第35話「未来へのかけ金」
「3時間後……だと」
レッドはアナウンスを聞き、愕然(がくぜん)とした。まさかこんなタイミングでラストクエストに突入してしまうとは、思いも寄らなかったからだ。
「別に時間は大丈夫じゃないですか? この地下墓所を出るのに時間はそれほどかかりませんし、間に合いますよ」
「……ケリーと話しただろう。俺たちの役割はイベントをゴールするだけじゃない。ケイ卿の企みを止めるために仲間を集める約束をしていただろ」
「――あっ」
エリンはレッドに言われてやっと思い出したらしい。
レッドたちはケリーとの話し合いで他の騎士団との協力を取り付けるよう、決めたはずだった。
それなのにここまで他の騎士団とも会わず、またその努力もせず、イベントのラストクエストを発生させてしまったのだ。
これは大誤算である。
「い、今から募集掛けますか?」
「募集ならアンジー先生が掲示(けいじ)している。問題は直接説得しないと来ないような大手の騎士団だ。ケイ卿の方に流れる前に、何とか交渉しないと」
レッドは確認するようにアンジーの顔を見つめた。
「小規模な騎士団で賛同するコミュニティはあるけど、大手は慎重な意見が多いンゴ……。どうにかしてこちらからアポイントを取らなきゃならないンゴね……」
「だ、そうだ」
だからと言って、レッドは同じ『黄金の羊騎士団』以外のメンバーとの交流は少なく、交渉の当てがない。それはアンジーも同じで、エリンは言うまでもない。
「ど、どうしましょう……」
レッドたち3人が頭を揃えてウンウンと唸っても、よい考えは出てこなかった。
そんな時である。
「こんなところで相談ですかあ。期間限定ランキング上位を突っ走っている方は余裕たっぷりですねえ」
良いアイディアの代わりに部屋の入り口から聞こえてきた声は、聞きなじみのある、低く粘質的な喋り声だった。
「ヴァンか。こんなところに何の用だ」
「何の用かと言えば、先ほどまでここのクエスト目標だったものですよお。まあ、先を越されたワケですがねえ」
「おう、お疲れ。帰っていいぞ」
「……相変わらず失礼な人ですねえ」
レッドはヴァンを追い返そうとした時、気づく。そう言えば別の騎士団の人間がここにいるではないか。
「おい、ヴァン。お前は白獅子騎士団所属だったよな?」
「? ええ、そうですよお。うちに何か用ですかあ?」
白獅子騎士団は騎士団のみのランキングではナンバー2、総合ランキング34位の大手コミュニティの1つだ。その騎士団員ならば、騎士団長のエルト・アーバンとも面識があるはずだ。
「それはもちろん。うちの団長に頼み事ですかあ?」
レッドはここまでの、ケイ卿と『銀色の歯車騎士団』、そしてチートMODとの関係を話す。
途中で疑問を挟むかと思ったが、ヴァンはその話に余計な質問無しで最後まで聞いてくれた。
「では、1つ聞きますが」
ヴァンはレッドの話を一通り聞いてから尋ねた。
「チートMODがブラフではなく、本当である証拠はありますかねえ? こちらとしては個人的な争いだった場合、参加するのは悪手(あくしゅ)なのですがねえ」
ヴァンの言い方はともかく、言っている内容はその通りだった。
ケイ卿がチートMODを使う可能性は本人が示唆(しさ)しただけで証拠はない。
ケイ卿が纏(まと)っているのはあくまでも疑いのみ、それが大手騎士団が諸手(もろて)を上げて協力してくれない理由だ。
「……その疑いを払拭(ふっしょく)する手札は、ない」
「ならば私は団長に勧められませんねえ。こう見えても義理は固い方ですよお。私」
「ない。ないが――」
なくとも、ここで引き下がるわけにはいかない。
レッドは片手剣のローエンと蒸気銃のグリンを取り出した。
「ちょちょーっと待つんだンゴおおおおおおお!!!!」
「早まらないでください! レッドさん!!」
レッドの愚行に、エリンとアンジーは叫び声を上げた。
それに対してヴァンは急ぎもせず、自分の得物を構えたのだった。
「3対1なら楽に勝てるとは思わないことですねえ。こう見えても私、対策は立ててきましたからねえ」
「勘違いするな。どいつもこいつも俺を下に見やがって」
レッドはローエンとグリンを逆手に持つと、ヴァンに手渡すように差し出した。
「……なんの真似ですかあ?」
「見ればわかるだろ。証拠がない以上、担保(たんぽ)を出すしかない。これが俺のできる全てだ」
レッドの応えに、本人を除く3人は驚いた。
特に騒がしかったのは、エリンだった。
「レッドさん! それ大事な物なんでしょう! 簡単に渡しちゃダメですよ!!」
「大事も大事。俺の10年以上のプレイの思い出の品だ」
「じゃあ、何でですか!」
「俺はコイツに、賭けたいんだ」
ヴァンは拍子抜けした顔でローエンとグリンを受け取った。
「何を賭けると言うんですかねえ?」
「エリンを、ランキング1位にするという夢だよ」
「ランキング……1位!?」
ヴァンはその言葉を聞いて、腹が寝違えるほど大声で笑いだした。
「今はまだひよっこだがな。俺は本気だぞ。本気でエリンを――」
「いえ、いいえ。いいえいいえ。私が笑ったのはそのことじゃなくて」
ヴァンは口を無理やり押えて、やっとまともになった。
「アナタが、あの『居残り組』が、夢を。夢を語るもんなんですねえ。正直、プハッ。世界が逆さになってもありえないと思っていましたよお」
「笑ってる内容はほぼ同じじゃねえか!」
「いいえいいえ、これは重要な違いですよお。レッドさん」
ヴァンは「重要なことなんですよお」と念を押した。
「私もこのゲームにまだ愛着がありますからねえ。いいでしょう。私は全力を持って団長を説得して見せますよお。私も、エリンのその後が見てみたいですからねえ」
こうしてレッドたちとヴァンとの約束は決まった。
「それと他の騎士団にも呼び掛けてくれ。できるだけ大手のでな」
「そのくらいお安い御用ですよお」
レッドはエリンとアンジーに向き直ると、作戦を話した。
「残り3時間もない。足で稼いでできるだけのプレイヤーに呼び掛けてくれ。騎士団でも、冒険者ギルドでも、個人でもいい。できるだけ多くのプレイヤーを集めるんだ。そして3時間後、城の前へ来てくれ」
レッドの話を聞いたエリンとアンジーはその言葉に同意した。
「はいっ。キリキリ動きますよ!」
「分かったンゴおおおおおお!!!!」
4人は話し終わると地下墓地から脱出し、それぞれの相手を求めてばらばらに散った。
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