第5話「下水道掃除も修行の一環」
露店広場でエリンが購入した装備は、以下の物だった。
まず防具は機械天使の織った鎖帷子(くさりかたびら)、ビッグビーバーの革鎧。
武器は頑鉄師匠製作の小太刀である武蔵と小次郎、ダブルハンマー式ツインピストンバレル蒸気拳銃のアンガーとサッドマン。
これら装備の組み合わせは軽量銃騎士と呼ばれる役割を示していた。
その他にも小さな消耗品を購入し、エリンは売買を終えていた。
「短剣やナイフの代わりに脇差? それでいいのかよ」
「これは完全に私の趣味ですよ。どうせやるならこれくらいのこだわりは必要なのです」
ただ効率プレイに徹するのもありだが、モチベーションとしては多少の遊びを入れるのは、確かにアリだった。
いくら強くなれるからと言って、好きを全て取り除いたゲームプレイなどやる価値はない。それならクソゲーでもやっていた方がまだ生産的だ。
「どうです。かっこいいでしょう」
エリンは装備をレッドに見せびらかす。どれも新品なので見栄えが良い。それに西洋的な面立ちに日本刀というのも、悪くない。
「武器や防具は買いそろえた。アイテムも少々買って……。よし、また戻るぞ」
「えっ、戻るって……」
エリンは下水道の事が頭にちらつき、またしても装備品を汚して洗い流すのかと、行くのを嫌がった。
「心配するな。少なくとも装備品が汚れることはないよ。今度はな」
「本当ですか! なら構いませんよ」
エリンはレッドからお墨付きをもらうと、安心した飼い犬みたいに颯爽と後を付いてきた。
しかし、レッドが向かった先はやはり下水道前の空き地だった。
「レッド、さん」
動物病院を前にしたペットのような、希望を失った顔をしているエリンに、レッドは言葉を付け加えた。
「嘘は言ってない。その装備が、汚れることはない」
「? どういうことですか」
レッドは自分が買った装備を地面に投げうった。
それはどれも二束三文で売られているような、中古の武器防具だ。切れ味が悪かったり、擦り切れてしまっていたり、とても元の性能を持っているとは思えない。
「じゃあ、これに着替えろ」
「着替え―――えっ!?」
エリンは買ったばかりの装備を取り換えさせられるという事実に驚愕した。まさか実践で試すこともなく没収されるとは考えもよらなかったのだろう。
「これにはちゃんと理由がある。まあ、聞け。前に話した通りこいつは熟練度に関わる問題だ」
熟練度、それは先ほどレッドが話したステータスポイントに関連していた。
「武器はより使う回数が多いほど熟練度は上がりやすい。だから攻撃力の低い武器にした。防具の方は回避能力を上げるためにより軽い物を選んだ。防御力は皆無だが、その点はバフと回復アイテムでカバーするしかない」
レッドはそう言ってエリンに回復のポーションを手渡した。
「熟練させるにはその能力にあうプレイ機会を増やす、ということですね」
「飲み込みが速いじゃないか。なら問題ないな」
「いいわけないじゃないですか!」
エリンはレッドの言葉を理解していても、納得しているワケではなかった。
「新品の装備を揃えていざ特訓という段階で、脱げ、とは何ですか!? もっと弟子のモチベーションを考えてくださいよ!」
「すまんな。しかし文句を言ったところで修業の内容は変わらないぞ。さっさと腹をくくれ」
「……もう!」
エリンは仕方なしに、渋々といった感じで武器と防具を取り換えた。
「拳銃と他に購入したアイテムも置いていきますか?」
「いや、それはいい。いざとなったらアイテムも使え。こっちは単純にプレイングを慣らすためだ。ただし拳銃は許可があるまで使うな」
「分かりました。それじゃあ、行きます」
エリンはボロボロのナイフと革の防具を装備すると、率先して下水道に入り込んだ。
「うわ、暗いし汚いしジメジメするし、やっぱしひどい場所ですよ。ここ」
エリンとレッドが再び空中を交差する下水路の空間に着いた時、エリンが愚痴をこぼした。
「分かりきった文句を言うな。来るぞ」
レッドが言うと、確かに周囲から枯れ草をかき混ぜるような乾いた音が響いてきた。
「この音、この数……まさか」
エリンは想像の羽を伸ばしてゾッとする。そしてエリンのイメージ通りの存在が、すぐ目の前の天井から鳥のフンのようにボトリッと落ちてきた。
「ヒッ!」
エリンの足元にいる生き物は、簡単に言えば巨大なゴキブリだ。ただところどころ腐食して、熟れた果肉みたいな中身が覗いている。
ヘドロと腐葉土を煮込んだような悪臭はひどく。節足はところどころ折れ、昆虫特有の複眼は欠けており、まさにそれはゾンビ映画のクリーチャーを思わせた。
「グールローチだ! 倒せ倒せ!」
「無理です無理です無理です無理です無理ですっ!」
レッドは機敏なステップでグールローチの突進を回避する。一方、エリンの方は身に縋(すが)りつくグールローチに苦戦し、足や下腹部に纏(まと)わりつかれていた。
何故こうも回避能力に差があるかといえば、エリンが少し前までしていた防具の重さのおかげで回避のステータスが全然成長していないからだ。
「ぎゃあああああああ!」
普段のお上品さの欠片もなく、エリンは叫ぶ。それでもグールローチが怯んだ様子はなくエリンを取り巻く。これではなすがままだ。
「火炎瓶を使え! グールローチは火に弱い。まずは数を間引くんだ!」
「ふえっ、ふえええええっ!」
エリンは奇異な言葉を発しながらも、腰のポーチから光沢のある液体を詰めた瓶を取り出した。
更に手に持っていたランタンから火種を分け与え、瓶の蓋をしている布に引火させた。
点火された布付きの瓶は炎によって陽炎(かげろう)を揺らしながら燃え盛り。エリンは火炎瓶となったそれを、間髪入れずに足元に投じたのであった。
「馬鹿! 足元に投げる奴があるかっ!」
レッドの忠告も虚しく、割れた火炎瓶の内容物がエリンの足元に広がる。幸いエリンは中身のアルコールを被らなかったが、腰から下は火の海だ。
「アチッ、アチチチッ!」
ダメージ的には体力の4分の1と火傷の異常ステータスで済んでいるが、リアルなら大火傷で命の危険がある行為だ。
「なーにやってんだか」
レッドは呆れながらも、片手に銃を持って燃え盛る地面を狙った。
「<魔導弾・ウェットバレット>!」
レッドがトリガーを引く。すると淡い青の光と螺旋状(らせんじょう)の水の波紋が弧を描き、清らかな弾丸が空中へ放たれた。
水気を帯びた弾丸はレッドの左腕の魔導腕の操作を受け、綺麗にエリンの周りを飛来して大火を鎮火させたのだった。
「た、助かりました」
「助かってないぞ。敵の数はまだまだあまりあるほどだ」
レッドが指さすように、暗闇から溢れるばかりのグールローチが更に殺到する。
この様子に対してエリンは再び鋭い叫び声を上げた。
「ほれほれ、倒さないと数が減らないぞ」
エリンはレッドの情け容赦のない声援を受けつつも、やっと二振りのナイフを抜いて振り回し始めた。
エリンが山ほどのグールローチを潰すがごとく打ちのめす間も、追加のグールローチが現れ。エリンに休む暇はない。
「うわーん、こんなの終わらないですよ!」
エリンは泣き言を喚きながらも両腕の動きを止めず、がむしゃらに立ち向かっていった。
そうしたエリンの修業はまだまだ始まったばかりである。
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