第14話「師匠は決意を新たにするようです」

 レンガの建物と建物の間の隙間から覗(のぞ)く空は糸の筋のように細く、路地を満たす光は僅かだった。


 出入り口にはグラムと5人の『青の灯台騎士団』がいて、奥にも同じ所属が5人、レッドの行き先を塞いでいた。それなのに、レッドは余裕な様子で戦闘態勢を整えていた。


「カスケードピグマリオン? そんなスキル、聞いたごとがない」


「これはスキルじゃない。コードだ。コード化した短縮行動。昔風に言うなら、ショートカットキーだな」


 レッドは自慢するように、浮遊する5つの魔導腕を操って見せた。


 5つの浮かぶ魔導腕はレッドの左腕にある魔導腕の指示に従い、レッドの上を天使の輪のように回転していた。


「だから何だというのだ。曲芸でこの修羅場を乗り越えられると思っているのか?」


「これがただの曲芸に見えるなら、やっぱりお前は三流だな。本当に上位ランキングを目指している騎士団なのか?」


「ぐっ。口は上手いようだ。だが、こいつを躱(かわ)せるか? <ドラゴンブレス>!」


 <ドラゴンブレス>はかなり初歩的なスキルだ。どうやらレッドに対して牽制(けんせい)をしかけてきたようだ。


 この距離なら重量タイプならともかく、軽量タイプならばアボイドメイルで避けられないとの判断だったのだろう。


 だがそれは迂闊(うかつ)だ。


「コーディング、反射(リフレクション)」


 5つの浮遊魔導腕が再び配置に戻ると、それぞれの五指がオーケストラを奏(かな)でる。


 5つの浮遊魔導腕が葬列して優美に指を掻き鳴らす姿は幻想的でさえあった。


 そして飛来するグラムの<ドラゴンブレス>は浮遊魔導腕の威光に敗けたかのように、軌道を変更をしたのだ。


 そう、<ドラゴンブレス>は180度方向転換して寝返ったのだ。


「なっ!」


 グラムが反応する間もなく、<ドラゴンブレス>は着弾する。ただし、それはグラムの左側に陣取っていた別のプレイヤーにだった。


 スキルを受けたプレイやーが火だるまになって転がる中、レッドは首を傾(かし)げた。


「調整がいまいちか。この距離で外すなら修正が必要だな」


 レッドはそう呟いて、自分の目の前に青白いウィンドウを投射する。今は両手が塞がっているため、レッドは別の手段で入力を始めた。


 別の手段とは、視線によるタイピングである。


「あー、これが結構疲れるんだよな」


 レッドは愚痴を言いながらも、視線と瞬(まばた)きの組み合わせで常人以上のタイピングを行う。


 ただグラムたちもレッドのコード記入が終わるのを待つ気はないようだ。


「だが一斉射撃なら軌道を変えられるのは困難なはずだ! 総員、射撃開始!」


 グラムの号令と共に、自分の傍にいた騎士団員や正反対にいる騎士団員も射撃を開始する。


 銃撃は轟々(ごうごう)と鳴り響き、レッドに向かって放たれた。


「おいおい」


 レッドが魔導腕たちを器用に扱うと、立ちっぱなしのレッドを掠(かす)めるように銃弾の方向が制御されていく。そうなれば鉛玉がどこへ飛んでいくかは明白だ。


「ぐあああああっ!」


「馬鹿、どこに向かって撃っている!」


 レッドの後ろには『青の灯台騎士団』の騎士達、それに前にも同じように並んでいる。ならば互いに銃を撃ち合っているのと同じ構造なのは自明’じめい)の理(り)だ。


「十字砲火をするなら射線が重ならないようにするのは当たり前だろ」


 レッドは呆れたように右手で頭を掻いた。


「な、あり得ない。スキルなしの弾幕だ。アボイドメイルにも魔導腕にも、そこまでの回避性能はないはずだ。一体何をした!」


 位置的な間違いを犯したけれども、1発もレッドに当たることなく魔導腕の誘導だけで弾幕をすり抜けたのは、グラムにとって予想だにしていなかった。


「そうだな。ただしどんな物体にも、例外を除いて多少の魔素は備わっている。1つ1つは小さくとも、こちらの斥力(せきりょく)が強ければ回避は可能だ。理論値ならこの3倍の弾でもいけるしな」


「さ、3倍だと!」


 アボイドメイルそのものの飛来物を逸らす力に加えて、物体に備わる魔素の操作を魔導腕で行う。それが魔導技師の戦い方。レッドは魔導技師の戦い方の延長にある魔素のある物全てを意図的に操る術を拡大したに過ぎない。


 なれど、それだけできれば十分だ。魔導の拡大はもう一段階上にある超越的な力、『魔法』を現実化したようなものだった。


「魔導の上の力、プレイヤーが誰一人として使えない『魔法』の再現か。こしゃくめ」


「俺もそこまで自惚(うぬぼ)れてやしない。これはあくまでも魔導の拡張版、未完成な方法論だ。これで『魔法』の域には至れない。だけどな、お前たちを倒すには過ぎたる力だろ」


「――ぐっ!?」


 今度はレッドから攻撃を仕掛ける番だ。


「<ウェットバレット>」


 レッドは蒸気銃グリンの焦点を正面のグラムたちに合わせる。しかもレッドから歩き、近づきながらだ。


「コンボだ! <アイスバレット>が来る! 撃ち落とせ!」


 グラムは近場にいた騎士団員だけに命じてレッドの<ウェットバレット>を止めるように命じる。


 グラムより前に素早く魔導使いが立ち、短い演唱とパンチカードの使用によりドーム状の白い結界が張られた。


 レッドの記憶に違いがなければ、それはアボイドメイルに似た弾を遠ざける魔導<アボイドスナッチ>だ。


 レッドから放たれた銃弾は水気を帯び、周囲を濡らしながらグラムの方へ突き進んでいく。けれども銃弾は結界に衝突すると、その動きがずれる。<アボイドスナッチ>の影響だ。


「魔導腕にはこういう使い方もある」


 レッドは左腕の魔導腕を握る。すると、弾は魔導による結界と拮抗(きっこう)するような挙動を見せた。


「魔素集中!」


 浮遊魔導腕5つも、左腕のそれと同じように拳(こぶし)を作る。魔導腕から送られた魔素の操作はレッドの銃弾を加速させ、周囲に散らばる水の勢いも増す。


 ついには、レッドの放った弾丸は<アボイドスナッチ>を食い破り、魔導使いの1人に深々と刺さった。


「お次だ! <アイスバレット>」


 レッドの次の弾丸は冷たい冷気と共に撃ちだされる。冷気は染み渡るように周囲の水を凍らせ、グラムたちに迫(せま)る。


 今度は初めから魔素を集中させ、<アイスバレット>の加速度は上々だ。


「くっ!」


 <アイスバレット>は<ウェットバレット>を受けた方とは別の魔導使いの頭部を氷のように破砕させた。


 けれどもそれだけではすまない。<アイスバレット>は足元の水たまりも、濡れた騎士団員の身体もたちまち凍らせた。レッドの狙いは最初からこのコンボを狙ったものだった。


 レッドはグラムを含む4人の氷像のなりかけへ歩み寄った。


「ま、待て。私を倒したとしても他の騎士団員達が君を襲うことになる。降参さえすれば穏便(おんびん)に済ませようじゃないか」


「……決闘などのランキング戦以外のデスペナルティは非常に重い。それこそ5回くらい死ねば全財産が消失するくらいにな。だから初心者を含むプレイヤーのPK(プレイヤーキル)を防ぐ抑止力として、騎士団への入団は運営から何度も勧められる」


「はっ? 何を言って――」


「それでも初心者を食い物にする馬鹿が後を絶たない。お前のように、初心者の自由を剥奪する屑(クズ)がな!」


「ひぇっ!?」


 振るわれた剣、ローエンがグラムたちを破砕させる。氷の身体はひどく脆(もろ)く、割れやすい。グラムたちは氷片(ひょうへん)をぶちまけながら、粉雪(こなゆき)のように散ってしまった。


「で? お前たちは騎士団長の仇(かたき)を取るつもりか?」


 レッドが残りの『青の灯台騎士団』のメンツを左手の魔導腕で指さす。


 しかし奥にいた騎士団員たちはもう士気がないらしく、レッドが指名すると尻尾を巻いて逃げていった。


「……こんな騎士団ばかりが初心者を囲い込んでいたら、オーダーニューロマンスも終わりだな」


 実際のところ、レッドが言うようにオーダーニューロマンスの人口は減る一方だ。全盛期は1000万人といわれていたプレイヤー数も、今では100万人足らず。初心者の流入も少なければ、オンラインゲームとしての終わりは近い。


「俺も覚悟を決めるか」


 レッドは装備を仕舞いこむと、ある決断をした。


「このゲームが終わる前にエリンをランキング1位にする。そのために必要なら、俺もランキングの競争に参加してやる。もうぐだぐだ過去について悩むのは止めだ!」


 レッドが決意を新たにしていると、遠くで運営からのアナウンスが響いていた。


「プレイヤーの方々にお知らせです。来月から新たな大型アップデートを実施します。それに際し、新大型イベントを開催予定です。お友達や騎士団、もしくは冒険者ギルドでの参加をお待ちしています。また――」

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