第19話「本当に怖いのは狼よりも赤ずきん」



 名も知らぬ針葉樹林が行く手を遮るように並び立ち、白い雪の園が周囲を埋めている。



 天気は雪がちらほら降るだけで大降りにはなりそうもない。これなら雪中行軍の邪魔にはならないだろう。



 レッド達は城主に指示されたストレンジオブジェクトのあるであろう場所へ進んでいる。雪のため多少速度は遅くなるも、進みは悪くない。



 順調、そう言えなくもない歩みは急な登場人物によって塞がれたのであった。



「うおっ。急だな、おい」



 モザイクのように立ち並ぶ木々によって発見が遅れた。目の前へ来るまでウェアウルフマンが近づいてくるのに気づかなかったのだ。



 ただ相手は1匹、こちらが負ける要素はない。



 それ以前に、そのウェアウルフマンは身体中に傷があり、戦意も全く感じられなかった。そもそも、戦うどころか怯えてさえいるのだ。



「来ないならさっさと失せろ。こっちは急いでいるんだ」



 レッドが目前のウェアウルフを追い返そうとすると、ウェアウルフマンが急に倒れこんだ。



 そしてその後ろから現れたのは、赤い頭巾をした女性キャラクターだった。



「ケ、ケリー・スィフト!」



「そうだね。良く知っている」



 ケリー・スィフト、彼女は個人ランキング81位、コミュニティランキング1位の『暁のドラゴン亭』所属の17階幹部10階。更に異名は不気味な『紅い死神』と、弱い要素が全くないプレイヤーだ。



 まさかこんな場所で出くわすとは、レッド達の誰1人として思いも至らなかった。



「初めましてだね。見覚えないし。こんな所に何の用?」



「……イベントの新大陸だからそちらと同じ目的に決まっているだろ」



「狼退治だね。私もストレンジオブジェクトを探している。ただ、迷っちゃった」



「迷ったって……。マップを見ればいいだろ」



「あっ……」



 ケリーは思い出したようにマップのウィンドウを表示する。それからごまかすようにフード越しで苦笑した。



「やってしまったね。僕は不注意だ」



 どうやらケリーに敵対の意思はないようだ。第一、敵対する理由がない。今は互いに同じ目的を持ったプレイヤーなのだ。



 ただしレッドには過去、騎士団派閥と冒険者派閥を分けた大きな闘争の歴史を知っていたため、鼻からケリーを信用したわけではなかった。



「あの、ケリーさん。私、エリンといいます。折り入って頼みがあるのですが」



「なんだね。僕に用事?」



 レッドの後ろにいたエリンが頭を出してケリーに声を掛ける。何やら質問があるようだ。



「あの、それで……握手してもらっていいですか?」



「っと。おいおい」



 レッドはエリンの間の抜けたお願いに、力を失う。



「いいよ。そのくらい」



「いいんかいっ!」



 レッドは二重に腰の力を失って、雪の大地に滑り込むところだった。



 エリンは屈託のない笑顔で不用心にケリーへ近づき、普通に握手して帰ってくる。緊張感のないやりとりだ。



「こちらこそ最近話題のプレイヤーとお近づきできて、光栄だね。これはいいことだ」



「そ、そうですか」



 レッドはエリンが再びケリーの元へ行こうとするのを止め、話の主題を再開させた。



「ストレンジオブジェクトの行方はもう分かったのか?」



「NOだね。僕は迷っていて見かけたウェアウルフを狩っていただけだ。それに他の目的もあるからね」



「他の目的?」



「大事なことだね。これはイベントだけじゃなく、ゲーム全体に関わる重要な話だ。でもね。うーん」



 レッドはケリーの言うゲームにとって重要な問題について気になったが、本人は簡単に語ってくれないようだ。



「ちょうどいい。君達、僕と戦おうよ」



「えっ?」



 一緒に遊ばないか、という気安さでケリーは突然牙を剥く。これにはレッドもエリンも、それにアンジーも驚きだ。



「なんじゃああああああっ! 若い芽は早めに潰すんかああああっ!」



 ケリーはアンジーの素っ頓狂なビブラートにも動じず、自分の装備を取り出す。



 それは黒い大鎌だ。大きさはケリーの身長とほとんど同じで、炎とも血とも表現できる赤い紋様が浮かんでいた。



「いいから戦おうよ。制限時間は10分。手は抜くからさ」



 ケリーは大鎌を引きずり、雪の大地を歩みながらレッド達に向けて歩みだした。



「エリン、準備しろ」



「はいっ!」



 レッドとエリンは同時にケリーのステータスを開示する。そこには驚愕の数値が表示されていた。



「防御力0!? 装備の分を入れてもほんの少しじゃないですか!」



「代わりに力と敏捷は段違いだ。防御力0のステータスはつまり、ほとんど攻撃を受けないプレイングをしていた証拠だ。しかも、これは」



 レッドは自分たちのランキングとケリーのランキングの差を考慮し、ここから逃げることも検討した。だが、ケリーの敏捷が高すぎる。エリンはともかく、レッドやアンジーはまず追いつかれるだろう。



「すまん、エリン。1人で逃げてもいい。俺とアンジーだけでも戦う」



「馬鹿言わないでくださいよ。師匠を置いていく弟子なんていませんからね。一緒に戦いましょう」



「……聞き分けのない馬鹿だな。分かった。死ぬまで付き合ってもらうぞ」



 レッド達は全員逃げない選択を取り、陣形はレッドとエリンが前衛を、アンジーが後衛に配された。



「どうするかは決めたね。じゃあ、行くよ」



 ケリーはマスクの下で何を考えたかは分からない。それでも、その凶刃をレッド達に差し向ける。



 次の瞬間、ケリーが分身した。



「<カインドステップ>」



 <カインドステップ>本来は凄まじいスピードで自分の分身を作り上げる、一見して有用なスキルだ。



 ただこのスキルは本体だけはっきりと視えるという弱点があり、本来は死にスキルのはずだった。



「くそっ、木が邪魔して見えにくい。見分けがつかないぞ!」



 ケリーの敏捷の高さ、それに地形が味方し、分身の力が遺憾なく発揮されている。これでは接触するまで正体が分からない。



「アンジー先生、デバフは付与できるか?」



「む、無理だンゴおおおお! 相手が速すぎるンゴおおおおお!」



 レッドのいつものコンボはこうして潰される。次にエリンを加速させるコンボに思い当たるが、レッドは躊躇した。



 ここで使っていいのか。切り札を早く切りすぎるのは愚行の可能性もあった。



「レッドさん! 来ます!」



 考える間もなく、ケリーの分身がレッドとエリンに襲い掛かる。数はレッドに5人、エリンに5人、どちらかに本体が混ざっているはずだ。



「分身と本体は別々の動きだが、本体の動きの方が速いはずだ。見分けろ」



「で、でも全員同じ動きに見えますよ」



 レッドは魔導腕を使い、魔素の操作を試みる。それに対してエリンは、自慢のスピードで1人1人確実に攻撃して潰していった。



「総当たりが1番手っ取り早いか、だが――」



 レッドに油断はなかった。しかし、分身は速すぎる。これでは歴戦のレッドにも後ろを取られるという迂闊さも生まれるというものだ。



「そこか!」



 レッドは振り向きざまに後ろから飛び掛かる1人を剣で切り裂く。けれども、それはレッドの攻撃を受けて消えた。



 分身だ。



「残念だね。けど、失礼」



 先ほどレッドの前方にいた1人が、言葉を発した。



「くっ!」



 レッドはケリーの一振りに反応して剣を滑らせるも、ケリーの巨大な大鎌を止める術はない。



 剣ローエンの刃を弾き、黒い大鎌の大口がレッドを呑み込んだ。



「レッドさん!」



「いっ! ……大丈夫だ。次来るぞ!」



 レッドにダメージを与えると、ケリーは再び距離を取って<カインドステップ>で分身を増やす。今度はさっきの2倍、20人。全員を相手取るのは難しい。



「もうエリンのコンボを使うしかないンゴ……。切り札を温存してやられるのは簡便なんじゃあ……」



「……分かった。エリン、お前頼みですまない」



 アンジーの提案に、レッドは頷く。ここはエリンの超人的な速さとプレイスキルに頼むしかない。



「大丈夫ですっ。任せてください!」



 アンジーは<パーティクルアクセル>を唱え、エリンの身体が光の粒子に包まれる。更にレッドの魔素操作が加わり、エリンは雪を蹴って風になった。



 右から順に、ケリーの分身が次々と消えていく。もうエリンはケリーとの間を詰めて、近接攻撃をしている最中だった。



「これは凄いね。私以上かも」



 ある1人に斬りかかった時、ガキンッと甲高い金属音が森にこだまする。ついにエリンは本体のケリーを見つけ出し、接触したのだ。



「もう逃がしませんよ!」



「逃げたつもりはないよ。戦おう」



 エリンとケリーがぶつかり合い、互いにしのぎを削り合い始める。



 戦いが始まってからの時間はもう、残り5分となっていた。

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