第26話「熊と指輪と捨てられた人々」
ケリーたち『暁のドラゴン亭』と別れたレッド達は、ケイ卿よりも早くイベントゴールをするため、ウェアウルフマンの発生源であるストレンジオブジェクトを探し始めた。
ネットの情報では新大陸の王国に接近する南側、山沿いの西側には何もなく、残るは東側の森となっていた。
「ここら辺はどうやら姥(うば)捨て山になっているらしいな」
「姥(うば)捨てとはあれですか? 養えなくなったおじいちゃんやおばあちゃんを捨てるという……ゲームだけども嫌な話ですね」
「養えなくなった、という意味では身寄りもない女子供も含まれるみたいだな。ただこれは過酷な土地です、っていうフレーバーだ。あまり気にするな」
「……現役中学生は傷つきやすいガラスのハートなんですよ」
レッドたちは雑談を挟みながら、雪を掻き分けて森を進んでいく。すると急に視界が開けた。
そこは木々のない雪原だ。向こうには村のような木造の建物が見え、誰かが住んでいるようだった。
「ウェアウルフマンの里、というわけではなさそうなんじゃあ……」
アンジーの言う通り、村に近づくとウェアウルフマンの影はない。とは言っても、人影もない。
けれども全くないわけではなく、村の中に入って見ると、ある家の玄関の前に青年が呆然(ぼうぜん)としたまま座り込んでいた。
「おい、ここは何の村だ? それに何があったんだ?」
レッドが青年に声を掛けると、青年は暗い顔のままレッド達を見上げた。
「アンタたちは誰だ……。王国の人でも城主のとこの騎士でも、他の村の人でもなさそうだけど」
「俺達はこの大陸の外から来た旅人でな。ウェアウルフマンの被害がひどいと聞いて、こうして原因を取り除くために捜索(そうさく)しているんだ。何か情報はないか?」
「ウェアウルフマン!? あいつらを倒しに来てくれたのか!? だったら助けてくれよ」
青年はレッドに縋(すが)るような目をする。察するところによれば、この村の有様はウェアウルフマンの仕業らしい。
「何があった?」
「この村は捨てられた人々が集まった村だったんだ。今日は『間引きの儀』を行うはずだったが、急にウェアウルフマンの集団が襲ってきて、俺以外の村人は連れていかれたんだ」
「どっちに連れていかれた?」
「あっちだ」
青年はそう言うと、東の方を指さした。
「数はどのくらいだ」
「たぶん、30体くらいだ。俺は斧を持って戦おうとしたんだけど、ウェアウルフマンの中に熊みたいな奴がいて、そいつに斧を壊されてしまったんだ」
「熊? 別のクリーチャーか。そいつは他にも?」
「いいや、1体だけだったよ」
レッドは考える。ウェアウルフマンの中に1対だけのクリーチャー、他のダンジョンでのことを考えると、その熊がボスクリーチャーかもしれない。
ならばストレンジオブジェクトも、そいつが所有している可能性が十分に高い。
「アンジー先生。熊のクリーチャーの目撃例はあるか?」
「ん~、1件だけあるンゴ……。冒険者のパーティーがこの付近を探索していた時に、NPCを連行するウェアウルフマンの中に熊を見たって言ってるンゴ……」
「倒したのか?」
「逆にプレイヤーの方が全滅したから、皆に注意喚起しているみたいだンゴね……」
報告した冒険者パーティーの実力がどれほどか測れないものの、やはりボスクリーチャー並みの強さがあるようだ。
「よしっ、追おう。雪も降っていないし、まだ足跡を追えるはずだ」
「ま、待ってください」
レッドは先頭を切って熊とウェアウルフマンを追跡しようとするも、エリンが呼び止めた。
「青年さん。『間引きの儀』って何ですか?」
青年はエリンに問われると、もっと暗い顔になった。
「……『間引きの儀』はこの捨てられた人々の村でも養いきれなくなった人間、つまり間引く人間を決める儀式の事なんだ。ほとんどの人はここから追い出されたら生きてはいられない。だから、この村で1番力のある俺の手で……」
青年は涙をこらえて、それ以上言葉を口にできなかった。
エリンは泣きそうな青年の手を包み込むように握り、優しく語りかけた。
「これは青年さんのせいじゃないですよ。頑張って頑張って、それでもどうしようもなかったんです。誰かが悪いというワケじゃないんです。救えなかったからと言って、自分を責めないでください」
エリンの言葉に、青年は涙を止めて顔を上げた。
「青年さんはこれからどうします?」
「森を抜けて、元の村に戻るつもりだ。今は働ける身体だし、どっちにしろ『間引きの儀』を終えたら村を出る約束を皆としてたんだ」
「そうですか。だったら大丈夫です! 村の人たちの事は私達にどーんと任せてください」
「……頼むよ」
青年は顔を拭(ぬぐ)い、元気いっぱいに立ち上がった。もう、その顔に憂(うれ)いはなさそうだ。
「旅の人、ありがとう。俺は村の墓地に見舞いをしてから、追い出される前の村に戻るよ。今ならきっと働けるから、迎え入れてくれるはずだ。後、コレ」
「ん? 何です?」
青年はエリンの手に何かを握らせた。それは鉄の指輪だった。
「こここ、婚約指輪なんてうけとれませんよ!」
指輪を渡されて慌てるエリンに、覗き込んだレッドが補足を入れた。
「馬鹿、それはただの身分を証明する指輪だ。書いてあるスペルを見るに……ナイト、騎士か。どこから拾ったんだ?」
「熊のクリーチャーにやられた時に、そいつが落としたんだよ。その時はただ値打ちのあるものかと思ってたけど、騎士の持ち物だったんだ」
「熊が城主の所の騎士を倒した際に持ち去った可能性もあるが、まさかな」
レッドは城で、この事件に関わらないよう忠告を受けたのを思い出し、首を捻(ひね)った。
「これは受け取って欲しい。村の人たちを助ける前金だと思ってほしいんだ。ダメかな?」
「そそそ、そんなことはないですよ。ちなみに、お付き合いはしても結婚まではしませんからね」
青年はエリンのそんな様子に噴き出し、レッドは呆れ、アンジーはニチャアッと笑った。
「馬鹿か、お前は」
レッドはエリンの首元を掴み、子猫を運ぶ親猫のようにエリンを連れて去ってしまった。
アンジーはそんな2人のことを見て気色の悪い笑顔をこぼし、その背中を追いかけていった。
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