第30話「悪魔はいずれ、死に給う」

 賑やかな催(もよお)し物の場が突如として陰惨(いんさん)な殺人現場と化した。


 城主は騎士の指輪のない兵士に頸動脈を噛み切られ、鮮血が他の兵士に被る。


 城主は首に手をやりながらもがくも、止血する術なく絶命していく。ただ時間さえあれば回復魔導が間に合うかもしれない。


「アンジー先生!」


「こ、ここからは流石に遠すぎるンゴ……!」


 周囲の人々は城主の有様を見て絶叫する。兵士は突然のことに何もできず、手をこまねくしかない。


 その中でいち早く動いたのはエリンだった。


 エリンは城主の元へ跳躍(ちょうやく)しながら、空中で身を翻(ひるがえ)し、舞う木の葉のごとく、ドレスから革の鎧へと瞬時に切り替える。


 そのままエリンは小太刀の武蔵と小次郎を取り出すと、騎士の指輪のない兵士と城主の間に割って入った。


「何も知らずに庇い立てするとは、愚かなことだ」


 騎士の指輪のない男は顎の変形から更に身体を変化させていく。


 言葉のそれも獣の唸り声のように変わり、地肌には深い毛が密集していた。目は肉食獣のものに、手は人の繊細さと熊の凶暴さを併せ持ち、背は枯れ木のように高くなる。


 それは間違いない。レッドたち3人が手傷を負わせたロキス、そのものだった。


「2つの目的の内、1つは叶えた。あとは――」


 ロキスは構えをとるエリンを無視し、城主の自室へと入っていく。それならば追いまではしない。先に城主の手当てだ。


「止血、間に合うか?」


「出血のデバフとこの体力じゃあ、もって数分なんじゃあ……。せめて高位のハイポーションでもあれば別だけど……」


 処置はできても、城主の運命は変わらないらしい。


 ならば、敵を討つまでだ。


「エリン、城主の部屋は袋小路のはずだ。部屋の壁でも壊されない限りは――」


 レッドがそう言い終える前に、城主の部屋から岩を破砕させるような音が響く。こちらも手遅れのようだ。


 それでもロキスの後を追わないわけにはいかない。レッドとエリンはロキスの向かう方角を確認しに現場へと向かった。


 すると、そこはまた別の凄惨(せいさん)な現場が存在していた。


「なんだ、コレ」


 そこは自室の中でも書架の後ろに隠された秘密の部屋だった。中は、朱色の果肉をぶちまけたような配色をしていた。


 血、血だ。それも乙女の血だ。秘密の部屋にいたのは少女たちの骸(むくろ)だった。


 頭を砕かれ、白い破片とピンク色の固形物の一部、それが血に染められた少女。


 首の太いロープを爪が剥がれるほど引っ掻き、うっ血した苦悶の表情で白目をむいた少女。


 四肢を羽虫の羽のようにもがれ、最後は首を切断されたであろう絶望した顔の少女。


 彼女らの亡骸(なきがら)は食い散らかされた食べ残しのように、部屋に散乱していた。


「これは、ひどいですね」


 レッドはエリンの視覚情報を繋いだままのMODからデータを確認する。幸い、エリンの目にはMODの影響で過激な映像が抽象化されている。


 中学生がまともにこんな死体㋐描写を見ていたら、トラウマ必死だ。


「あまり見るな。後の処理は兵士と俺たちがやる。エリンは下がってろ」


「……はい」


 エリンもフィルターの掛かった光景の意味を理解していた。駆け足で部屋を後にしたエリンは、死にかけの城主に食って掛かった。


「どういうことですか!? どうして攫(さら)われたはずの少女たちがあそこで、無惨(むざん)に死んでいるんですか!」


 エリンが城主の身体を揺さぶるも、反応は薄い。もう否定するだけの力も残っていないようだ。


「そういうことだンゴ……。城主は今回の人さらいの影で、自分の欲求を満たしていたンゴね……」


 状況を見れば、説明するまでもない。城主はウェアウルフマンの仕業に見せかけて少女を自室に拉致し、拷問を加え、殺害していたのだ。おそらく、それは歪んだ情欲のためだ。


 他に理由はない。今、城主は死を間際にして一斉に非難の視線を浴びせかけられていた。


 誰も同情することなく、誰も悲しむことなく、誰も憐憫(れんびん)を抱かない死の間際。


 その中でエリンだけは、城主の死に向き合っていた。


「城主さん、アナタは赦されざることをしました。本当なら、人々によって裁かれて死刑にされるべきか、永久に投獄されるような罪です。だから私は軽蔑(けいべつ)します」


 エリンは穢れのない、真っすぐな目で城主を見た。


「アナタはまだ死ぬべきではなかったのです」


 城主はエリンの言葉を聞き、吐息を漏らすように笑った。


「その残忍さ、反吐が出る。……ハハッ、いい気味(きみ)だ……」


 城主は薄く笑ったまま、息を引き取った。

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