第34話「ラストクエストが始まります」
突然襲い掛かってきた王国騎士を返り討ちにしたレッドたちは、奪い取った地図が示す場所を目指し、王家の地下墓地を探索していた。
「この方向であってるんですか?」
「大丈夫だ。こちとらゲームに関しては年季が違う。これくらいじゃあ迷わないよ」
レッドは地図を持ち、先頭をガンガン進む。
クリーチャーが潜んでいる様子や他の王国騎士が待ち構えている様子もないので、怖気づいて進む必要がないからだ。
そんな調子で更に奥へと行くと、少し広く明るい場所に出た。
所々の横穴が柵で封じられているところを見るに、どうやらここは牢屋らしい。
「牢屋か。重要そうなNPCかプレイヤーでも捕まってるかもな」
レッドが呟きながら、牢屋の横を歩いて中を見る。すると、一番奥の牢屋に誰かがいた。
それは一見して少女だ。ただし布地(ぬのじ)の間から見える関節は人形のそれで、華奢(きゃしゃ)な身体は肉がついていないせいだった。
少女のオートマンの顔は美麗でも雑でもなく、申し訳ないように長い前髪に隠されている。身長はエリンとほぼ同じで、遠目には人間と区別がつかなかった。
「オートマンか。いや待てよ。あいつらもオートマンだったよな? こいつは敵なのか味方なのか?」
「分かりません。でもこんな時こそ話してみましょう。それがゲームの鉄則です」
エリンは自信満々に言うと、オートマンの少女に話しかけた。
「こんにちは、元気ですか?」
オートマンの少女は首を縦に振った。
「ここでの暮らしは長いんですか?」
オートマンの少女は首を縦に振った。
「もしかして、喋れませんか?」
オートマンの少女は首を縦に振った。
「まずいですよ、レッドさん。会話が全然成立しません!」
「十分話せてるじゃねえか」
レッドがエリイの頭を素早く小突くと、代わりにオートマンの少女に近づいた。
「どうやら言語エンジンがインストールされていないみたいだな」
「言語エンジンと言うと、マリーザに入っていなかった機能ですか?」
「ああ、事情を訊こうにもこのままでは話もできない。だが」
レッドはエリンに手招きをした。
「マリーザを出してくれ。マリーザならデフォルト機能を使えばオートマン同士で会話できるはずだ」
「つまり通訳させるわけですね。任せてください」
エリンは指輪をした右手で指を鳴らそうと試みる。しかし、親指で弾いた中指は上手く手の平を叩けない。
それでもヘチンッ、という間の抜けた音と共にマリーザが召喚された。
「……また練習します」
エリンが落ち込んでいるのは気にせず、レッドはマリーザとオートマンの少女を牢越しに面会させた。
「さあ、頼むぞ」
レッドがマリーザにそう促すと、マリーザとオートマンの少女は向き合ったまま、高速で歯を打ち鳴らし始めた。
「は、始めて見るけどこれがオートマン同士の会話か。怖いな」
しばらく高速演唱のようなやり取りがなされた後、2体のオートマンの会話はすぐに終わり、マリーザが次の命令を求めてレッドとエリンに向き直った。
「何を話した?」
「通訳します――。私は名前のないオートマンです。かつては王から密命を受け、それを成すためだけに生み出されました。私は、王の命を果たさなければなりません」
「亡くなった王の命令か。それは何だ?」
「王は私に、封じた未完の聖杯を破壊するように言いました。しかし、王代理のクリケットに捕まり、ここにいます」
「聖杯!? 本当にあるのか」
「その通りです。と回答します」
名前のないオートマンは続けてこの国の状況と自分の状況を説明した。
この王国はかつて隆盛を誇り、聖杯を手にした。だがその聖杯は穢れていた。
聖杯から生み出された厄災とクリーチャーにより、王を残して王国の人々は全滅。その代わり、多くの犠牲の果てに聖杯は封じられた。
その後、職人でもあった王はオートマンを造り始めた。オートマンは兵士や側近、それに住民として代わりに配置し、王国の復興を開始した。
ただ王に残された時間は少なかった。王国の再生を待たずに亡くなる王は、最後の望みとして、聖杯の破壊を決断した。
「だが聖杯は破壊できなかった。クリケットは何をするつもりなんだ」
「クリケットは聖杯を使い、王の復活を目論んでいます」
「……可能なのか?」
「YES、もしくはNOです。聖杯を使えば王の肉体は再生しますが、魂までは再現できません。それは王が初めて聖杯を使い、王妃(おうひ)を復活させようとした時にも言えます。それでもクリケットは少ない可能性に賭けて王の完全な復活を試みるつもりです」
名前のないオートマンは再び語る。
聖杯を完成させるには、人の命をくべる必要があるらしい。所謂(いわゆる)、生贄だとか人柱という奴だ。
「だから俺たちは襲われたのか」
「YES。結論を言います。旅人たちは聖杯の完成を阻止しなければなりません。さまなければ、聖杯の悪意は王国の外へと波及(はきゅう)します」
「海の向こうにある俺たちの住む街、パラドンも例外じゃないというわけだな」
「WES」
「だ、そうだ」
レッドは後ろのエリンとアンジーに振り向いた。
「それは大変じゃないですか! 絶対に阻止です。阻止」
「完成した聖杯も見てみたいけど、巻き込まれるのは簡便なんじゃあ……。エリンに同意するンゴ……」
意見は一致したようだ。レッドも聖杯の完成は看過(かんか)できない事態だと判断して。名前のないオートマンの提案を承諾した。
「よしっ。決まりだ。じゃあここから出してやる――えっと、なんて呼べばいい?」
レッドは牢屋の錠に手をかけながら、名前のないオートマンに聞いた。
オートマンは何も語らなかったが、代わりにエリンが発言した。
「名前がないのなら、ナナシでいいじゃないですか! シンプルでしょ」
「……お前な」
レッドがエリンの発言に呆れかえるも、名前のないオートマンは気に入ったらしく、首を縦に頷(うなづ)いた。
「決まりです。ナナシです!」
レッドは諦めたように、ナナシを牢屋の外に出してやった。
その時だった。
「シークレットクエストの条件が完了しました」
それは上から降ってくる、ゲームマスターのアナウンスだった。
「これより3時間後に期間限定レイドミッション、ラストクエストの『未完の聖杯を手に入れろ』を開始します。プレイヤーはクエストの詳細を確認し、こぞってご参加してください」
アナウンスはこのゲームの命運さえ握る重要な情報を、レッドたちに伝えていた。
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