第20話「師匠は過去の話をするようです」

 深い森の中、大地に降り注いだ雪を蹴り、エリンとケリーは絡み合うように斬り合う。


 戦況は今のところエリンが有利、小太刀の間合いから離れずケリーを押しまくっていた。


「速いね。でも僕も負けない」


 だがエリンの攻撃はほとんどケリーにダメージを与えていない。それは小太刀が届く前に上手く大鎌の長柄(ながえ)を扱い、斬撃を防いでいるのだ。


「もう少しなのに……」


 ケリーの戦い方はエリンと似ている一方、間合いの長い武器を使っている点ではヴァンの戦い方とも似ている。職業的には軽量戦士タイプだが、大鎌を使っているため距離感がハンマーを用いているヴァンと同じなのだ。


 ならば間合いを詰めている今は、絶好のチャンスである。


 もちろんそれは、ケリーも承知していた。


「<サイズヴァッシュ>!」


 ケリーは間合いを図るため、ヴァンと同じ敵を押し出すスキルを発動させる。


 ただし、エリンもケリーの出方を予測していた。


「<スキルスライド>!」


 エリンは咄嗟に右手の小太刀を手放し、押し出された大鎌の威力を右に受け流す。これなら、間合いはさらに詰めることができる。


 そのはずだった。


「<クイックバスター>!」


 ケリーの<サイズバッシュ>は陽動(ようどう)だ。片手で大鎌を押し出した反対側の手が、スキルを発動させて素早く蒸気銃を抜く。


 これにはエリンも意表を突かれ、避けることはままならなかった。


「うっ!」


 銃弾は幸いエリンの左頬を掠(かす)っただけだった。けれども攻撃が命中するかどうかは駄賃(だちん)のようなものだ。本当の狙いはこの隙だ。


 ケリーは一気にその場から後ろに飛び退き、距離を置いたのだ。


「むっ。やられました」


 今度はケリーの大鎌の間合いの番だ。


 エリンは落とした小太刀を拾い、2本で立ち向かうも、戦況は逆転された。この距離感ならケリーの大鎌が一方的に攻撃でき、エリンは守るしかない。


 今はエリンの超人的な反応と速度でいなしているものの、間もなく加速も終わる。時間がない。


 そこで、エリンも頭を使った。だったら、もっと離れればいい。


 エリンは大鎌を捌(さば)きつつ、大きく後ろに飛び退いたのだ。


「アンガー、サッドマン。出番です!」


 エリンは2丁の蒸気銃を持ち、ケリーの身体を狙う。


 例えアボイドメイルがあっても、ケリーの軽装と距離の近さなら外すはずもない。


「っ!」


 ケリーはエリンが次々と撃ちだす弾丸を完全には避けられず、少しづつ体力を減らす。元々の防御力が0で軽装ならば、このダメージは馬鹿にならないはずだ。


 撃ち合いになればエリンの勝ち。そう判断したケリーは猛然(もうぜん)とエリンを追いかけた。


 前進と後退、これならばケリーが追い付くこともできる。


 だからエリンは、次の一手を打った。


「胡椒(こしょう)玉をくらってください!」


 エリンがそう叫び、投げたのはピンク色の玉だった。


 とはいえ、ケリーは顔をマスクで覆っている。この攻撃はそう警戒せずともいい。


 ケリーはそう判断して、大鎌で玉を斬り裂いた。


 しかし、それがまずかった。


「騙されましたね!」


「!?」


 エリンが投げたのは胡椒(こしょう)玉ではない。大鎌が接触した途端に弾けたのはピンク色をした粘性のネバネバだ。


 これは粘着玉だ。


 大鎌は粘着質なそれに絡めとられ、地面と接着される。ただし粘度はそれほどでもなく、直ぐに振り払える。


 けれどもその一瞬が大きなツケになる。


 エリンはケリーが大鎌の脱出に手間取る間に、一蹴りで急速に接近した。


「<ドアノッカー>!」


 エリンはケリーを銃口でぶん殴る勢いのままぶつかる。


 その直前にケリーは大鎌を手放して攻撃を逸らすも、間に合わない。


 ケリーは<ドアノッカー>のあおりを受けて、体力バーを大きく減らした。


「……侮(あなど)ったね。僕をこれほどまで追い詰めるなんて」


 ケリーは距離を取ると必要な所作(しょさ)を行い、すぐさま演唱する。どうやら唱えたのは<ヒール>という一般的な回復魔導。回復量は魔導使いが使うほどではないけれども、元々の総体力が低いケリーには十分だった。


 ケリーは体力を半分まで戻していた。


「そろそろクライマックスだね」


 ケリーは大鎌に繋いである鎖を引っ張り、粘着玉の拘束を破る。そして再び戻ってきた大鎌を上手に受け取ると、回転し始めた。


「<死屍大舞踏(ししだいぶとう)>」


 ケリーは回転したまま分身する。これは先ほどの<カインドステップ>との合わせ技だ。複数の黒い回転体が空中で弧を描き、エリンに迫っていく。


「3…2…1」


 エリンはケリーの大技に対しても動かない。何か策があるのだろうか。


「…0。タイムアップです」


 レッドとアンジーは固唾(かたず)を飲んで見つめていたが、エリンの間の抜けた声に力を無くす。


 対するケリーはエリンの声が聞こえたのか、技を解いてエリンの目の前で止まった。


「10分だね。お疲れ様」


「ひどいですよ。急に戦いを挑むなんて、ちゃんと同意をとってからにしてくださいよ!」


「ごめんごめん。僕も急いでいたから」


 先ほどの緊張感にも関わらず仲良くしている2人を見て、またレッドとアンジーは脱力(だつりょく)した。


 時間はちょうど十分。ケリーが示した時間制限に達していたのだった。




 ケリーの案内で近くの山小屋に入ったレッド達3人は、竈(かまど)に火を点け、炎を囲むように木の椅子に座った。


「話は1ヶ月くらい前の話になるね。僕たちの冒険者ギルド、つまりコミュニティがある騎士団コミュニティの噂を聞いたんだ」


「まさか俺達の騎士団、っていう話じゃないよな」


「違うよ。僕が聞いたのは『銀色の歯車騎士団』っていう騎士団なんだ」


「歯車? まさか――」


 レッドは何か思い当たったような顔をしたが、ケリーは気にせず話を続けた。


「『銀色の歯車騎士団』は嫌なうわさを聞くんだ。 どうも一癖や二癖もある、いわゆる他のプレイヤーに悪さをする害悪プレイヤーを集めているってね。ただその騎士団に入るのは、どこにも所属していない腕の立つプレイヤーである、という条件だけだから偶然かもしれないね」


「制限なく強豪プレイヤーを集めたらよほどコネがない限りそうなるだろうな。でもそれだけじゃあ、ランキング1位の『暁(あかつき)のドラゴン亭』が動く理由にはならないだろ?」


「それだけならね。ただ問題なのはある2つの噂なんだ」


 ケリーはピースサインみたいに指を2本立てた。


「1つは『銀色の歯車騎士団』は冒険者派閥に復讐する策があるという噂。2つ目はオーダーニューロマンス最盛期に隆盛(りゅうせい)を誇った騎士団、『黄金の歯車騎士団』の幹部である円卓騎士の1人が騎士団長をしているという話なんだ」


「っ! 馬鹿な!」


 レッドは椅子から立ち上がるほどに驚愕した。その反応にアンジーを除いた2人は肩を揺らすほどに驚いた。


「あー、そりゃレッドが驚くのも無理ないんじゃあ……。何せレッドは――」


「アンジー先生。余計なことは言うな。俺から話す」


「はいはい、分かったンゴ……」


 レッドは落ち着きを取り戻し、席に座った。


「それで、話は続くのか?」


「あ、ああ。そうだね。『黄金の歯車騎士団』はかつて騎士団派閥を率いて冒険派閥と戦い、そして敗れた歴史がある。僕は詳しく知らないけど、かなり凄惨(せいさん)な戦いらしくてね。負けた騎士団派閥から引退者が多くて、オーダーニューロマンスが衰退(すいたい)する原因となったらしいね」


「それは過小評価だな。あの戦いでほとんどのプレイヤーは引退した。冒険者側の愚行(ぐこう)と、運営の無能さ、それにゲームそのものに失望してな」


「へー。僕はまだ初めて5年だから詳しく知らないけど、17階幹部の中にはその頃からのプレイヤーも多くてね。彼らに言わせれば、ゲームがひっくり返るかもしれない事件が起きると言っているんだ。それが騎士団を探ろうとしている理由」


「だろうな。何せ過去の、自分達がしたことと同じことをされかねないからな」


 アンジーはレッドの言葉に同意し、レッドは深刻そうな顔をしている。ただ過去、ゲームで何があったか知らないエリンとケリーは戸惑(とまど)っていた。


「ちょっと待ってください。レッドさんの過去に何があったんですか!?」


「そいつはまず後だ。ケリーが戦いを仕掛けた理由から聞こう。ケリー、どうなんだ」


 ケリーは話を促され「ああ」と頷(うなづ)いた。


「実は簡単な話、僕たちが調べている『銀色の歯車騎士団』を探るのには入団するのが1番いい。でもそれには騎士であることと、腕がいい必要があるんだ」


「だから騎士である俺達に腕試しをした。っていうワケか。シンプルだな。でも最初の印象を悪くしてどうする。断られる可能性は考えなかったのか?」


「あー。確かにね。考えてなかったよ」


 どうもこのケリーという人物は、思慮(しりょ)に欠けるようだ。


「僕の話はこれでお終い。気になるのはレッド、君の過去の方だね」


 ケリーに言われ、レッドに3人の視線が集中した。


 これは話すのを断れない状況のようだ。


「話しにくいなら私が話すンゴ……。いいのかな……」


「心配するな。全部話す。さて、どこから話そうか……」


 レッドは顔の前で手を組んで考え、話の筋立てを組み立てた。


「まずは俺が過去、『黄金の歯車騎士団』に所属していた円卓騎士の1人、パーシヴァルだった頃の話からだな」

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