第9話「決闘は弟子のたしなみ」
屋根に取り付けられた人類の発明の英知、電球によって煌々(こうこう)と照らされた屋内はサッカーコートが入るほど広い場所だった。
白いアルミニウムの屋根の下にはコンクリートで固められた客席と、芝生の闘技場スペースがある。客席は簡易的な木の椅子がひな壇のように置かれ、闘技場は4つの区画に分けられていた。
その客席には椅子に座ったり立ちっぱなしだったりする観客が詰めかけ、闘技場で戦っている剣闘士たちを注視していた。
「お客さん、多いですね」
「本当にな。ただ観戦するだけなら集まる必要もないのにな」
口ではそう言いつつ、レッドとエリンもまた画面越しではなく直接活気を浴びるべく、闘技場へ足を運んでいた。
何故2人が闘技場に居るかと言えば、特に深い理由はない。単に修行ばかりではモチベーションも保てないため、レッドの勧めで来たに過ぎなかった。
「それで何をします。観戦だけですか? それとも賭けに参加しますか? もしかしてレッドさんもランキング戦に参加ですか?」
「いや、俺はもう何年もランキング戦に出てないからな。止めとくよ」
「えー……」
ランキング戦とは名前の通り、その当人のランキングを決定するための大会のようなものだった。
種類は様々あるが、大別して3種類ある。決闘、トーナメント戦、総当たり戦だ。
ランキングは参加した人数、参加者のランキング、それまでの通算勝敗数などを倍率化した数値が使われ、運営によって決定される。多くは当日に決定するのではなく、翌日に結果が送付される。
また例外的に決闘だけは闘技場外で両者の同意があれば開催することができた。
「私は全然でまだ116427位ですよ。11万位! 同期の人なんてほとんど10万位を切っているのにですよ!? 先が遠いです……。ちなみにレッドさんは何位ですか?」
「さあ、昔の話だ。知らないよ」
「そう言いつつ気にしてるんじゃないですか? 代わりに私が見てあげましょう!」
エリンは相手のステータスを表示する機能を使い、レッドがランキング何位なのかを覗き見た。
「5……5531位!?」
エリンの言葉に周囲の群集も驚く。当のレッドは不機嫌そうな顔をしていた。
「す、すごいですよ。1万位以内の人なんて初めて見ました! 凄いじゃないですか!」
「うるさい。さっさとステータスをしまえ」
エリンの周りにいた観客たちも物珍しそうにレッドのステータスを見る。その多くは驚きと賞賛の目でレッドを見るも、誰かが呟いた。
「あいつ、居残り組のレッドだぜ」
誰かの言葉に周囲の人間達も頷く。
「ああ、なるほどな。噂の負け組古参か」
「ええっ。ランキング戦を参加せずに順位だけを残しているあの!?」
「迷惑だよな。さっさとランキング戦に参加して順位を落としてくれよ……」
エリンの後ろにあった好奇の目は次々と侮蔑(ぶべつ)のものへと変わっていった。
「え? え?」
「エリン。いいからステータスを閉じろ」
エリンはレッドに言われた通りにすると、人だかりも時間によって消えていった。
レッドとエリンはその場に居づらくなったため、少し移動してから合流し直した。
「何なんです? アレ」
「少し考えれば分かることだ。何年も前のプレイヤーが先に高順位に付いたなら、後から来たプレイヤーよりも高い順位を苦労せずに維持できる。もちろんその状態でランキング戦に参加しなければ、この順位というわけだ」
「でもそれって運営が決めたことですよね。レッドさんがひどく言われる責任はないじゃないですか」
「だが実際に順位の席を埋めて困っているプレイヤーがいる。それに多くのプレイヤーは順位が上ならより多くの挑戦を受けるべきだという慣習もあるからな。俺みたいに何年も戦わず居座っている奴は<居残り組>って言ってな。嫌われているんだよ」
「じゃあ、レッドさんもランキング戦に参加すればいいじゃないですか。本当は強いから、噂なんて関係ないじゃないですか」
「嫌だね。勝っても負けても不愉快だ。参加する理由がないな」
「どうしてですか! それとも他に参加しない理由があるんですか?」
エリンの言葉にレッドは鋭い視線を飛ばした。
「――何もない。ただ、何もないだけだ」
「そんなの答えになってないですよ!」
エリンは口を酸っぱくして尋ねるも、レッドの返答は曖昧(あいまい)だ。そしてまるで触れられたくないかのようにそっぽを向いてしまった。
そんな時、レッドの視線を横切る人物がいた。
「ん? おい、お前」
レッドが肩を叩いて呼び止めた存在は、レッドよりもはるかにガタイのいい巨漢の大男だった。
「なんだあ? よく見れば居残り組のレッドさんじゃないですか」
その大男は白い肌に銀色の鬣(たてがみ)のようなモヒカンヘアーをした人物だった。着ている服は眩しいほどに磨かれた銀色の甲冑で、常に周りを威圧していた。
「たしかヴァンって名前だったな。お前、俺のところでオートマンの修理を頼んだろ。修理は完璧にして返したのに、代金を支払わないまま逃げやがって。今度は口車で逃げるなよ」
「はて、なんことですかねえ?」
ヴァンという男は仰々(ぎょうぎょう)しく振舞い、観客たちの視線を自分に集めた。
「私は別に支払わないとは言ってないですよお。ただ居残り組のレッドさんがランキング戦に参加しないまま悠々自適にされているのは、ちょーっとだめじゃないですかと思ってねえ……。ここは交換条件といきませんか?」
「交換条件?」
「実は私、ランキング3300位。3300位なんですよお。まあ、レッドさんほどではないですけどね。そこでレッドさんにお手合わせ願えないかと思いましてね」
「嫌だね。戦う理由がない」
「そーんなこと言わないでくださいよお。もし勝てたら私のオートマン、レッドさんに上げちゃってもいいですけどねえ。どうです。ぼろ儲けじゃないですかあ?」
ヴァンは明らかにレッドの神経を逆なでるように話している。よほど自信家なのか、自分のオートマンを賭けに出すとまで言い。にたにたした笑顔がレッドの近くを這いまわった。
「レッドさん。オートマンって何ですか?」
「だ・か・ら――って、こっちはエリンか。オートマンって言うのはいわゆるアンドロイドだ。長いから省くが、魔導の力で動く高価な宝石だとでも思っておけ」
「はーい。それで戦いの申し出は受けるんですか?」
「受けないって言ってるだろ。ったく」
呑気(のんき)に話に割って入ったエリンに、レッドは呆れた。ヴァンの方も突然会話を中断させられたせいか、ちょっと次の言葉に詰まっていた。
「いや、そうか。その手もあるな」
レッドはヴァンが次の汚い言葉を吐く前に、先制した。
「おい、お前。こっちのエリンと決闘しろ」
「え、ええっ!?」
その言葉に1番驚いたのはもちろん、エリンだった。
「ば、ばばばばば馬鹿言わないでくださいよ! 私ランキング11万台なんですよ。勝てるわけないじゃないですか」
「ああ、俺も簡単に勝てるとは思っていない」
「ズコーーーーッ!」
エリンは人ごみで狭いと言うのに、また古い反応をした。
「そもそもこっちの男が決闘を受けるか、だがな」
やっと自分に話を振られたヴァンは、それではそれではといった勿体ぶった風に会話へ参加した。
「そうですなあ。まず私が負けるという可能性は万が一にもないとして、私に戦うメリットがないですねえ」
「勝てばツケなし。でもか? なら勝てたら俺とお前で勝負をしてもいいいぞ」
「それはそれは、ですがもう少し色を付けて欲しいですねえ」
ヴァンは武骨な顎を撫でながら考えた。
「どうでしょう。勝てばお互い大事なものを交換すると言うのは」
「大事な者だと?」
「私からはオートマンを、そちらからはそれぞれの大切な装備、つまりレッドさんからは噂の装備である魔剣ローエンと伝説のレア蒸気銃グリンをです。まあ、悩むような話だと思いますが――」
「ああ、いいぞ」
「――えっ?」
レッドは条件を気にすることなく、頷(うなづ)いていた。
「エリンは勝てるかどうかは五分五分だが、万が一にも俺が負ける可能性はないからな」
「……言ってくれますねぇ。その言葉、後悔しないことですよ」
ヴァンは巨体から繰り出される怒りに満ちた視線でレッドを見下ろし、これまた分厚い手の平を差し出した。
「これは違(たが)うことのない契約です。決闘を受けましょう」
レッドはヴァンの差し出した手を、虫を払うように叩き落とした。
「構わんぞ。決闘の場所はそちらが決めろ」
ヴァンとレッド、2人の敵対心むき出しの空気はまるで雷雲のように淀んでいた。
「あの、戦うの私ですよね」
居残り組のレッドがついに挑戦を受けると聞き、沸く群集の中ではエリンの疑問など些細な違いに過ぎなかった。
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