第6話「弟子はほんの少しの間に成長するようです」

 修業を始めて3日、エリンは順調に成長しつつあった。


 身につけた装備にも慣れ、アイテムも状況に応じて使い分け。更にエリンは魔導も一部使うことができた。


「<サンダースプリット>!」


 エリンは手の甲に巻いた魔石と呼ばれるブレスレットに装着されたカードリーダーへ、黄褐色のパンチカードを通す。


 魔導の仕組みとしては魔石に含まれた魔素を用いて、パンチカードから魔術演唱や魔術方陣の情報を読みとり、魔導として出力するようになっている。


 このゲームにおいてパンチカードは高度な情報記憶装置なため、こんな芸当が可能なのだ。


 ただパンチカードが必要なのは情報量の多い魔導のため、一部の威力が低く情報量の少ないスキルは口述による演唱だけで済む場合が多い。


 果たして技名と共に装着されたパンチカードにより、エリンの掌に小さな球雷が発生した。その大きさは拳に収まるほど小さく、手乗りの電球のようだ。


「てやっ!」


 エリンは掌の上の球雷を正面のラットマンの群れに投げる。すると球雷は弧を描いて飛び。ラットマンの鼻先に接触した。


 バリッ、と空気が裂けるような音を発して球雷は青白く弾ける。青白い閃光はラットマンたちを包み込むほど大きくなり、電流が全体に行き渡った。


 ラットマンたちはまともに電流を受けて、それぞれ昏倒するか電気にしびれたまま呆然と立ち尽くしていた。


 エリンはラットマンたちが感電によるショックから抜けきれないうちに接近する。今ならどのような攻撃をしようと無防備だからだ。


 一閃、二閃とエリンは古びたナイフをラットマンの喉元を引き切るようにスライドさせて。その間を駆け抜ける。


 そうして立ったままのラットマンも次々と首から鮮血を流して倒れたのであった。


「どうですか? 私、強くなりました?」


 だいぶ敵クリーチャーを捌(さば)くのが上手くなったせいで、エリンはご機嫌だった。


 実際、ラットマンやグールローチ相手にも素早い対処ができるようになったし、殲滅の速度も格段に上がった。


 それに伴い能力も向上したらしく、どの動きも迷いがなくスピーディーだ。


「そうだな。修行の第1段階は終了だ。例の物を頂いたら外に出るぞ」


「例の物……、ストレンジオブジェクトですね」


 ストレンジオブジェクトとは、魔石の元になる魔素と関係した不思議な物体だ。


 ストレンジオブジェクトは存在するだけで特定の不思議な現象を起こし、ラットマンやグールローチなどのクリーチャーを発生させる存在となる。


 他にも空気中の魔素の量、魔素濃度を上昇させたり下降させることで魔術的な現象を引き起こす。この現象をプレイヤーはアノーマリーと呼び、アノーマリーは一種のトラップのようなものだった。


 更にこのストレンジオブジェクトは無力化させて加工することで魔石を製造するための魔炉を作れることができる。


「俺みたいな魔導技師はストレンジオブジェクトを扱う専門家だからな。ストレンジオブジェクトは集められるだけ集めたい。場合によっては高く売ることもできるしな」


「分け前は1対1ですよ。私の取り分はお金ですからね。高値で取引できるといいですね!」


 ただ今金欠中のエリンにとっては、市場価格の高いストレンジオブジェクトは喉から手が出るほど欲しいお宝だ。断る手はないのだろう。


 2人は一致団結すると、どんどん下水道の奥に進んでいった。


「アノーマリーには注意しろ。ものによっては1発で即死するような罠もあるからな」


「それなら魔導技師の方が注意を払ってくださいね。アノーマリーを見抜くスキルがあるじゃないですか」


「……言葉の綾ってやつだよ。互いに注意するに越したことはないだろ」


 魔導技師は主に魔素を操るスキルが多い。


 例えば魔導だけではなく魔力を帯びた銃弾や矢を意のままに操り、威力を変更したり軌道を変えることができる。また先ほど述べたように、魔素と魔石が関連するストレンジオブジェクトの扱いにも優れている。


 そして魔素濃度を視覚化するスキル<魔眼>を用いれば、魔素の現象であるアノーマリーも見破れるわけだ。


「クリーチャーの周りの魔素濃度は低いし、アノーマリーの周囲は逆に高い。半ば探知系スキルだな。こいつは」


「だったら先頭を歩いてくださいよ! 私には見えてないんですよ!」


「断る。修行はまだ継続中だ。出会ったクリーチャーは必ず倒すんだぞ」


 レッドはエリンを顎で使い、エリンは泣く泣く前を歩いた。


 時々アノーマリーの発生源に出くわし、3回ほど進路を変えて2人は最奥と思わしき場所に到達した。


 天井は高く、細かい格子状の隙間があり、他の場所よりも比較的に明るい。ただ細かく切り分けられた光が目にちらつき、あまり心地よいとは思えなかった。


 広さは円形上に砂状の土が広がっており、足を踏み出すごとに地面が鳴いた。


「もっと奥に何かいるな」


 光も届かない更なる奥には見上げるほどの巨体がいた。


 丸太のように太い、ピンク色の手足。腹は水を入れた革袋のように膨れ上がり、頭は豚から鼻と口と耳の部分だけを持ってきたような不思議な形状をしていた。


「ピッグリード……。こいつは強敵だな」


 ピッグリードは光の当たる場所まで進み、太い鼻が探るように周りを嗅ぐ。そんな最中も首に掛けた大事そうなネックレスを撫でていた。


 そのネックレスの先には何やら小さな箱がぶら下がっていた。


「あの箱がストレンジオブジェクトですかね?」


「さあな。もしかしたらパンドラの箱かもしれないぞ」


 レッドが悠長に冗談を飛ばしていると、ピッグリードの鼻の動きが二人を向いて止まった。


 ピッグリードは背中から断頭台のような刃を持つ巨剣を両手で支え、こちらに突貫してきたのだ。


「今回ばかりは手を貸すぞ。エリンは足止めを頼む」


「分かりました!」


 エリンはポーチから小さな紙の包みを取り出し、そのまま正面のピッグリードの頭部を狙って投じた。


 紙の包みはピッグリードの鼻先にぶつかると、破裂する。その中身はコショウや唐辛子といった刺激物だ。


「ピギーーーッ!」


 ピッグリードは嗅覚を潰されて子豚のように鋭く鳴く。それでも巨腕から繰り出される攻撃は止まらない。


 ピッグリードは苦しみながらも、巨剣を腰の高さから空へ振りぬいた。


「おっと、あたらんよ」


「うわわわっ!」


 レッドは右に、エリンは左に跳ぶ。


 レッドの方は拳銃の銃口を水風船みたいなピッグリードの腹部に向けた。


「<ホットペッパー>!」


 放たれた弾丸は丸薬のように黒く丸く、灼熱に燃えながらピッグリードの腹を目指す。


 着弾の瞬間、弾丸はポップコーンみたいに弾けて砕けた鉄片をばらまいた。


 ピッグリードの腹は攻撃を受けると、波打つようにたわむ。しかし弾が貫通するのではなく、四方に弾いたのだ。


 その弾丸の欠片は、左側に回避したエリンの足元にも届いた。


「うわっ!? 危ないじゃないですか!」


「思ったより脂肪が厚いな。貫通力のある弾じゃないと無効か……」


「独りごと言ってないで謝って下さいよ!」


 エリンは地団駄踏んで激怒した。よほどご立腹のようだ。


「第一、強敵には<ステータス開示>を行ってから戦うべきでしょ」


「――いや、それは」


 ステータス開示、それはスキルではなくオーダーニューロマンス独自のMODシステムだった。


 本来ゲームでは敵のステータスを見るには特定のスキルを用いるか、そもそも開示する方法がない。


 何故ならば、ステータスはそれだけで攻略に重要な情報だからだ。


「しかし……、いや分かった。<ステータス開示>を使うぞ」


「合点です!」


 レッドもエリンも特定のコマンドを打ち、目の前にウィンドウを開く。


 そこにはピッグリードの概要がずらりと表示されていた。


「特性は<ぶあつい脂肪>と<鋭利な嗅覚>、<鋭い聴覚>、<盲目>、<鈍重な腕力>か」


「見た目と違って素早さが結構ありますね。力は言うまでもなく高いですし、<がむしゃら>は気を付けた方がいいですね」


 このように<ステータス開示>は相手の能力をつまびらかにする。しかもこれはクリーチャーに限ったことではない。


 <ステータス開示>はプレイヤーに対しても可能なのである。これにより対人戦では戦闘の直前に<ステータス開示>を行うのが必須となっている。


 <ステータス開示>には隠し能力は映らないことや、そもそもゲームバランスに多大な影響を与えるという一部の声を除けば、ゲームにおける重要なシステムだった。


「相手を事前に知る、か。合理的だが慣れないな。この感覚は」


 レッドはそうポツリと呟いた。


 <ステータス開示>を行い、レッドとエリンはそれぞれの脳内でピッグリードの攻略方法を算出した。


 このピッグリードの弱点はは斬撃や貫通であり、魔法は全般的に効きにくい。また見た目と特性から得られた情報により、新たな攻略方法を見つけた。


 レッドもエリンもそのことに、ほぼ同じタイミングで気づいた。


「エリン、鼓膜弾だ」


「了解です」


 エリンは自分のポーチから渦巻きの描かれた多面体を引っ張り、隙なく投じる。


 その多面体が空中で錐もみに舞う間に、レッドもエリンも自分の耳を塞いだ。


 ――バンッ!


 扉を急に閉じたような、破裂音が響く。響き渡る音は地下という逃げ場のない場所で反響し、予見していなかったピッグリードの耳にダメージを与えた。


 ピッグリードは自分の巨剣を地に落とし、血の流れる自らの耳を押さえて膝を付いたのだ。


「チャンスだ! エリンッ!」


 エリンはレッドの呼び声を待つことなく、飛ぶように駆ける。


 屈んだピッグリードの背面に回り込むと、2本のナイフを叩きこんだ。


「<疾風刃塵(しっぷうはじん)>!」


 エリンから繰り出された針山のごとき無数の白刃(はくじん)はピッグリードの背中を傷つける。深くはない浅い傷はスキルと切れ味のない武器によるものだが、刃で広く撫で上げた分ダメージは少なくない。


「ギャギャッ!」


 ピッグリードは突然の痛みに驚き、後ろに向き直って柱のような腕を振るった。


「危なっ――」


 レッドは、ピッグリードのその一撃は後方へ跳ばなければ回避できないと判断して忠告しようとする。


 だがそれは、エリンの行動によって否定された。


「この、程度、下がるまでも、ないですよ!」


 なんとエリンはその場で上下左右に飛び跳ねまわり、縦横に振るわれるピッグリードの攻撃をあっさりと躱(かわ)してしまった。


 更にエリンは攻撃の手を加える。ポーチから毒々しい液体の入った瓶を掌(てのひら)で抱え、前へ跳躍したのだ。


 無謀な。と、レッドは直感した。けれどもエリンは難なく攻撃を回避して、そのままピッグリードの股の間を抜けてしまった。


「追加でどうぞ!」


 エリンは再びピッグリードの背後に到達し、華麗なターンを決めながら瓶の中身を無防備なその背中に浴びせた。


 レッドは飛び散る瓶の中身が露店広場で買っていた、ナイトメアトードと言われるカエル型クリーチャーが分泌する猛毒だと見抜いた。


 そんな猛毒がピッグリードの傷ついた背中に染み込み。鉄板で焼かれたような耳障りな音が下水道に響いて、ヘドロとは違うひどい臭いが充満した。


「ギャッギャッ!」


 ピッグリードは叫びにもならない悲鳴を上げて、昏倒する。これなら後はほっておいても絶命するだろう。


 ただエリンは追撃の手を緩めるつもりはなかった。


「レッドさん! 拳銃の使用許可を!」


「お、おう。構わないぞ」


 エリンはクリーチャーへの情けか、それとも単にかっこよく決めたいのか、買ったばかりの2丁の拳銃を構える。


 名前はアンガーとサッドマン、同じダブルハンマー式ツインピストンバレル蒸気拳銃という蒸気による弾丸の加速を可能にした構造をしており、両者は赤色と青色で判別されていた。


 赤いアンガー、青いサッドマン。エリンが悩みぬいて決めた拳銃は獲物を貫こうと、蒸気ピストンを起動させた。


「<ツインバーンスケアー>!」


 2丁の拳銃からそれぞれ炎の柱が吐き出される。


 吐き出された火炎はピッグリードの腹から背中を食い破り、後ろにあった地下下水道の壁さえも焼き尽くした。


 肉の焦げる臭いが部屋に充満したころには、ピッグリードは腹に2つの焦げ跡を残したまま絶命して倒れてしまった。


「よしっ! 大勝利です!」


「明らかにオーバーキルだけどな」


 レッドはエリンの高火力に少々引き気味な賞賛を贈った。


「どうですか。私もやる時はやりますからね。これはもう師匠超えでしょう!」


「調子に乗りすぎるな。だが、想像以上の戦い方だったな。褒めてやるよ」


「お墨付きの勝利と勝利の、Vです!」


 レッドは「気が早い」と、左手の魔導腕でエリンの頭を小突いた。


 それでもレッドは、エリンがほとんど1人でピッグリードを倒したという嬉しい誤算に、笑顔をこぼしていた。

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