第4話「まずは形から入ろう」
「嫌、嫌、嫌、嫌です!」
ここはレッドとエリンが初めて会った、パラドンと呼ばれる街だ。
街にはシンボルとして荘厳な双子の時計塔があり、他にも華美な装いをした人々が歩く大通りと、それとは対照的な灰色の波のように続く工業地帯、それに加えて鬱屈(うっくつ)とした貧民街がある。
一方は時代の華々しさとしての表の顔として、もう一方は日陰者として社会の闇をはらみ。両者は肉と皮のように切り離せない存在となっていた。
時代は産業革命による急速な近代化と工業化に伴い、差別化された雇い主と労働者の関係を産み。どちらにも成れずに溢れた失業者達は、王のいない街を守る時代に逆行した騎士団という存在になるか、新たな時代を切り開く冒険者になるか分かれた。
それがゲームのプレイヤー達だ。
「だだをこねたって結果は変わらんぞ。さっさと腹をくくれ」
「そんなこと言ったって、これは昔の騎士団の人たちがくれた大事な品なんですよ!」
闇と光が混在するパラドンの街で、レッドとエリンは再び露店広場に戻っていた。
ここには物の購入以外にも買い取りをしてくれるNPCもおり、お金のために不要な物を売れるシステムになっている。
ただこれからエリンが売らされようとする品は、少なくともただの不要な物ではないらしい。
「金が足りないんだろ? だったら昔の装備はさっさと売って、新しい装備を購入しろ」
「どうして思い出の品をそう簡単に手放せるんですか! 私は嫌です。何なら、レッドさんが買ってくれればいいじゃないですか!」
「あいにく俺は弟子を甘やかす趣味は無くてな。それに俺は俺で買うものがある。余分な予算は組めないんだよ」
「……そ、そんな!」
どうしてもと抵抗するエリンに、レッドは手を焼いていた。レッドとて物に執着はないとはいえないけれども、それはあくまで自分のプレイスタイルに適しているからに他ならない。
エリンのように、無駄なガラクタを重宝する悠長なプレイングではないのだ。
レッドは、相変わらず装備の死守を貫くエリンへゆっくりと諭した。
「いいか。まずエリンの今のプレイスタイルは重装甲高威力の重量騎士の戦い方だ。これは初心者がより強くより硬い装備を目指す過程で陥りやすい組み合わせだ。多くのプレイヤーはここから自分に適した戦闘のスタイルを見つけて変えていく必要があるんだ」
「……私は重量騎士には向かないんですか?」
「向かない。どころか正反対だ」
レッドのはっきりとした言葉に、エリンはちょっと絶望的な顔をした。
「このゲーム、オーダーニューロマンスに万能なプレイヤーはいない。そして、レベルシステムの代わりにステータスポイント制が採用されているのは知っているな」
「詳しくは、知りませんよ」
「なら教えてやる。ステータスポイントは上限量が決まっていて、そこから様々なステータスにポイントを割り振っていく。例えば力、防御、回避、ヒットポイント、マジックポイント、スキルポイント、他にも色々ある。ステータスの振り方は任意ではなく、どれだけそのステータスを熟練したかで決まるんだ」
レッドは自分のステータスをウィンドウに表示して、自分の数値を見せた。
「俺のステータスはDEX、つまり器用さが高い。これは器用さが重要となる魔導腕を多用しているからだ。おそらくエリンも同じように、重量騎士に重要な力のポイントが高いんじゃないか?」
エリンは自分のウィンドウからステータスを確認し、頷いた。
「逆にあまり鍛えていないステータスは強化されないどころか衰える。俺の場合、力はあまり使わないから低い。エリンの場合、回避が少なくなっているはずだ」
エリンは言われた通りにステータスを眺めると、その通りだった。
「多くのプレイヤーはこのステータスポイント制を把握してから、自分のプレイスタイルを模索する。まず自分自身がどんなプレイに適しているか、どうすればプレイヤーキャラクターが自分に適したステータスに成長するかをだ」
「自分に合ったキャラクターを、プレイによって作り出す?」
「そうだ。理解できてるじゃないか。逆にこのシステムは下手なプレイをすればするほど、操作のしにくいキャラクターに成長していく。今の、エリンのようにな」
「……具体的には、どういうことですか?」
エリンは渋々と言う形で、レッドの講釈を聞く気になったらしい。
「エリンの場合は渡された装備にプレイングが依存している。エリンが重量騎士に適しているから装備しているのではなく、装備しているから重量騎士のスタイルになっているわけだ。
そしておそらく、元いた騎士団はタンク役の重量騎士が不足していたんじゃないのか?」
「そ、そうです。私のいた騎士団は慢性的にタンク役が不足していました。よく分かりましたね」
「このゲームでは時々あることだ。初心者に騎士団や冒険者ギルドに不足しているプレイスタイルの装備を与えて、不足している人員を増やす。思う通りに成長しなければ捨てる。あまり感心できないやり方だが合理的でもあるな」
「え、そんな……。ち、違います。私の先輩たちはそんな悪い人たちじゃありません!」
「さあな。俺にはどうでもいいことだ。今はともかく装備をエリンの得意なものに変える必要がある。正確には、何が得意か試行錯誤する必要があるんだ」
「でもそれじゃあ、装備を売ったとしても何を買えばいいか分からないじゃないですか」
「いいや、大丈夫だ。分析は終わっている」
レッドは再び空中に枠を開く。それは一見すると数字の羅列だ。ただし、エリンの動きを捕らえた動画も存在していた。
「エリンに向いているのはもっと軽い武器だ。全体的に重量装備が動きを阻害してしまっている。更に攻撃が当たらないのはデフォルトに備わっているMODのエイムアシスト機能が邪魔をしているからだ。……納得できたか?」
「……エイムアシスト機能?」
エリンはレッドの話を、魂が抜けたカカシのような顔で見つめていた。
「エイムアシスト機能は初心者の段階で全プレイヤーに付いているデフォルトMODだ。普通は敵に攻撃が当たりやすくなるはずなんだが、エリンの挙動を見ているとエイムアシストの動きを制御しようとして逆に邪魔になっている。これは後でオプションから取り除く必要があるな。
それで話を続けると、スキルも武器の重さを使ったスキルよりも、クイックラッシュのようなスピードを活かすタイプの方がキレが良かった。ただ防具が重量騎士のタイプだからな。もっと速くなれるようにすれば、普通のプレイヤーはまず避けられないだろうな」
「えーと。つまりどうすればいいのでしょうか?」
話をあまり理解できていないエリンに、レッドはきっぱりと申し渡した。
「オプションでエイムアシストMODをオフにしろ。そして今の装備を売って、軽量タイプの防具と軽い武器を買え」
「何だかそれって、私を弱くしようとしてませんですか!?」
「気持ちはわかるが騙されたと思ってやってみろ。格段にプレイがしやすくなるはずだ」
「そんなことを言いましても……」
レッドはウジウジとして優柔不断なエリンに対して、更に決断を迫った。
「ゲームが好きなら失敗を恐れるな。試行錯誤はゲームの醍醐味だ。遠回りしても、躓(つまづ)いても、ゲームへの愛さえあればそれはお前に必須なステップだ。楽して強くなろうとする奴はゲームが好きなんじゃない。効率よく強くなれる自分が好きなだけだ。それともエリンも同じなのか?」
「そ、それは違います!」
エリンはレッドの言葉に横へ首を振る。その強い否定は、なによりもゲームへの愛を示していた。
「いいでしょう。例え何年かかろうとも、レッドさんのやり方に付き合ってあげます。ただし、上手くいかなければ責任は取ってもらいますからね!」
「責任って言ってもな。その場合、俺は何をすればいいんだ?」
レッドがヘラヘラと責任を軽く見ていると、エリンは条件を提示した。
「レッドさんには罰として、私と一緒に別ゲームに付き合ってもらいます。1からですよ」
その言葉には流石のレッドも真面目になった。
「古参の俺に別ゲームの住人になれって言うのか。―――いいぞ。その時は付き合ってやるよ」
「約束ですからね!」
エリンはレッドとの約束を取り付けると、やっと修行の第一歩を踏み出した。
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