第24話「ケイ卿とパーシヴァルは喧嘩をするようです」

 レッドは現在、ケイ卿に企みがばれて敵の陣営の真ん中にいた。


 ケイ卿の呼びかけを聞いたプレイヤーが続々と中央のテントの周りを囲んでしまい、レッドの逃げる隙間はない。退路が断たれてしまったのだ。


「おいおい、冗談きついぞ。こっちは1人だって言うのに」


 レッドは細々と何かをした後、魔導腕を装着し、5つの浮遊魔導腕も展開する。それでも相手は30人、全盛期でもキツイ人数だ。


「1人で来たのは間違いだったようではないか。それとも、騙しとおせる算段だったのかな」


「騙すなんて人聞きの悪い。俺は旧交(きゅうこう)を温めようとしただけだよ」


「まだ減らず口を、この状況では逃げることさえままならぬぞ」


 レッドを包囲する輪は徐々に迫ってくる。これは時間を稼ぐしかないようだ。


「ここで俺をキルしたところで、情報は筒抜けだ。メリットは少ないぞ」


「だが逃がすメリットもない。ならば私は課金アイテムを使おうとしよう」


「……まさか牢獄セットか」


 牢獄セット、元々はお遊び要素として実装されたアイテムだが、ある機能が問題となった。それは特定のプレイヤーを捕らえることで2回キルできるというものだった。


 そもそもキルされるとプレイヤーはリスポン地点に飛ばされる。そのリスポン地点とはプレイを中断するか始めるかした場所の事である。


 VRゲームは安全性のため、20時間連続のプレイが不可能である。これらを利用し、牢獄セットに24時間特定のプレイヤーを閉じ込めると、必ず牢獄内がリスポーン地点となるのである。


 それにより、1度キルされると再び牢獄に戻り、もう一度キルが可能となった。ただし3度目は難しい。ゲームのシステム上同じ地点の近くでキルされた場合、ランダムに他の拠点や街にリスポーンされるからだ。


「それでも2回のプレイヤーキル。果たしてご自慢の魔剣ローエンと伝説のレア武器の蒸気銃グリン、どちらも残っているかな?」


「……これはお前にとっても思い出の品だぞ。分かって言ってるのか?」


 魔剣ローエン、最高級の性能に加えてクリーチャー特攻の付いた武器だ。入手はオーダーニューロマンス最初の大型レイドミッションのイベントゴールにおける竜タイプのクリーチャー討伐時のドロップアイテムであり、一点ものだ。再び入手するのは運営の懇意(こんい)でもなければ不可能である。


 一方、伝説のレア武器の蒸気銃グリン。こちらはボスクリーチャーから0.0001%で手に入ると噂のランク6、最上級のレア装備だ。これは最後の正月イベントに出てきたボスモンスターから入手した、記念品だ。


 どちらも『黄金の歯車騎士団』を忘れぬための装備、レッドはこれらを手放すつもりはなかった。


「あいにくローンの支払いが終わってないらしくてな。失くすワケにはいかなくてな」


「なら私達が立て替えておくとしようではないか。気にするな。こう見えても私は太っ腹であるからな」


 どうやら相手は冗談が効かないらしい。


「もしも、もしもだ。今からこちらに寝返り、情報を提供するというなら処分を考えなくもない。どうするかはそちらしだいではあるがな」


「アッハハハ。俺に裏切れって? それこそ冗談。俺は、過去のために今を壊すつもりはないよ」


「……であるか。ならばパーシヴァル、私のために過去の墓標と成れ」


 ケイ卿はそう言うと、自分の武器を展開させた。


 武器は片手剣、蒸気銃、そして魔導腕。更に5つの浮遊魔導腕をばらまいた。


「……忘れてたよ。ケイ卿は俺と同じ魔導技師だったな」


「物忘れの激しい奴ではないか。思い出させるとしよう。他の者は手を出すな!」


 どうやらケイ卿はレッドとの1対1をご所望のようだ。だったら、レッドにとってもそれは都合がいい。


「後から降参するのは無しだぞ。ケイ卿!」


「下らぬ言い訳はいらぬのでな。パーシヴァル!」


 2人は特に合図もなく、同時に魔導腕を前に構えた。


「魔導腕接続。コード、カスケードピグマリオン!!」


 2人はそれぞれ5つの浮遊魔導腕を起動させ、同じく蒸気銃を取り出した。


「<ウェットバレット>」


 蒸気銃グリンから放たれたのは水気を帯びた弾丸だ。


「<ドラゴンブレス>」


 もう片方のケイ卿が放つのは、火を纏(まと)う弾丸だ。


 2つの弾丸は中間地点で交差し、互いの敵へと直進する。


 だが2つの弾丸とも、敵を撃ち貫く前に軌道がでたらめに変化する。<ウェットバレット>は壊れた蛇口(じゃぐち)みたいに水をまき散らした後、あらぬ方向へ飛ぶ。<ドラゴンブレス>は火祭りみたいに踊った後に、傍観(ぼうかん)していた『銀色の歯車騎士団』メンバーを焦(こが)してしまった。


「あぶねえな! 距離を取れ!」


 これ以上の被害は騎士団メンバーもたまらず、2人を囲う円陣が少し大きくなった。


「銃撃では埒(らち)があかぬようだな」


「だったら近接戦だ!」


 レッドとケイ卿は互いの敵に向かって歩を進め始めた。その間にも魔導腕は忙(せわ)しなく、そろばんをはじく指のように起動する。


 どちらの浮遊魔導腕もそれに呼応(こおう)し、レッドとケイ卿の周りを渦巻く衛星のように動き始めた。


 さらに2人は近づき、片手剣を抜く。


 先に仕掛けたのは、レッドだ。


「<ウィップブレイド>!」


 レッドの振りかぶった斬撃が、鞭のようにケイ卿へ向けて飛ばされる。


 ケイ卿はそのスキルに眉も動かさず、魔導腕で対応した。


 <ウィップブレイド>の軌道は合計12の魔導腕に影響され、蛇のとぐろを巻くように呻(うめ)く。


 それでも最終的には距離の近いケイ卿が競(せ)り勝ち、スキルはただの地面に突き刺さった。


「ではこちらからも攻撃させてもらおう」


 ケイ卿はレッドとの剣の間合いに入ると、黒い直剣を何気なくレッドに差し向けた。


 レッドはケイ卿の黒い直剣を魔導腕の魔素操作で叩き落とそうとするも、剣はびくともしない。


「っ! まさか」


 レッドは後退しながら身体をねじり、何とかケイ卿の黒い直剣を回避した。


「ランク6のアンチマジックウェポンの類(たぐい)か」


「如何にもそうである」

 

 アンチマジックアイテムは魔素を全く帯びない武器だ。一見すれば弱そうだが、魔素操作ができないうえに敵魔導の力を減退(げんたい)させられる武器である。


 だから普通の物質は魔素を帯びるため魔導腕で操作できても、アンチマジックウェポンは魔素を全く含まないが故に、魔素操作の影響を受けないのである。


 つまり、ケイ卿が所有している黒い直剣は魔導殺しであり、魔導技師殺しでもあるのだ。


「怖気づいたようであるな。パーシヴァル」


「いいや、これくらいで驚くならゲームを止めてるよ。ケイ卿」


 2人は再び距離を取り、次の接近に備えて剣を握りしめていた。


 ところが、その次は訪れなかった。


 何故ならばレッドの右側、ケイ卿の左側の土手上から鬨(とき)の声が響いたからだ。


「9、9時方向から冒険者ギルドの部隊が――『暁(あかつき)のドラゴン亭(てい)』の一団です!」


 『銀色の歯車騎士団』の誰かがそう、ケイ卿に事態を伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る