第28話「森のくまさんとの決闘です」

 満開の桜が散るような降雪の中、レッド達の目の前にそびえたつ巨躯(きょく)は1体の熊であった。


 熊、ロキスの額には小さな一角があり、全身は焦げ茶色、指は熊の爪と人間の手のような繊細さがあり、足は長い。人間が熊化したような頭身(とうしん)でスマートな印象さえある。


 ただしやはり熊だ。浮き出た筋肉質の身体は人間の比ではなく、毛皮と脂肪も厚い。もしも人間が遊び半分で危害を加えようものなら、簡単に屠(ほふ)られるだろう。


「エリン、お前がメインアタッカーだ。俺達がサポートする。」


「分かりました。しっかり頼みますよ」


 もう慣れたコンボ、アンジーがスピードのバフをエリンに付与し、レッドが魔素操作でエリンの動きをサポートする。


 するとエリンは足場の悪い雪にも構わず、目にもとまらぬ速さでロキスに接近した。


「とあっ!」


 エリンが小太刀の武蔵と小次郎でロキスの毛皮を撫でる。だが鋼鉄のような毛は、いともあっさり攻撃を弾いてしまった。


「固っ!?」


 エリンは驚いて一旦距離を取る。その間にロキスは、何やら呪文を唱え始めた。


「魔導か!?」


 ロキスは右腕にはめた腕輪に囁(ささや)く。次の瞬間、ロキスの周りは白光に包まれた。


 光が弱くなると、ロキスの周りには2体の妖精のような子熊が浮かんでいた。


「召喚魔導!?」


 ストレンジオブジェクトは、解体して部品にすると魔石を生み出す魔導炉を製作できる。ならば、その基礎となるストレンジオブジェクトに魔導を使うための魔石の役割がないわけがない。


 つまり、ロキスの腕輪はストレンジオブジェクトで間違いない、ということだ。


 しかしそれ以前に、ロキスに魔導の心得があることに驚きだった。


「敵が増えたところで変わりませんよ。私のスピードに付いてこれますか?」


 エリンは果敢にも再度ロキスに近づく。今度は小太刀ではなく蒸気銃のアンガーとサッドマンを握っている。例のあの技を使うつもりのようだ。


 対するロキスは突進してくるエリンをそのまま受け入れると、エリンの背後になるように召喚熊を配置した。


 これは挟み撃ちにするつもりだ。


「ぐっ!?」


 エリンは正面のロキスの攻撃は簡単に躱(かわ)せるも、見えない方向からの攻撃には対処のしようがない。


 攻撃力はさほどでもないが、召喚熊の鉄槌がエリンの背中を襲った。


「エリン、後ろに!」


 レッドが魔素操作で魔導腕を掻き鳴らすと、エリンは後方へ跳ねる。


 ロキスは逃げるエリンに追撃はせず、召喚熊を元の位置に戻した。


「ど、どうしましょう。全部の攻撃を捌(さば)ききれません」


「いいや、ちょっと違うな。速さは足りてる。問題は視野だな」


 レッドは少し思案すると、青色付きの透明なウィンドウを操作した。


「エリン、今新しい個人MODのデータを送信した。確認してくれ」


「えっ、はい。来てます来てます」


「すぐにインストールしろ。数分で済むはずだ。それまでは――」


 ロキスは攻める頃合いとみたのか、動き始める。狙いはエリンでもレッドでもない。後方のアンジーだ。


「あっ、この!」


「誘いだ。手を出すな!」


 ロキスはアンジーに向かっている姿勢をしながらも、エリンやレッドにも気を配っている。迂闊(うかつ)に手向かうのは危険だ。


 だからと言って、アンジーへの襲撃を許すわけにもいかない。


「アンジー先生、逃げてくれ!」


「分かっとるわあああああ! 早く何とかしてくれえええええええ!」


 アンジー先生は短い脚で必死に遁走(とんそう)を図る。


 杖で地面を突き、足で雪を踏み固め、普段の外聞(がいぶん)も気にせず走り続ける。


 それでもロキスの方が速い。このままでは追いつかれる。


「アンジー先生、自分にバフを」


「ちゅ、注文が多いんじゃああああああ!」


 アンジーは杖を振り、自分にもエリンと同じスピードのバフを掛ける。ただ、それも焼け石に水だ。


 ロキスがアンジーを捕まえる、そう思われた時、レッドは魔導腕に力を入れた。


「アンジー先生の体重の軽さならば……!」


 アンジーは突如、飛んだ。それは不規則な浮遊。未確認飛行物体のように空中を舞い、なされるがままのアンジーは空を翔(か)けた。


「あばばばばばばばば!」


「レッドさん、アンジーさん苦しそうですよ!」


 アンジーはロキスの攻撃を回避するために、宙を前後左右に振り回される。あれだけ動けば三半規管がスムージーみたいにかき回されているだろう。あまり想像したくはない。


 最終的にはレッドの足元の雪を顔面で掬(すく)い取りながら不時着して、難を逃れたのだ。


「レッドおおおおお……。恨むンゴおおおおおお……」


「恨み言は後だ。エリン、MODの方は導入できたな?」


 レッドがエリンに呼び掛けると、エリンは躊躇(ちゅうちょ)した様子を見せていた。


「で、できました。でも、これって」


「慣れるより慣れろ、だ。感覚でやってみろ。少しの失敗ならカバーする」


「――はいっ!」


 エリンは意を決し、ロキスに駆け寄った。


「見えます! 私にも見える!」


 導入した個人MODは何か、それはエリンの視点ならわかりやすい。


 エリンは複数の視覚情報を投影し、虫の眼球のように自分以外を見ていた。


 さらに言えば、エリンのその特異な映像視点はレッドの画面を共有して形成していた。


「み、見えるけど、見えづらいです!」


 見えすぎる、というのは脳の処理が難しい。自分の主観があいまいになるし、複数の行動を見なければならない。


 だが思考の反応速度の早いエリンなら、状況対応も素早い。


「右、左、バック、前進、前進!」


 エリンは召喚熊の動きを見破り、首を回すこともなく回避する。それに付け加え、小太刀を後ろに振りぬき、召喚熊の体力を削りきった。


「本命は、こちらです!」


 エリンは2体の召喚熊撃破と共に、蒸気銃を構えてロキスの懐に入った。


「<ドアノッカー>×2!」


 エリンは銃の筒をロキスの腹に潜り込ませると、引き金を引く。


 同時に、小規模の爆発がロキスの腹部を襲い。ロキスはたまらず後ずさりをした。


「チャンスです!」


 エリンは神速で武器を入れ替え、小太刀の先をロキスの傷口に刺しこんだ。そしてそのまま、線を引くように毛皮を引き裂き始めたのだ。


「これはアンジーおじさんの分です!」


 犯人違いの凶行にも関わらず、傷口を裂いた小太刀はロキスの腹を半周して切り開く。


 ロキスは痛みに大きな声で叫び、切り口を押さえて片膝を付いた。


 いける、このままとどめだ。


 そう思われた時、ロキスの背後で動きがあった。


「なっ、ウェアウルフマンか!?」


 戦闘に夢中で接近に気づかなかった。約30体のウェアウルフマンがロキスの傍に集まってきたのだ。


 エリンも突然のことに慌てて、距離を離した。


「邪魔しないでくださいよ!」


 ウェアウルフマンはエリンの都合など構わず、ロキスの介抱をする。


 その結果ウェアウルフマンは、傷が大きすぎると判断したのか、ロキスを支えて森の方へ撤退を始めたのだ。


「待ってください! まだ勝負が」


「よせっ! 追うな」


「……でも」


「こっちはアンジー先生がグロッキーだ。エリンも無傷じゃない。それに救出した村人もいる。ここは仕切り直しだ」


 今の状態では約30体のウェアウルフマンと手負いのロキス相手は難しいと判断しての、レッドの決断だった。


「んー! もう少しだったんですよ!」


 エリンは歯がゆい気持ちになりながらも、森に逃げ帰るロキスとウェアウルフマンを見送り、下唇を噛んでいた。

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