第31話「大乱闘はオンラインゲームの特権です」

 少女を監禁、殺害した城主が死亡した後、レッドたちはロキスを追跡すべく動いた。


 この雪の中だ。もし1度でも見失えば追いかけられなくなってしまう。


 レッドは兵士への指示も早々に、城門へ急いだ。今ならまだ、城門が開いていないため、足止めできているかもしれないからだ。


「兵士を城門に集合させろ! 絶対に城門から外に出すな!」


 レッドたちは城を駆け下り、城門に到着する。そこでは混乱して城へ殺到する民衆が行方を遮った。


「窓から出るぞ!」


 レッドは窓を開けて飛び降りる。その後にエリン、アンジーも続く。


 果たして、城門ではロキスが城の衛兵と戦闘をしている最中だった。


「ロキス!」


 レッドは銃撃でロキスの注意をこちらに向けた。


 銃弾はロキスの肌を軽く撫でただけで跳ね返されるも、ロキスはレッドたちと対面した。


「……城主の狼藉(ろうぜき)を知ってなお歯向かうか、旅人よ」


 ロキスは突然鋭い牙の間から人語を介した。


「あいにく俺たちは王国に用があってな、そちらの事情は結構どうでもいいんだよ」


「旅人らしい無遠慮さだな。私はただ、村に捨てられた人々を救いたかっただけだと言うのに」


 ロキスは危機を前にして自分の心情を吐露(とろ)し始めた。


「私が城主を襲ったのも、捕らえられていた少女たちを救えればこそと思ってのことだ。……間に合わなかったがな」


「方便だな。民衆をウェアウルフマンに変えたのも、少女を助けようとしたのも自分たちの勢力を広げるための都合だろ」


「かもしれぬな。どちらにせよ。私の目的はもう達成された。後は生きるか死ぬかの違いだ」


ロキスはそう言うと、吠えた。それは戦闘の開幕を告げる警笛(けいてき)と同じだった。


「アンジー先生、エリンにバフを」


 レッドたちは宴会用の服装からいつもの戦闘服に早着替えして、武装した。


 ロキスはレッドたちの僅かな隙の間に呪文を唱える。それは最初の戦いと同じ召喚魔導だ。


「召喚熊……それも4体か」


 召喚の数の上限は2体ではなかったらしい。向こうが持てる切り札の全てを出したならば、こちらも出さぬワケにはいかない。


「――魔導腕接続。コード、カスケードピグマリオン」


 レッドは万を期して、5つの浮遊魔導腕を展開した。


「わっ、わわ。何ですかそれ?」


 エリンはレッドの浮遊魔導腕を始めて見たせいか、ちょっと上機嫌だった。


「はしゃぐのは後だ。行くぞ!」


 レッドはエリンと視覚共有のMODを使い、戦場を俯瞰(ふかん)させる。


 相手は青く透明な4体の召喚熊だが、エリンの速さなら対応できるはずだ。


 エリンが召喚熊に接近すると、またしても周囲を囲まれる。だが今度は初めから全方向を視認できている。手数さえ足りれば負けはしない。


「ギア上げていきますよ!」


 召喚熊は同時に、四方からエリンに襲い掛かる。


 エリンはその全ての攻撃を見事に回避して、反撃を繰り出した。


「今日この日のために温めて置いた必殺技がありますよ!」


 エリンは2丁の蒸気拳銃のアンガーとサッドマンを握る。それはいつもよりも蒸気ピストンが激しく稼働しており、大技の前準備をしていた。


 アンガーとサッドマン、その2つをエリンは振り回した。


「<ツインバーンバルカン>!」


 アンガーとサッドマンの銃口から、溶岩の噴火のような火柱が立ち、召喚熊を薙ぐ。余波がアンジーの足元やレッドの頭をかすめるも、構わず振り回した。


 エリンは景気よく、熱波の放射を囲んでいる召喚熊に浴びせ、蒸発させてしまった。


「どうです? 完璧でしょ」


「周りの被害を考えろ。馬鹿たれ!」


「いいじゃないですか。これで後はロキスだけに集中して――」


 エリンがそう言ってロキスの方向を見ると、そこにはまだ召喚熊がいた。


 どうやらエリンが最初の召喚熊を相手にしている間、新たに4体召喚したようだ。


「くそっ、仕方ない。もう一度だ!」


「……あのー、それがですね。レッドさん」


 エリンは申し訳なさそうに呟いた。


「今のでスキルポイント使い果たして、もうすかんぴんなんです」


 つまり、次に同じような大技のスキルどころか、小さなスキルも出せないというワケだ。


「……出し惜しみするなと言ったのは俺だが、ペース配分は考えろよ……」


 肝心のエリンが火力を使い切ったとなると、打てる手立ては少ない。レッドが前線に立つ方法もあるけれども、正直エリンほどうまくは立ちまわれる自信はない。


 レッドはしばし、頭を捻って考えた。


「いや、待てよ」


 よく考えれば、というより考えるまでもなく、ここにいるのはレッドたち3人だけではない。


 パーティ会場には他の騎士や、他のプレイヤーもいたのだ。それが今は自分たちを遠巻きに見ている。


 これは参加させない手はない。


「おい、全員そこで突っ立ってていいのかよ! こいつはレイドミッション第一目標突破のための大事なボスモンスターだ。ランキング入りするためのポイントは高いぞ!」


 レッドのランキングという言葉に、周りのプレイヤーたちはざわめいた。


「さあ、敵はロキスのみ。早い者勝ちだ!」


 レッドがそう焚きつけた瞬間、プレイヤーたちは我先にと群がり始めた。まるでバーゲンセールのおばさんみたいに互いを押し合いへし合いだ。


「衛兵や兵士も頼む。こいつを倒すには数が必要だ」


 レッドの頼みに他のNPCたちも同意し、プレイヤーほどでないにしろロキスへ立ち向かい始めた。


 これだけいれば、ロキスが幾ら召喚熊を出しても取り押さえられるはずだ。


「……しかし数が多すぎたな」


 戦闘、というよりもう乱闘だ。窮屈(きゅうくつ)なのに大人数で押しかけたせいで武器も出せず、素手で取り押さえている連中さえいる始末である。


 ロキスも順調に体力を減らされ、もう後は誰がキルするかの問題になっていた。


「こういうスマートじゃないやり方は嫌いだが……ところでエリンは?」


 エリンは、人の波の中を泳いでいた。上手いことロキスに付かず離れずダメージを与え、最後のキルをするチャンスを伺っていた。


 そして、その時はきた。


「ラストおおおお!」


 エリンはハイエナもびっくりの執着さで群衆の中を渡りきり、最後のダメージをくらわせる。これにはロキスもさぞ無念だろう。


 ロキスは崩れ落ちる瞬間、人の群れの中で何事か呟いていたが、雑踏(ざっとう)の中ではその言葉も掻き消えてしまった。


「ランキング上位は、絶対にこの私のものですよ!」


 城主の弔いもあるというのに、MMOゲームならではのストーリー展開無視のドタバタ劇はもうしばらく続いていった。

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