第23話「円卓の騎士は再会するようです」

「よし、ここだ。くれぐれも失礼ないようにしろ」


 グラム達『銀色の歯車騎士団』に連れられ、レッドは森にぽっかり空いた空き地に通された。


 そこは『銀色の歯車騎士団』の野営地だ。いくつかぽつぽつとテントが建てられ、30人以上のメンバーがたむろしていた。


 テント群の中の中央、一際(ひときわ)立派なテントにレッドは案内された。


 グラムはテント前の衛兵らしきプレイヤーに話をつけ、レッドを通してくれた。


 テントの中に入ると、中は小ざっぱりしていた。あるのは防具と武具の置場、それに奥の椅子と机だけだった。


 その椅子には誰かが座っていた。


「おお、パーシヴァル。久しぶりじゃないか」


 座っていた男はウェーブの掛かった黒髪を真ん中で分け、少々いかつい顔をした黒い鋼の鎧をまとっていた。


 レッドはその容姿に見覚えがある。男は円卓騎士の1人、ケイ卿の名前を冠した者だ。


「ケイ卿、アンタだったのか!?」


「驚くのも無理はない。まずは座りたまえ。積もる話もあるだろう」


 レッドはケイ卿の勧めもあり、机の対面にある椅子に座った。


 ケイ卿、プレイヤー名もケイ・ハンク。偶然にもファーストネームが同じだ。13人の円卓騎士の中でも、アーサーを最も補佐した1人だ。


 アーサーに絶対的忠誠を誓い、アーサーが引退した時も同じく消えたプレイヤーだった。


「もう10年も前か。こうして顔を合わせると同窓会に来たようではないか」


「俺もまさか再び会えるとは思ってなかったよ」


「ガラハッドはどうした? てっきり一緒にいるものかと思っていたが……」


「ガラハッド、ユニオは……音信不通だ。プレイしているかどうかも分からない」


「……そうか。ガラハッドはあれほどゲームに入れ込んでいたのにな」


 レッドとケイ卿の間に、しばし寂しげな沈黙が訪れた。


「ところでメンバーからはパーシヴァルの方から会いたいと言ってきたようだが、何か用かな?」


「昔の仲だろ? 思い出話に花を咲かせたいと思ってな」


 それは嘘だ。本当の目的は『銀色の歯車騎士団』の思惑を見破り、ゲームの崩壊をもたらすであろうチートMODを使う気なら、止めるつもりで来たのだ。


 だが今は秘密だ。情報を引き出す方が先だ。


 レッドはまず自分の目的を優先するのではなく、自然な形で入ることにした。


「そいつはいいではないか。思えばキサマと私が2人で話し合った機会はなかったな。ただ、2人で共闘したことだけは覚えているとも」


「俺も忘れてやしない。何せあれはオーダーニューロマンス初めての大型レイドミッションだったからな。イベントゴール寸前で敵に囲まれて、他の騎士団メンバーが到着するまで粘ったもんな」


「あの時はどちらが多く倒せるか、とキサマが言い出したのは覚えておるぞ。結局ガウェインが乱入してきて有耶無耶(うやむや)になってしまったがな」


「俺の記憶している限りじゃ、俺の勝ちだけどな」


「よく言う。キサマの背中を守るのは大変だったのだからな。どうせ今も誰かに背中を守られているのだろう?」


「んー……。いや、今は守っている方だよ。ガラハッドの時と同じだ」


「ほう、なら相手の方も相当の手練れと見た。いずれ紹介してもらおうではないか」


「ま、いずれな」


 2人は相当愉快に話し合った。円卓騎士の冒険譚や、つまらない喧嘩から始まる決闘劇、そして武勇。どれもが懐かしく輝かしい記憶だった。


「最後の正月はいつもの廃城で集まったな。最奥部(さいおうぶ)の祭壇で0時ちょうどに記念撮影して」


「そうだ、そうだ。そしたらいきなりアップデートが入って、目の前にイベントボスときたものだ。あの奇襲で円卓騎士が4人もやられて、運営に苦情を入れたりしてなあ」


「今思えば円卓騎士全員の共闘はあれが最初で最後だったよな」


「……ああ。何もかも懐かしい」


 レッドはそこまで話して、ついつい思い出に花を咲かせてしまったのに気づく。本題はそこではないのだ。


 自分の使命を思い出したレッドは、ケイ卿に問いかけた。


「話は変わるが、この『銀色の歯車騎士団』は何が目的なんだ。まさか引退した円卓騎士を集めるため、だけじゃないよな」


 ケイ卿は楽しい会話に水を差されたように表情を歪ませる。だが、素直にレッドの言葉を受け止めた。


「私もそこまで楽観的ではないよ。私がやりたいのは冒険者派閥の打倒、そして騎士団派閥の復興。それだけである」


 やはり『銀色の歯車騎士団』は冒険者派閥と戦うために結成されたようだ。


「しかし勝てる算段はあるのか? まさか無策で対抗しようなんてしないだろうな」


 レッドは更にケイ卿の真意を探るべく、話を続けた。


「あるではないか。それはもう昔に証明されているであろう」


「……チートMODか」


「いかにも」


 レッドは心の中で落胆する。やはり憶測の通り、ケイ卿はチートMODに手を出すつもりのようだ。


 ならば人数は、計画はどこまで進んでいる。説得して止められるのか? 他の幾つもの疑問が首をもたげた。


 レッドは自分を落ち着かせながら、より詳細を聞き始めた。


「どんなチートMODを使うつもりだ?」


「既に決まっているが、いくら相手がパーシヴァルとはいえ教えられぬな。騎士団全員で使用するまでは公表するつもりはなしである」


「ならいつ使用するつもりだ。昔とは違うんだ。100や200ではBANされるのが関の山だぞ」


「そこは心配無用。チートMODの使用はこのイベントゴールが見えるまで温存する所存である。人数は、そうだな。今は約2000人の候補者が集まっておる」


「2000!?」


 レッドは驚きを隠せなかった。2000人、その数は普通の冒険者ギルドや騎士団なら可能な人数だが、全員の意見を一致させるには難しい数だ。


「……全員の承諾は?」


「急かすではないか。コトがコトだけに内密に進めておるが、約半数は計画に賛同しておる。イベントゴール頃には2000、いや3000人はくだらぬだろう」


「3000……か」


 3000人、多すぎる。実際に行動する人数がその6割と仮定しても、1800人だ。初動が昔の18倍。今の運営がその数を捌き切れるかはかなり怪しい。


 これはもう、成長し続ける爆弾。解体の仕方を間違えれば全てが崩壊する。


「頼む。チートMODの詳細か、データがあったら教えてくれ」


「だから無理だと言うただろう。何を焦っているのだ?」


 これ以上追及するのは危ない、ケイ卿もまるっきりの馬鹿ではないのだ。


 ここは温存。ぎりぎりまで我慢して、チートMODの詳細を手に入れ、運営に駆け込む。それが1番最適な解決方法のはずだ。


 レッドは腰を落ち着け、平穏な会話に戻ろうとした。


「おっと、待ってくれ。急な用事のあるメールのようだ」


 ケイ卿は自分の目の前にポップしたメールを開き、中身を確認する。


 こちら側からは見えないが気になる。もしやチートMODの関係だろうか。


「何のメールだ」


「いや、野暮用だ。話のキリもいいところだし、一旦解散としようではないか」


 レッドにはまだまだ引き出したい情報があるけれども、ここは焦ってはいけない。不自然な態度はもう無しだ。少しづつ、チートMODの正体を掴むしかない。


 レッドはケイ卿の案内で席を立ち、テントの出口に向かった。


「ああ、ところで」


 レッドがテントから出るところで、ケイ卿が後ろから声を掛けた。


「ケリー・スィフトによろしく言っておくれ」


「!?」


 レッドはとっさに前へと飛んだ。けれどもその脇を刃が貫く。


 体力バーはあっという間に3割まで削られてしまい。もう虫の息だ。


「……一体なんの話だよ」


「とぼけるではないか。接触してきたのはそれが目的であろう」


 ケイ卿の前口上が長いおかげで少しは回避できたものの、瀕死(ひんし)状態ではステータスも軒並み下がってしまう。


 逃げるにしてもここは敵の陣地のど真ん中。レッドは何とか言い逃れようと、データ化された痛覚部位を押さえながら口を開いた。


「そもそもどこからの情報だ? 眉唾(まゆつば)ものの噂だろ?」


「確かに『居残り組』と『紅い死神』の接触だけなら、ただのランキング1位へのひがみから表れた怪しい噂かもしれぬな。ではこれはどうだ」


 ケイ卿が見せたメールの中身は、なんとあの山小屋で話した内容が事細かに書かれていた。


 過去のレッドとユニオの関係、パーシヴァルとガラハッドという名前、『ニューロマンス大戦』の事実、チートMODの行く末。全てがつまびらかにされていた。


「それくらいなら、昔のネット掲示板(けいじばん)をあされば書けることだろ」


「書けるには書けるだろう。だがこれは何かな」


 ケイ卿がスワップすると、表れたのは動画だ。そこには山小屋でケリーとレッド、それにエリンとアンジーの姿が映っていた。


 レッドは動画を見て、失態を犯した事実を知った。


「そうだ。ケリーとは会った。だけどその情報との整合性は確認が取れたのか?」


「馬鹿を言え。この動画はレッドがここに来る直前のものではないか。言い逃れができると思うか」


 ケイ卿は「レオナルド・マクスウェルの裏切りである。全員集合せよ!」と、大声を上げた。


「……これはまずいな」


 レッドは自分への疑念を払(ふっ)しょくできず、敵の陣地の真ん中で孤立してしまった。

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