第29話「宴会とダンスはかつての賑わいのように」

 ロキスに逃げられた後、レッドたちは囚われた人々を連れて西に向かった。途中脱落者もなく、無事に全員が城へたどり着けたのは幸運だった。


 城門では熱烈歓迎、というわけではなく、渋々といった風に衛兵が口を開いた。


「村人たちは中に入れられない。外で待機していろ」


 レッドたちは囚われた人々と共に門をくぐろうとするも、衛兵に呼び止められた。衛兵によればそれは城主から直々の命令らしい。


「どうしてですか!? この人たちは被害者ですよ!」


「エリン、熱くなるな。所詮はゲームだ。人が本当に死ぬわけじゃない」


「NPCもプレイヤーも、ゲームの一員ですよ! 私は仲間を見捨てるなんて嫌です! 待てというなら、私もここで待ちます」


「……。分かった。俺たちに任せろ」


 レッドはアンジーにアイコンタクトをしてから再度衛兵に話しかけた。


「おい、衛兵」


「何だ。命令は変わらない。村人は城に入れられない」


「ああ、城には入れられない。だが門をくぐらせないとは城主も言っていないはずだ」


「……何を」


「もう一度言う。門をくぐっても良い。そうだろう? ついでに炊き出しでもしてくれ。これも城主からの命令だ、そうだろ?」


「……ああ、そうだったな」


 衛兵はまるでレッドの話術に乗せられたように呆然(ぼうぜん)と頷(うなづ)き、村人たちの門通過を許した。


「レッドさん、いつのまに城主さんと話をしたんですか?」


「馬鹿言え。あれはアンジーが<パスカル>の魔導を使ったんだよ。相手を当惑させる魔導だ。そうでもないと納得しないだろ?」


 レッドはエリンの鼻先に「お前が」と指を立てた。


「――ありがとうございます。レッドさん、アンジーおじさん」


「うわあああああああああん!!!! またおじさんって言われたンゴおおおおおおお!!!!」


 アンジーの不服と絶叫は置いといて、レッドたちは城主の元に馳(は)せ参じた。それは大事な報告をするためだ。


「よくもまあ、抜け抜けと帰ってきたものだ。しかも小汚い奴らを連れて帰って! そして誰だ!? 城の中に入れて良いと言った奴は!!」


 城主は激怒していた。無理もない、自分の命令を無視されたからだ。


 レッドは城主を諭(さと)すように、丁寧に話し出した。


「申し訳ありません。我々では力不足で、こうして城主殿の庇護下(ひごか)にある民衆しか連れて帰れませんでした」


「まったくだ。おい、誰かアイツらを城の外に追い出せ。命令だ!」


「城主殿、民衆は既に門の中に居ます。彼らを悲しませるようなことをすれば何が起こるか。そして他の村に何を吹き込むか分かりません。ご自重(じちょう)ください」


「……むっ。わ、分かった。今回は旅人の働きに免じてやろう」


 城主もこの土地を治めるためには外聞(がいぶん)を無視できない。その点は城主も頭が回るようで助かった。


 レッドは胸を撫で下ろしながら、持ち帰った日記を城主に献上(けんじょう)した。


「これは日記か。汚いな。誰のものだ」


「敵の首領(しゅりょう)の物でございます。中にはコトの経緯と動機が書かれています。拝見ください」


 城主はレッドに言われるまま、日記を斜め読みした。


「……ふむ。やはりな。ウェアウルフマンたちは我々に害意がある。これは由々しき問題だな」


「? 城主殿、確かにウェアウルフマンたちは人を攫(さら)っていました。しかし、まだ不明瞭な点が多いのです。これは調査をすべきでは――」


「調査はもう必要ない。私は前々からウェアウルフマン共を駆逐するのに大動員せねば、と考えていた。それが今、決心がついた」


 城主はレッドの言葉を掻き消して、宣誓(せんせい)した。


「明日より城の兵士を動員し、ウェアウルフマン共を根絶やしにする! それも城の兵士総員でだ」


 城主の突然の指針に、周りの兵士は慌てた。


「じょ、城主陛下。御考え直しください。城の者がいなくては城を守る術がございません」


「そうです。ここは少人数を守りに置いて、討伐をすべきです。何も全員を動員する必要は……」


 兵士が城主をいさめようとするも、城主は耳を貸さなかった。


「うるさい! お前らは私の命令を訊けばいい! 今夜は討伐前の祝宴だ。たっぷり英気を養え!」


 城主はそれだけを言うと、さっさと自室にこもってしまった。


「……変だな」


「変ですよね。城を空けてしまうと、ウェアウルフマンたちに攻められたら、たちまち乗っ取られてしまいますよ。私にだって分かります」


「エリンは賢いな。それだけじゃない。城主は焦っていた。まるで何かを隠しているみたいにな」


「……今さりげなく私を馬鹿にしましたね?」


「いいや」


「――馬鹿にしましたね?」


「しつこいな。俺が言いたいのは城主に隠し事があるってことだ。注意しろ。ただロキスを討伐しただけでは終わりそうにもないぞ」


 レッドはエリンの追及を受け流し、話をこう締めくくった。


「祝宴で何か動きがあるかもしれない。3人で城主の近くに張り付く。何かあったら、すぐに動けるようにな」




 城の祝宴の場は、王の座の前に立派なテーブルや椅子を並べることで設置された。


 テーブルには鉄の蝋燭(ろうそく)台が置かれ、新鮮な野菜や果物は皿に盛り付けられ、追加で湯気の立つ香ばしい肉が運ばれてきた。


 もう夜も暮れ、外はしんしんと雪が降り積もり、城の内側とは正反対に静かなものだった。


「宴会! 宴会ですよ! 賑やかなのはいいことですね!」


「……おい、俺の話を聞かなかったのか?」


 エリンは水に透き通るようなターコイズブルーのドレスを身に纏い、小川の精霊のように無邪気な姿をしていた。


 対するレッドは燕尾服を着崩し、浮浪者一歩手前の雑な着こなしをして、煌(きら)びやかな場に落ちた濁点(だくてん)のような姿をしていた。


「あまり目立つなよ。いざという時はすぐに行動だ。羽目を外しすぎるな」


「レッドさん。ここはお祝いの場ですよ。客人は客人らしくしてこそ、その場に馴染むというものです。それに楽しんでこそのゲーム、そうでしょう?」


「……むっ」


 エリンの言うことには一理ある。実際エリンは祝宴の場のお客らしく振舞っているため、自然体だ。その一方でレッドは下町のごろつきのようで、とても場にそぐわなかった。


「アンジーおじさんもフリフリドレスがいつもより豪華ですよ。それに髪型をサイドテールに変えちゃって。さっきそこら辺の兵士からダンスに誘われたみたいですよ」


「ダンスの場所は離れて座っている玉座に近いからな。アンジー先生も考え合っての事だろう」


 レッドがそう独(ひと)り言(ご)ちしていると、ダンスをしているアンジー先生が見えた。


「レッド、エリン! ダンスは楽しいんじゃあああああ!!! そっちもこっちに混ざるンゴおおおおおお!!!!」


「ああ、どうやら俺の気のせいだったようだな。ちくしょう」


 レッドが悪態をついている間も、ダンスの輪に加わる人数は増えていく。


 つまりそれは、城主に近づく者の数が増えているということだ。


「さあ、レッドさんも加わりましょう!」


「俺に踊れって言うのか。そんな技術は俺にないぞ」


「こういう時こそMOD機能ですよ。好きなダンスモーションのMODを入れて、後は身体の動くままに合わせればいいんです」


 エリンは目にもとまらぬ速さでレッドにMODをインストールさせると、手を引いてダンスの場に紛れ込んだ。


「まずはタンゴからです!」


 エリンはレッドの手を握ったまま、2人で足拍子を合わせる。レッドは初めてのダンスなのに、身体が覚えているかのように調子よく動き出した。


 レッドはエリンの身体を支え、エリンはレッドに身体を預ける。2人は一心同体かのように滑(なめ)らかに歩調を揃え、優雅にステップを踏む。


 そして最後はエリンが腰をのけ反り、ポーズを決めた。


「次はサルサダンス!」


 今度は身体を密着させることなく、2人は並び立つ。


 レッドはエリンの腕を取ると、エリンは大道芸人のパフォーマンスみたいに回りだす。


 スピン、スピン、スピン、エリンは回り、クロスした腕を大きく振り、華々しく舞った。


 「タップダンス!」


 今度は2人で競うように足を踏み鳴らし、軽快なムードを表現する。


 タタタン、タンタン、タタタタタ。ツタッカーとの音色を足裏で奏で、周囲は沸きだした。


「どうです? 楽しいでしょ」


 不覚にも、エリンの言う通りだ。これは愉快だ。


 自分の身体から沸くエネルギーが、リズムと共に吐き出される快感。これは病みつきになる。


 レッドとエリンは時や周囲の視線を忘れ、ただただ貪(むさぼ)るように踊りつくす。景色は周り、互いの身体の躍動(やくどう)が交差し、石畳(いしだたみ)の床を叩き壊さんばかりに暴れた。


 気づけば2人だけがダンスの場を制覇し、観客が遠巻きに観戦していた。


「はい、ここで決めです!」


 もう何を踊っているのか分からない。それでも身体はエリンの言う通り、2人で支え合うようにポーズをとった。


「ブラボー、おお、ブラボー」


 レッドとエリンの全周から喝さいの声が浴びせられる。


「まあ、たまには悪くないな」


 レッドは周囲の賞賛を受けつつ、背中は痺(しび)れさすような快活さに打たれていた。


「見事ではないか! 旅人を辞めて大道芸をしても、十分食っていけるな」


 城主がやや水を差すような発言をするも、レッドとエリンは気にせずお辞儀を贈った。


 その時だ。レッドの目に、違和感のあるものが映った。


「ん?」


 城主の傍で拍手をする兵士はどれも騎士の指輪をしている。そのはずなのに、1人だけ何もせずに、手を出さずにいるのだ。


「おい、左の。手を見せろ」


 レッドが詰め寄るも、その兵士は言う通りにしない。代わりに、王座に座る城主の元へゆっくりと歩み寄った。


「そいつを止めろ! 騎士の指輪がないそいつがロキスだ!」


 しかしレッドの忠告も虚しく。その兵士は顎が外れたように顔を変形させ、城主の首を噛み切ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る