このゲーム『オーダーニューロマンス』の興廃(こうはい)を決める戦いが始まろうとしていた。


「できることはした。後は、決着をつけるだけだ」


 レッドはできうる限り冒険者ギルドや騎士団、もしくは個人に声を掛けて賛同者を集めた。数こそは多くないが、それでも意志の固い者たちを選んだつもりだ。


 このチートMODを巡る戦いで1番怖いのは、味方の翻心(ほんしん)だ。裏切られればその差は大きくなるし、他のプレイヤーの心も揺さぶられる。


 それだけは何としても回避して、勝利しなければならないのだ。


「レッドさん!」


 レッドを呼ぶ声は、エリンのものだ。共に走ってきているのはアンジーだった。


「たくさんの人に声を掛けました。これで、大丈夫でしょうか?」


「分からない。だが後は全力を尽くすだけだ。装備の準備はできてるな」


「補充は完璧です。それよりもレッドさんこそ、武器を渡してしまって準備ができてないんじゃないですか?」


「心配するな。代わりの武器は用意した」


 レッドは腰に差している剣と蒸気銃をエリンに見せて、エリンを安心させた。


「さて、もうすぐスタートだ。エリンには別の任務をしてもらう」


「任務、ですか?」


 エリンはレッドの突然の指令に驚いたようだった。


「エリンにはこれから別動隊として、イベントのゴールを目指してもらう」


「――!? 戦いに参加するのではなく、ですか」


「そうだ。おそらくケイ卿も自分を含む本隊と、ゲームの攻略を最優先にする別動隊に別けるはずだ。だからエリンには先にイベントゴールのナンバー1になってほしい」


「……いいんですか?」


「ケイ卿の配下がチートMODを使ってナンバー1になると、チートMODの宣伝になる。そうなれば形勢は悪くなる一方だ。これは決戦の重要なファクターになる。エリン、これはお前だけにしか頼めない仕事なんだ」


 レッドはエリンに言い聞かす。自分だけイベントゴールというロマンを求める行為をしてもよいか、エリンは悩んでいるようだった。しかしそれがエリンのためにもなり、レッドたちのためにもなるなら合理的手段なのだ。


「……分かりました。この私が、皆のために全力でイベントゴールを目指します」


「よしっ。その意気だ」


 エリンは会話の後、イベントゴールを目指すべく、城に最も近い先頭集団へと旅立っていった。


 残るはレッドとアンジーだけとなった。


「アンジー先生、戦いが始まる前に聞きたいことがある」


「んっ? 何だンゴ……」


 レッドは重苦しい顔をしてアンジーに問いかけた。


「ケイ卿に情報を売ったのはお前だよな」


「――!?」


 アンジーの顔には困惑も疑問もない。ただ、何故分かったのかという驚きがあった。


「どうして分かったンゴ……?」


「否定はしないんだな」


「……」


 アンジーは隠し立てする様子もなく、被告人席の容疑者のように呆然と立っていた。


「気づいたのは最初からだ。あの場面に立ち会った中で監視の目はあり得ない。ならば、あの状況で撮影する機能を常に準備している者が犯人、そう考えれば簡単だ」


 アンジーはバーチャルアイドルだ。そうなると動画撮影もしているはずだと考えるのが、自然である。


「……エリンやケリーの可能性は?」


「エリンの可能性は視覚共有の際に環境を確認して、撮影環境がないことが分かった。ケリーは彼女から話を持ってきたのでまずありえない。つまり消去法だよ」


「へー、じゃあなんて今まで言わなかったんじゃあ……?」


「もし本当に俺たちを裏切っているなら、どこかで動きがあると思った。だけど、それはなかった。あべこべなんだ。裏切ったのに、裏切るつもりがない。俺はアンジー先生の本心を測れなかった……。だから今聞いている」


「中途半端、か。そうだンゴね……。われは正直、どうでも良かったンゴ……」


 アンジーはレッドに促(うなが)され、とつとつと心の内を吐露(とろ)し始めた。


「われはずっと、オーダーニューロマンスの将来とわれの未来について迷っていたンゴ……。ゲームは衰退する一方、そしてわれはバーチャルアイドルとして芽が出ない、そんなどうしようもない時にチートMODなんてものがまた現れたンゴ……」


「アンジー先生は、チートMODをどう思ったんだ」


「ああ、ついにこのゲームも終わりか。と思ったンゴ……。どうせ終わりなら、ゲームの劇的な終わり、有終の美に立ち向かいたい。そう思ったンゴ……。歴史的な立会人になれば、まだ心の整理ができると思ったんじゃあ……」


 アンジーはそう言うと、急に険しい顔になった。


「レッド、われに――私に子供が産まれたんだ」


「リアルで、か」


「私はもうすぐゲームを辞める。ゲームをしながら働けるほど、私の家は裕福ではなくてな。子供のためにできるだけのことをするつもりだ」


 レッドはアンジーの心の奥にある展望(てんぼう)を聞いて納得した。


「アンジー先生はもう、このゲームに未練はないんだな」


「……ああ」


「これから、どうする?」


「渡せるものは騎士団の専用ルームに置いてきた。後はログアウトをして、キャラデータを消すだけだ」


「チートMODとの戦いは、参加してくれないのか」


「参加しようと思ったが、ばれてしまった以上、ここにいるのもおかしいだろう? 最後に、エリンに別れの言葉を言いたかったが、気まずくなりそうだしな」


「そうか、そうだよな」


 レッドは暗い顔をし、対するアンジーは憑き物が落ちたようにさわやかな顔をしていた。


「私が言うのも変だが、頑張ってくれ。エリンを、ランキング1位にするんだろ」


「……もう、アンジー先生には関係ないだろ」


「それもそうだな。ただ、餞別(せんべつ)だけは受け取ってくれ」


 アンジーはそう言うと、袋に包んだ何かをレッドに渡した。


 レッドは袋をほどき、中を見ると驚きの表情になった。


「これは――!?」


「レッド、エリンにも言ってほしいことがある」


 アンジーは最後の一輪だけのような、寂しそうな笑いをしながら言葉を述べた。


「2人との最後の旅は楽しかったンゴおおおお! ってな」


 アンジーはそれだけを口にすると、白く淡い光と共に消えてしまった。


「ログアウト、したか」


 レッドが連絡先を確認すると、アンジーのアドレスは消えていた。本当に、もうこのゲームに未練はなかったらしい。


「アンジー先生。今まで、ありがとうございました」


 レッドは小さく礼を口にすると、険(けわ)しい顔に戻った。


 ここからは、これからはレッドだけの戦いだ。


 残りはケイ卿との決着、それだけなのだ。

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