第32話「王国の事情」

 ロキスを討伐し、ストレンジオブジェクトを奪取(だっしゅ)したレッドたちは晴れて王国への通行許可証を手に入れた。


 通行許可証を出したのは亡くなった城主の代わりとなる、その息子だ。兵士たちの話によれば、その人は前の代の城主よりも賢く優しい為政者(いせいしゃ)であるのだという。


「まあ、俺たちプレイヤーにとってはフレーバーでの意味しかないけどな」


「レッドさん! そういう味気のないことは言わないでください!」


 かくして多くのプレイヤーが王国へと向かう。その先にどんな困難が待っていようと、知的探求とランキングを追う向上心は絶えざるものなのだ。


 レッドたちも他のプレイヤーに続き、南に進路をとって王国の入り口を発見した。


 そこは万里の長城さながらの巨大で延々と続く、白い城壁だ。検問となっている扉も、先の山城ほどの大きさだ。


 レッドたちは再び攻撃されないか怯えながら近づくも、特に警告や攻撃はない。


 扉の前の、黒いベールで顔を隠した衛兵に通行許可証を渡すと無言で扉の先に通してくれた。


 レッドたちが扉を抜けると、そこはもう雪国ではなく、穏やかな草原だった。


「城の中だと思いましたけど、広いんですね」


 エリンの言う通り、晴天の下に青々とした草花が広がっている。いくつかの丘陵を越えていくと、やっと目的の城とお膝元の街が見えてきた。


 天を突くような白い巨頭を持つ城の周りには、レースを敷いたような白い街並みがある。大きさはプレイヤーたちの街、パラドンほどだろうか。


 レッドたちがその城下町に入ると、遠くから見た印象とはまた違った。


「まるで喪に服しているような街だな」


 白い建造物にも関わらず、軒先は黒が目立つ。黒のシーツに、黒いベール、黒く塗られた扉に、黒い服の人々だ。


 レッドは街の有様(ありさま)が気になり、身近なNPCに声を掛けた。


「すまない。やたら街に黒が多いようだが、喪にでも服しているのか?」


「はい、今この国に王は不在です。詳しい話は王代理にお聞きください」


「それはいつ頃のことなんだ? つい最近か?」


「はい、今この国に王は不在です。詳しい話は王代理にお聞きください」


「いやいやいや、少しぐらい教えてくれよ。王に何があった?」


「はい、今この国に王は不在です。詳しい話は王代理にお聞きください」


「……」


 レッドは試しに他のNPCにも話を訊くが、同じ調子だ。どうやらNPCの会話が固定されているらしい。


「運営にしては杜撰(ずさん)なNPC管理だンゴね……。手抜き感がマシマシなんじゃあ……」


「うーん、今までのレイドミッションでこんなことはなかったんだけどな」


 レッドは街の暗く不気味な様子を気にしつつも、勧められたとおりに城へと向かった。


 城の門の前には、既に到着してたプレイヤーもおり、順番待ちをしているようだった。


「では、次の旅人の方たちはお入りください。くれぐれも王代理の前で粗相(そそう)をせぬようお願いします」


 衛兵がそう言うと城の門が開放され、プレイヤーたちは城内に案内される。


 黒く装飾された壁を見ながらプレイヤーたちがしばらく進んでいくと、漆黒の近衛兵に囲まれた玉座と、その隣の席に座る黒い騎士が現れた。


「旅人たちよ。長旅ご苦労である。私が王代理のクリケットである」


 黒い騎士の、クリケットの顔は黒いベールで覆われている。


 だがベールの奥から見える顔立ちを想像するに、おそらく女性だ。鎧からその体格は大まかにしか分からないけれども、かなりの長身なのは判別できた。


 クリケットは続けて言葉を述べた。


「今この王国の王は崩御(ほうぎょ)し、不在である。それを千載一遇(せんざいいちぐう)とした反逆者たちが、王の地下墓所にて反乱の機運を高めている。それを阻止していただきたい」


 クリケットはそう簡潔に述べた。


 そんな時、誰かが声を上げた。


「俺たちはあくまでこの王国の調査に来たんだ。手伝う通りはないぞ!」


 そのプレイヤーが言う通り、まだレイドミッションの次の目標は明らかにされていない。


 王国を救え、とも王国を襲え、とも出ていないのである。これはおそらくシークレットクエストなのだ。


 シークレットクエストはプレイヤーたちによって目標を発見し、達成する必要があるクエストだ。


 もしもこのクリケットの頼みがそうだとしても、意地悪く反抗したいプレイヤーも出てくるだろう。


 クリケットはプレイヤーの言葉を受け、1つ提案した。


「もしこの王国の危機を救ってくださるなら、旅人たちには聖杯を用いて望みを1つ叶えてさしあげます」


 聖杯、と聞き。プレイヤーからは驚きの声が上がった。


 聖杯、それはキリストの聖遺物とも、聖杯伝説に出てくる願望器とも呼ばれている。聖杯に満たされた液体を飲めば不死になれるとも、聖杯を得た者は望みが叶うとも言われている。


 このオーダーニューロマンスにおける聖杯も伝説のストレンジオブジェクトの1つとされている。


「伝説のストレンジオブジェクトは途方もなく大きなストレンジオブジェクト」


 だとか。


「伝説のストレンジオブジェクトにしか作れない装備や、特殊な魔石がある」


 など、その詳細については意見も別れている。


 ただ言えるのは、聖杯はこのオーダーニューロマンスにまだ実装されていない特殊なアイテムであるということだ。


「その望みってのは伝説のストレンジオブジェクトがもらえるってことか?」


「いかようにも」


「望み自体が他のことでもいいんだよな?」


「いかようにも」


 クリケットはプレイヤーたちの都合のいい欲望に対しても、全て肯定(こうてい)した。


「旅人たちよ。まずは王族の地下墓地に向かいなさい。そこには他の王国の騎士もおります。彼らを連れて地下に潜りなさい」


 クリケットに促されたプレイヤーたちは、次々と城外へと旅立ち始めた。


 その中で、レッドは最後まで居残り。1つだけ問いを投げかけた。


「1ついいかな?」


「いかようにも」


「その聖杯ってのは実在するのか?」


 レッドの問いに、クリケットは少し言いよどんだ。


「……存在します。反逆者の打倒の折(おり)には、必ず聖杯を見せて差し上げます」


「……おう。期待してるよ」


 レッドは特に追及もせず、エリンとアンジーを連れて、城をあとにした。

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