第27話「熊と狼は静かに暮らしたいようです」
捨てられた人々の村から離れ、レッド達はウェアウルフマンたちの足跡を追っていた。
幸い、雪が降っていないおかげで足跡ははっきりしているし、何より数が多い。これなら見失う心配はない。
とは言っても、雪が降ればすべて消えてしまう。これは時間との勝負だ。
「雪、降ってきましたね」
「だが目的地には着いたようだな」
レッドが指さす場所には、森の中にぽつりと建つ大きな屋敷があった。豪華な装飾はないけれども、丸太を幾つも重ねたような素朴なデザインが素敵だ。窓からは僅かに明かりが零れ、誰かのいる気配を感じた。
「まさかここまで来て人の家、ってこともないだろ。慎重に行くぞ」
レッドたちはウェアウルフマンの待ち伏せを注意し、裏口から侵入することにした。
回り込んだ裏口の鍵は不用心にも掛かっておらず、レッドたち3人はひっそりと屋敷に入った。
入ってすぐの部屋は食堂だった。豪勢にも鉄の調理器具と木の器が並べられており、文化的な雰囲気を感じた。
レッドは頭の中で、でかい狼がお上品にナプキンを首に巻いてフォークやナイフを使う様子を想像するも、どう考えたっておとぎ話のワンシーンにしかならなかった。
「食堂には誰もいないようだ。他を当たるぞ」
レッドたちは次々と1階の部屋を探索するも、生物の影はない。ベットや客間(ドローイング・ルーム)でくつろぐ者もいなければ、玄関に見張りもいない。
「罠、か?」
「単に出かけているだけじゃないンゴ……?」
「だが人の気配はする。上だな」
レッドは地下室がある可能性も考慮したが、見つからないため諦めた。代わりに2階に上がり、捜索を続けた。
2階もベットだけの大きな部屋があったが、寝ている者はおらず。逆に不気味でさえあった。
そしてついに、1番奥の部屋に辿り着く。そこだけは扉に鍵とチェーンが掛けてあった。
「奥に誰かいるな……。おい、扉の近くにいるなら離れてろ。ちょっと乱暴にいくぞ」
レッドが扉の向こうにいる誰かに忠告をすると、蒸気銃のグリンを取り出した。
「<ドアノッカー>します?」
「……扉が明後日の方向に飛んでNPCが傷ついたらどうするんだよ」
エリンはレッドの言葉を聞いて、口を押さえて忍び笑いをした。流石のエリンも、今のは冗談だったらしい。
レッドは気を取り直し、できるだけ穏便に済ますため<サプレスショット>という消音攻撃で鍵とチェーンを砕く。それでも音は2階に響き、もしかしたら1階にも届いたかもしれない。
レッドが恐る恐る開放された部屋の中を覗くと、そこには村人たちの姿があった。
「連れ去られた村人か?」
「そうみたいだンゴね……。老人と女子供しかいないし……。やっぱりウェアウルフマンたちはでかけているみたいなんじゃあ……」
「都合がいいな。できれば熊を倒してストレンジオブジェクトを回収したいとこだが、今は人質の奪還だ」
村人たちを部屋から出すと、エリンを幼稚園児の引率みたいに先導させ、裏口から脱出させることにした。
「はーい、皆さん足並みを揃えて。列を崩さないように歩いてくださいね」
エリンが1階に下りるのを確認して、レッドは別の部屋に移動した。
「何を探しているンゴ……?」
「この部屋だけやけに本が多くてな。たぶん書斎だろ」
レッドは何かしらの情報を得るため、書架(しょか)をあさり始めた。アンジーはあまり乗り気ではなかったようだが、参加させて急ぐことにした。
そしてレッドは棚だけではなく、机も調べ始めた。
「鍵付きの机棚か、壊すぞ」
レッドは迷いもせず、再び<サプレスショット>を使い、鍵を破壊する。すると机の中から出てきたのは古ぼけた本だった。
「本……、いや日記だな」
レッドは日記を流し読み、序盤と中盤は読み飛ばして最近書かれた部分をピックアップした。
それによればウェアウルフマンは1年以上前に熊のクリーチャー、ロキスによってクリーチャー集団の拡大を行っていたらしい。
ウェアウルフマンの数は生殖行動ではなく、ストレンジオブジェクトの影響を受けた人間が中心であり、日記の作者によれば適性のある者は同じロキスに変貌(へんぼう)できるというのだ。
ロキスとウェアウルフマンは当初城主や村人に危害を加えず、村から捨てられた人々を勧誘してウェアウルフマンを増やしていた。ところが、3か月前から事態は一変した。
ことの発端は普通の村から人さらいがあったという事件だった。ロキスたちには心当たりはないが、偵察を向かわせると実際に村人が減っていた。
誤解を解こうにも城主と交渉する手段はなく、他の犯人の当てもない。仕方なくロキスたちは東の奥にこの屋敷を建ててひっそりとしていた。
城の兵士もあまり遠くには出てこれず、ロキスたちの安全は確保されたと思われた。しかし最近になって旅人が来てから事情は変わる。
旅人たちは腕が立ち、普通のウェアウルフマンでは歯が立たない。このままでは狩りつくされてしまうのも時間の問題だった。
この日記の持ち主は最後に、こう締めくくっている。
「自衛のために団結しなくてはならない。さもなければ、私たちは死ぬしかない」
レッドは最後の文を読んでから日記を閉じた。
「何だか聞いた話と違わないか?」
「城主の発言だと事の発端はウェアウルフマンたちらしいンゴ……。でも日記によれば村の人さらいの方は身に覚えがないって言ってるんじゃあ……」
「ウェアウルフマンの派閥が大きくなって、命令を聞かない連中の行動か? 村から捨てられた人間だって限られるだろ」
「私に言われても、それはわからないんじゃあ……」
レッドとアンジーたちが頭を擦り合わせてみても、答えは出ない。今は頭に情報を留めておくしかないようだ。
「エリンと合流するぞ。長居が過ぎたしな」
レッドがそう言い、部屋から出た直後だった。
――複数の悲鳴、剣戟(けんげき)の音。外からのざわめき。
誰かが屋敷の外で戦闘をしているのに、レッドとアンジーの2人は気づいた。
「エリンか!? ウェアウルフマン共が帰ってきたのか」
「急ぐンゴ、レッド……!」
レッドとアンジーは転がり落ちるように階段を下りる。音の方向から裏口よりも正面入り口の方が近いと判断し、レッドが扉を蹴破った。
正面扉が開かれて見えてきたのは、雪の降る外で仁王立ちする熊とそれに相対(あいたい)するエリンの姿だった。
「おい、こっちだ。熊野郎!」
レッドが威嚇しながら蒸気銃のグリンで発砲する。だが熊は銃弾を受けても毛皮が邪魔をし、跳ね返したのだ。
「っ!? 鋼かあの熊は」
熊が気を逸らされた隙を突き、エリンはレッドとアンジーに合流した。
「気を付けてください。ウェアウルフマンと段違いの強さです」
「分かってる。まずはステータス表示で様子を見ろ」
レッドの合図に、3人は熊のステータスを表示する。そこには熊の種族名『ロキス』と力や敏捷と言ったステータスが並んでいた。
「なっ!? 全ステータスが俺達の3倍以上だと!?」
豪雪の中。速さも力も、その他の能力値も異常な高さを叩きだす熊、ロキスがレッドたちの目前に立ちはだかった。
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