第25話「羊とドラゴンは動き出すようです」

 土手の上に現れた『暁のドラゴン亭』の冒険者たちは約10人、先頭には『紅い死神』ケリー・スィフトとエリンの姿もあった。


 見下ろす陣地の広場にはケイ卿とレッドを囲む約30人の『銀色の歯車騎士団』。ちょうどその高所を取った形だ。


「敵、なのか?」


「さあ? 騎士団長はさっきケリー・スィフトとレッドが裏で繋がっていると言ってたけど、そうなのか?」


 おそらく騎士団メンバーに情報を正確に話していないせいか、レッドとケリーとの繋がりが何を意味するか、考えあぐねているようだ。


「『暁のドラゴン亭』はこちらの計画を邪魔立てする敵である。キサマら、防御陣形を取るのだ!」


 ケイ卿はためらいがちな騎士団メンバーに喝を入れる。


 最初こそ状況を掴めなかった騎士団メンバーだが、ケイ卿の一声で徐々に動き始めた。


 それでも防御陣形はまだ整っていない。突撃するなら今しかない。


「行くよ。全員」


 ケリーの語り掛けるような一言に、仲間の冒険者たちは雄たけびを上げた。


「先に行きます!」


 まず坂を下り始めたのは、エリンだった。続いてケリー、その後ろに冒険者たちが続いていく。


「1人で突っ込んできやがった。タコ殴りだ!」


 誰かがそう叫ぶも、エリンは低い体勢のまま構わず走る。


 坂を下り終えても、なお身体の低さは浮き上がらず、密集し始めた騎士団メンバーたちの足元につむじ風が通り過ぎた。


「――早っ!」


 エリンは小太刀の武蔵と小次郎を握り、騎士団メンバーの足元を切り裂く。そうして足を傷つけられた者はたまらず、膝を付いてしまった。


「ちょうどいい高さだね」


 更に後続に続いた『紅い死神』ことケリーが、黒い大鎌を振りかぶる。日光を後ろにしたその姿はまさに死神、大きな闇が騎士団メンバーを覆った。


 そして狙われた騎士団メンバーたちは恐怖に身を震わせる間もなく、大きな旋風(せんぷう)に首を跳ね飛ばされてしまった。


 エリンとケリーの突破によりできた陣形の傷口に、続々と冒険者たちが殺到し、騎士団メンバーはまともに突進をくらった。


「オーダーニューロマンスを騒がしたプレイヤーがその程度なのか! 数はこちらが上なのだ。後退して戦線を分厚くするのだ!」


 一時は怯(ひる)んだ騎士団メンバーたちだったが、ケイ卿の言葉に奮起(ふんき)し。一旦(いったん)引き下がると、急いで固まり始めたのだ。


 こうなると、攻め所が難しい。そこでケリーは新たな命令を発した。


「よしっ! 撤退!」


「なっ!?」


 ケイ卿が具体的な配置を指示しようとする間に、エリンとケリーたち冒険者ギルドはあっさりと坂道を駆け上がり始めた。


 あまりにもあっさりとした転進(てんしん)に、攻められている『銀色の歯車騎士団』たちは目が点となった。


「――っ。そうか。パーシヴァルはどこに行った!?」


 ケイ卿が叫ぶも、そこにもうレッドの姿はない。


 レッドは集まり始めた『銀色の歯車騎士団』の脇を抜けて、エリンたちを追い、坂道を上っている最中だった。


「お、追いますか?」


 ケイ卿の傍にいた騎士団メンバーが指示を求めるも、ケイ卿はすぐに口を開かなかった。


 何故なら、レッドを追うメリットは少なく、待ち伏せの可能性を考えるとデメリットのほうが大きいからだ。


「……陣地を再構築しようではないか。別の場所でな」


 ケイ卿が坂を上り終えたレッドを睨んでいると、レッドは振り返って大声を上げた。


「ケイ卿! 勝負はお預けだ。アンタの計画は必ず俺が止める。その時まで待ってろ!」


 レッドは中指を立てて、ひとしきり宣戦布告してから森の中へと消えていった。




 『銀色の歯車騎士団』から離れたレッド達は、最初に訪れた山小屋とは別の小屋に集まっていた。


「まさかバレるとはね。もしも事前に企みが知られていた場合を考えて、待機していたのは正解だったようだよ」


「途中までは上手くいってたんだがな。俺達の話自体が外に漏れていたらしい。どこかで盗み見られていたな」


「おっと、それは怖いね。今度からは注意しよう」


 レッドとケリーがそう話していると、エリンが会話に加わった。


「ところで、これからどうします?」


「これからの方針、か。その前に俺がケイ卿から引き出した情報を共有しておこう」


 レッドはかくかくしかじか、とエリン、ケリー、アンジーに情報を提供した。


「情報は正しかったようだね。ケイ卿はチートMODを手に入れるか、作るかしてイベントゴール直前の盛り上がり最高潮の場面で使う気だよ。観客が多ければ、それだけチートMODの共謀に参加するプレイヤーは増えるからね」


「問題はその人数だ。今の時点の初動だけでも2000から1000人、運営のセキュリティが強化されてても対処に苦しい数だな。できればこれ以上増やさないか、減らしたいところだ」


「厳しいね。更に大変なのはその方法だよ。対処も考えないと」


 レッドとケリーは頭を並べてうんうんと悩み、考える。どのようにしてチートMODによるゲームの崩壊を防げるか、その一点が重要だ。


 より細かい、より具体的な対策について議論しようとしていると、エリンがまた口を挟んだ。


「じゃあ、皆にチートMODは使わないでください。って呼びかけましょうよ。きっと賛同してくれる人は多いはずです」


「お前な。それで、はいそうです、って納得する奴がいるか? もっと頭を使え。頭を」


 レッドがエリンに注意する。しかしケリーの反応は違った。


「それいいんだよ。僕も難しく考えすぎていた。必要なのはロビー活動だよ」


「ロビー活動、っていうとあれか。宣伝だろ?」


「そうだね。地道な広報、正論の展開、窮状(きゅうじょう)の訴え。それが重要なんだよ」


 ケリーはエリンの言葉を噛みしめながら、他の方法も提案した。


「シンプル・イズ・ザ・ベスト。チートMODが悪であることを殊更(ことさら)強調するんだ。例えば使用者は悪者で、非使用者は善であり正義。必要なら正義の連合を作ればいい」


「悪の連合に対して正義の連合か。賛同者は多くなりそうだな。できるなら冒険者と騎士、区別なく募集したいところだ」


「可能だよ。それだって無理な話じゃない。冒険者と騎士、2つの派閥の合同連合。結成できればオーダーニューロマンス初の偉業だよ!」


 こうして、レッド達は2つの対策案を出した。まずは他のプレイヤーにチートMODへ参加しないよう情報提供し、啓発(けいはつ)する。次に冒険者ギルドと騎士団、それぞれのコミュニティに合同連合への参画(さんかく)を呼び掛けるのだ。


 ただアンジーだけはその計画に難色を示した。


「計画の周知はきっと、チートMOD参加者も増やす諸刃の剣だンゴ……。それでもやるんか……?」


「……正直言って他に方法はない。運営に呼び掛けたところで状況証拠しかないんだ。俺達プレイヤーでどうにかするしかない」


「……そうだンゴね……」


 計画はケリーたち『暁のドラゴン亭』とレッドたち『黄金の羊騎士団』に別けた。ケリーたちは情報の拡散と冒険者ギルドへの呼びかけ、レッド達は騎士団への呼びかけとイベントゴールの達成だ。


「『銀色の歯車騎士団』が先にイベントゴールをしてしまうと、チートMODの有用性を証明することになりかねない。俺たちはイベントゴールを目指す。それでいいな」


「決まりだね。今回はイベントランキングは度外視(どがいし)だ。僕はできるだけ多くの有志を集めるよ」


「頼む」


 レッドたちとケリーたち『暁のドラゴン亭』は計画を確認すると、同じ目的のためにそれぞれ動き出した。

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