第8話「個人MODを利用してみよう」
レッドをサンドバックとした対人戦の訓練は、エリンにとって至難のものであった。
ステータス上ではエリンの方が敏捷が勝っていても、レッドに追いつくことができない。その理由は分かっていた。
原因はレッドが操る魔導腕だ。どれだけレッドを追い詰めても、最後は魔導腕によってスキルや身に着けているアボイドメイルに動きを干渉される。
しかもその妨害がまた絶妙なのである。まるで全てを予見したような見切りでエリンの攻撃はどれもレッドに当たらず逸れてしまう。
エリンは考え付く限りの動き、スキルの組み合わせ、意表を突く攻撃を試してもそれが功を奏することはなかった。
エリンがもがき苦戦しているうちに、今日は対人戦の修行4日目となっていた。
「次行きますよ!」
「どんどん来い」
地面の土で汚れ切ったエリンは土煙を断ち切りながら再びレッドに向かう。
接近の際に手持ちの投げナイフを投擲(とうてき)し、牽制(けんせい)をかける。
レッドは魔導腕を構えたまま、軽いステップを踏んで投げナイフを躱(かわ)した。
そのため、投げナイフの中に小太刀の小次郎が混ざっているのに気づくのが遅れた。
「<剣芸・ワイドスクリーン>!」
投げられて回転していた小次郎の刃先が急に伸び、円盤のような剣戟(けんげき)がレッドに届く。
レッドはすかさず体勢を崩して魔導腕で対応し、小次郎の太刀はほんの僅かに浮いてレッドの鎧を傷つけた。
しかしそれでもまだ、レッドにダメージはない。
「追加です!」
エリンは驚く隙もなく、両手の拳銃を握りしめる。
そして1発でも当たればいい、という祈りのように銃を連射する。これは<スプリンクウィズ>というスキルだ。
レッドは片足だけで地面を叩き、銃弾の雨を追い越しながら魔導腕で自分の行き先を変更する。
レッドは不愉快なゴムボールのように跳ね、弾幕による危機を脱した。
「まだまだ!」
エリンはまだ追撃を諦めていない。地面の上で加速し、レッドの着地地点に先回りだ。
レッドは細かい修正でエリンの裏をかこうとするも、魔導腕による変化よりもエリンの健脚の方が速い。
「追いつきました!」
エリンはレッドが着地する間際、その地点を狙って錐もみに回転する。刃を振り回し、銃を乱射し、精一杯の攻撃を浴びせかけた。
「<ハリケーンアプロ―チング>!」
エリンの最大の攻撃はレッドには回避できない。かと思えた。
「いい連携だ。だが」
レッドはお気に入りの拳銃を抜き、弾を1発放つ。それは<魔弾・ウォーウィンドウ>というスキルを帯びた銃弾だった。
レッドの銃弾は風を纏い、エリンの弾幕を適切に弾き、無効化した。
「あぶわっ! あばばばば」
そしてエリン本人の斬りこみも、魔導腕の操作によりアボイドメイルごとエリンの身体を地面に誘導させられてしまった。
エリンは地面を身体で抉(えぐ)るように転がり、レッドの眼前でやっと止まった。
「もう少しだったな」
「全然ですよ。これでもう何回目ですか……」
流石のエリンも心身ともに消耗してきたのか、泣き言を述べる。これはこのままほっておくわけにはいかない。
「気分転換に次のステップを早めよう。今の動きならエリンにも十分だろう」
「次のステップですか……?」
レッドは開いた青白いウィンドウを手の中で蜘蛛の糸のように丸めて、エリンに手渡した。
それを受け取ったエリンの両手の中で、塊は雪解けの氷のように融けてしまった。
「そいつは外部ツールだ。所謂(いわゆる)、個人用のMODだ」
「外部ツールって、チートですか!?」
エリンは驚き、慌ててツールのダウンロードを止めようとした。
「待て待て、これは公式が認めている外部ツールだ。問題ない」
「でも、普通のMODはゲーム自体のデータだと聞きましたよ。外部のデータを使っても影響はないのですか?」
「ないとはいわないが、こいつはいわゆる表示系のMODなんだ。しかも自分自身にだけ適応されるな」
「……?」
レッドも具体例無しに説明するのは困難と感じ、実際に手順を説明し始めた。
「まず外部ツールを起動して、インストールとセットアップ、はできたな。次は実際にMODを使用していく」
レッドはエリンの視覚をウィンドウに表示しつつ、解説を始めた。
「例えばそうだな。もしエリンが銃のエフェクトを派手にしたいと思ったら、どうする?」
「運営に新しいMODを頼む、とか?」
「その手もある。だが手っ取り早いのは自分で作成したMODを自分だけに見えるようにするのが1番だ」
レッドは試しにとばかりに、エリンへあるデータを渡した。
「こいつを適応して銃を撃ってみろ。違いが判るぞ」
エリンはレッドから手渡されたMODデータを使うと、何気なく銃を撃った。
「ちょっ、待――」
エリンの銃弾は発射の瞬間、それまでになかった激しい炎の演出と爆発的な音、それが手ごたえのある反動と共に射出された。
しかも弾はレッドの顔を目掛け、更に直前で回避したレッドを通り過ぎて、壁に着弾する際もしっかりとした爆発と爆風の演出を生じた。
「わーっ、凄い! こんな風にもゲームを変化させられるんですね」
「いててっ。そうだな。だがこいつはあくまでもエリンの側でしか発生しないんだ」
「私だけに? ええと、つまり私にしか爆発や振動や音を感じていないということですか?」
「飲み込みがいいな。個人MODは自分だけでゲームを楽しむための演出を加えることができる。ただし他のプレイヤーに影響しない、自分だけにしか表示されない形でな」
レッドは腰の汚れを落としながら立ち上がった。
「だが自分を有利にする表示系MOD、例えば壁の向こうを見えるようにするウォールハックのようなものはプレイ権限の剥奪、運営からのBANをされる。しかしだからと言って個人MODはただの遊び道具じゃない。自分を強化することも可能だ」
レッドは「もちろん合法にな」と付け加えた。
「端的に言えば、ゲームを自分に最適化することができるんだ」
「最適化?」
「そう、最適化。ちなみにエリンが使っている操作デバイスは公式推奨のウラノス製のヘッドギアか? それとも平良目製? もしかしてハンドコントローラーか?」
「ウラノス製です。父さんは一時期ハンドコントローラーを使っていましたけどね」
「お、おう。師匠は相変わらずだな。ともかく、こんな風にゲームを使用するインターフェイスでさえ種類がある。同じようなことはゲームにも言えるんだ」
レッドはエリンにウィンドウの形で、自分が認識している感覚を共有した。
「うわっ、数字ばかり」
「かつて競争性のあるゲームにおいて、アイコンやショートカットキーは必需品だった。それは脳波で直接操作できる時代になっても同じだ。自分が操作しやすい環境。スキルを適切に早く打てる配置、咄嗟な回避や防御がしやすい反応速度、それらを弄(いじ)るのが個人MODなんだ」
「おー」
エリンはレッドの御高説に感心したようだった。
「それで具体的には私はどうすればいいんですか?」
「まず初めに操作の反応速度から変えてみよう。他にはスキルの配置、FOVを変更してゲーム内の見える範囲も変えてみるか。他には――」
エリンは興味深そうに話を聞いていたが、ふと気づく。
レッドの顔は童心に返ったように輝き、目には今まで以上の熱意を感じられたのだ。
エリンは、この人はこういったことが好きなんだな、と納得しながらレッドの解説に耳を傾けた。
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