第13話「師匠は弟子のために一肌脱ぐようです」
ヴァンとエリンの決闘の後、屋外劇場の喧噪(けんそう)も収まり、人もまばらになっていた。
「じゃあ約束のものを渡してもらおうか」
レッドは蘇生(そせい)を終えて帰ろうとしていたヴァンを捕まえ、あるものを要求した。
「何のことですかねえ。さっばりです」
「とぼけるな。修理の支払いはチャラにしてやるから、さっさと現物のオートマンを渡しやがれ」
そう、決闘の前にレッドはヴァンと約束していたのだ。もし決闘に勝った暁(あかつき)にはオートマンを渡すという話だった。
だがヴァンは面の皮が厚いことに、とぼけている。まるで最初からレッドとの決闘の決まり事さえなかったかのようにどこ吹く風である。
「記憶にないことはどうしようもありませんねえ」
「おいおい、試合の前に誓(ちか)ったのも忘れたのか。それはちゃんとゲームマスター013も視ていたぞ。シラを切るなら間(あいだ)に運営でも挟んでもらおうか?」
「いや、それは……」
レッドの脅し文句にヴァンもたじろぐ。流石のヴァンでも運営に逆らうのはご法度(はっと)のようだ。
「……仕方ないですねえ。今回は負けを認めますよお」
ヴァンが指を弾くと、虚空(こくう)から小柄な人影が現れた。
それはエリンやアンジーよりも背の低い人物だった。
「彼女はマリーザよお。大事にしてくださいねぇ」
マリーザと言われたそれは、人間と同じ肉体ではない。銅の歯車を内包し、セラミックの白い陶器の肌をしたオートマンだ。
肌の他の見た目は少年のそれで、灰色の髪の毛をている。白いYシャツとネズミ色のズボンを着て、頭には新聞記者のような前つばの帽子をちょこんと乗せて、ひどく可愛(かわい)らしい。
「……少年趣味か。オカマめ」
「失礼ですねえ。それなら初めから下が付いてるオートマンにしてますよお」
「……そういう問題か?」
レッドとヴァンは不毛なやり取りをして、互いに怪訝(けげん)な顔をした。
「これを受け取りなさい」
ヴァンは指輪を外すと、レッドの手に渡そうとして来た。どうやらその指輪がマスターを認識するために必要らしい。
「いや、受け取るのは俺じゃないぞ」
「えっ? ああ、そういうことですかあ」
ヴァンは納得したように指輪を持っていた手を移動させ、代わりにエリンの手の平へ置いた。
「え、ええええええっ?」
「どうした? 勝ったのはお前だろ?」
エリンは突然の贈物(おくりもの)に驚いた様子で、慌てていた。
「どうしてですか? レッドさんじゃあダメなんですか?」
「別にいいだろ。それに俺が得をしない方がヴァンの留飲(りゅういん)も下がるだろうしな」
レッドが目線をヴァンに送ると、「確かに」とヴァンは頷(うなづ)いた。
「まあ、俺からの勝利祝いだと思って受け取れ。それとも不服か?」
「い、いえ。これは受け取ります」
エリンは指輪を自分の指に通す。すると、オートマンのマリーザは帽子を取って、エリンに会釈(えしゃく)した。
「は、初めまして。エリンといいます」
「……」
エリンの言葉にマリーザは応えなかった。
「オートマンは基本、言語野エンジンを入れない限り話しませんからねえ。必要あれば入れるといいでしょう」
「えっ? どういうことですか?」
「ですから、エンジン。つまりオートマンとしての能力ですね。基本的な動きを可能にするボストン・エンジンはともかく、戦闘をするには戦闘用エンジン。魔導演算をするには演算エンジン。それぞれ必要なんですよお。
その辺はレッドさんの方が得意じゃないですかねえ」
名指しされたレッドは首で肯定(こうてい)した。
「ああ、そこらへんはまた説明しとくよ。さあ、敗者は帰った帰った」
レッドはオートマンを譲(ゆず)り渡したヴァンを、邪魔ものとばかりに追い払った。
「失礼ですねえ。まったく。ではエリンさん、次戦う機会がありましたら私は挑戦者として挑ませてもらいますからねえ」
「はい。その時は私もずっと強くなっていますからね」
「フフフッ。いいお返事ですねえ」
ヴァンは負けながらも、まるで土手で喧嘩(けんか)をして仲良くなったような、いい笑顔をしながらその場を離れていった。
「なんだアイツ。気持ち悪いな」
「言いすぎじゃないですか。レッドさん。きっとヴァンさんは見た目と違っていい人なんですよ」
「まあ、お前も一言多いけどな」
ヴァンと別れた後、エリンとレッド、そしてアンジーも別々に行動することにした。
その理由は、レッドに野暮用(やぼよう)があったからだ。
「近況以外のメールを送るのも久しぶりだな」
レッドは人通りを避けた路地で1人、宙に浮いたキーボードとウィンドウを使って誰かにメールを打っていた。
「よし。これで送信、と」
レッドはメールを打ち終えると、スワップしてメールを送った。それからウィンドウを切り替え、自分の受信フォルダを眺めた。
「今日も返信はなし、か」
レッドは誰かのメールを待っていたようだが、フォルダの中にはレッドを糾弾するような内容のメールばかりで、目的としているアドレスからの返信はなかった。
レッドは今日のメールの返信もないだろうな。と、残念そうにウィンドウを閉じた。
「今頃どうしているだろうな。ガラハッドは……」
ふとレッドが視線を上げると、人通りのある道へ行く方向から誰かが近づいてくるのが見えた。
「誰だ……?」
「初めましてレオナルド・マクスウェル。私はグラム・グラス。という者だ」
近づいてくる人物に、レッドは見覚えがない。どうやら向こうも初対面のようだ。
「レッドでいい。俺に何か用か?」
「ええ、私は『青の灯台騎士団』の騎士団長をしていてね。エリンとは旧知の間柄なのだよ」
「エリンの? ということはエリンが前に所属していた騎士団か」
グラムという男は「そうだ」と同意した。
「エリンに用事があるなら向こうにコンタクトしろよ」
「いえ、私共(わたくしども)もエリンに尋(たず)ねたのだが、どうやら師匠であるレッドの許可を頂(いただ)けなければダメなようなのだ」
「ダメって? 何がだ」
「『青の灯台騎士団』への復帰だよ」
「あ?」
レッドはかなり不快感を示した顔をした。
それもそうだ。騎士団側の都合でエリンを退団させておきながら、今更どんな顔をして復帰してくれと言っているのか。レッドには皆目見当(かいもくけんとう)がつかなかった。
「エリンからは聞いたぞ。実力が無いから退団させられたって。俺の弟子になったのも実力を埋めてナンバー1、つまりランキング1位になって……見返すためか?」
エリンは特に前の騎士団への未練(みれん)を語らなかったことを思い出す。それこそ、騎士団に戻るかどうかは自分で決めればいい話だ。
「エリンは騎士団に戻りたいと言ったのか?」
「ええ、ただ師匠の許可がなければダメだ。とね」
「ふーん」
レッドはグラムの返事を興味なさそうに聞いていた。
「もうひとつ聞かせてくれ。エリンに騎士団へ戻ってほしいのは、エリンのためか」
レッドの問いに、グラムは表情ひとつ変えずに答えた。
「ええ。かつて私は間違いを犯した。エリンに重量騎士の装備を与えるという形でね。本当はレッドの見立て通り、軽量騎士が適正だったようだ。だから今度こそ、エリンにはのびのびと活躍してもらおうと思ってこうして――」
「アハハハハハッ!」
グラムは突然笑い出したレッドにビクリと怯(おび)えた。
「返事の仕方が三流だな。矛盾(むじゅん)してやがる。どうせエリンの勝利を聞いて騎士団に取り込もうとしたんだろ? エリンだって馬鹿じゃない。勧誘されたって断ったはずだ。お前の返答と違ってな。それが最初の間違いだ」
レッドが嘘をついていると指摘すると、グラムの雰囲気が変わった。
「2つ目の間違いは俺の質問への答えだ。もし本心からエリンのためを思っていたなら、エリンに選ばせたはずだ。なのにお前は自分から尋ねたと言った。YESとNOの答えは初めから同じなんだよ」
レッドは話しながら後方を確認する。そこには複数の人影が確認でき、前方もグラムだけではなく数人が通路を塞いでいた。
「嘘をつくのは後ろ暗い理由があるからだ。本人ではなく俺に許可を求めてきたのも、どうせエリンに圧力をかけたいからじゃないか? 遠慮するなよ。初めから本音で語ろうじゃないか。部下を揃えてな」
グラムの後ろの人だかりも、レッドの後ろの集団も皆同じ騎士団の紋章をしている。紋章は青い色の灯台。グラムが騎士団長をしている『青の灯台騎士団』の名称そのままだ。
「では本音を言おう。エリンに騎士団へ戻るよう説得してくれないかね。ランキング3300位を翻弄(ほんろう)し、勝利する実力は本物だ。それこそ私たちの騎士団に必要な人材だよ」
「人材? 馬鹿言え。エリンはお前の騎士団に参加したくないだろうし、参加させたくもない。説得なんざ嫌だね」
「では君の言う通り脅迫させてもらおう。もしエリンを説得しないというなら、私たちは君がログインする度にプレイヤーキルさせてもらう。今、この時のようにね」
グラムを含めて『青の灯台騎士団』は11人。それに対するレッドは1人だけだった。
だがレッドはいつも通りの飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さなかった。
「これだけの人数差なら、久しぶりにアレを使うか」
レッドが右手で指を鳴らすと、左手に魔導腕が装着される。
しかしそれだけではない。レッドの周囲に、同じような魔導腕が5つも零(こぼ)れ落ちたのだ。
「本気でやらせてもらうぞ。魔導腕接続。コード、カスケードピグマリオン」
レッドが左腕の魔導腕の指を掻き鳴らすと、他の5つの魔導腕がレッド守るように浮かび上がったのである。
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