ニワトリの日 そのに


「……コンセプトに納得した一時間前の私を殴りたい」

「いや、済まねえ。まさかここまでだったとは……」


 みんなで順繰りに。

 さんざんネタを披露したステージ。


 おもしれえ物を見て。

 負担の無い笑い方をする練習。


 そのためには、ネタ自体は爆笑できるもんじゃなくてもいいんだが。


 いくら何でもひど過ぎる。


 ネタ切れを迎えてからも。

 無理やり続けているせいで。

 クオリティーは最悪。


 常に笑いの頂点を見据える俺と。

 毎日面白ネタを披露し合って来た舞浜姉妹には。

 全く刺さらねえ子供だまし。


 ダジャレとか。

 似てねえモノマネとか。

 俗臭芬芬ぞくしゅうふんぷん


 でも、店員さんたちといい凜々花といい。

 ずっと笑いっぱなしなんだけど。


 一般人には。

 こういうのがウケるのか?


 ……よっぽど退屈してんだな。

 春姫ちゃんは、いつからだろう。

 スカートの裾をくしゃっと握りしめたまま生あくび。


 そして、たまに舞浜の顔を見あげては。

 済まなそうに、小さくため息ついてやがる。


 やれやれ。

 どうしたもんか。



「凜々花もやる!」


 ん?


 そうか、忘れてた。

 舞浜を爆笑させなきゃいけねえんだったな。


「よし! とびっきりの奴お見舞いしてやれ!」

「……いや、もう辛いからやめてくれ……」

「いやいやここからだ! ちゃんとおもしれえもん見せてやるから!」

「……そうではなく……」

「頼むぞ凜々花! センスいいやつ頼む!」

「まかしとけい!」


 そんな大声と共に。

 ステージに立った凜々花は。


 ショートパンツから覗く。

 右の腿を指差した。


「あっしの足!」

「期待させといて親父ギャグかい!」

「つねり過ぎて真っ赤!」

「え? そっち? って全面的に真っ赤! うははははははは!」


 なにそれ膝小僧まで真っ赤なんだけどそこまでつねったの!?

 すっげえおもしれえ!


 ……でもな。

 こいつらに自虐ネタは逆効果。


 そんなネタで笑うようなやつらじゃねえから。

 俺は助けてやりてえんだ。


「……ネタとしては良いと思う。でも、それ以前に凜々花が可哀そう」

「ちがうよハルキー。そこはふぉふぉふぉふぉだよ?」

「……いや。これでは笑えない」


 春姫ちゃんは、首を左右に振って。

 凜々花の腿を見て悲しくなったのか。

 スカートを一段と強く握りしめたまま。

 暴力女へ振り返った。


「……お手洗い、どこ?」

「来た!」

「……北?」

「いやこっちの話だ!」


 殺人未遂女が。

 ショートヘアの店員にちらちらサイン送ってっけど。

 なんか仕込んでたのかよ。


 眉根を寄せながら、いつものバスケットからフェイスタオルを出して。

 右手にそいつを握りながら立ち上がった春姫ちゃんに。


 こいつは嬉々として。

 仕込んでたネタを披露した。


「トイレはそっちだぜ!」

「……お姉さんしかいないが」

「んじゃあゆっくりトイレにいっといれ!」

「へいらっしゃい!」


 そこで先輩が。

 おまるを出した。


「ぷっ……! あはははは!」


 え!?

 うそだろ???


「やった! 笑った!」

「おお……。でも……」

「あはははは!」


 おまるで?

 そこまで笑う!?


 でも、急がねえと。

 そりゃまずいって。


「春姫ちゃん、普通の笑い方すんな! 凜々花の真似しろ!」

「ああ、そうだったな……。いや、しかし……、ふふっ。あはははは!」


 嬉しさ二割、心配八割。

 舞浜が、複雑な表情で春姫ちゃんに寄り添うと。


「あはは……、ごほっ! ……ごほっ! あはははは……、ごほっ!」


 しまった!

 こうならねえための練習だったのに!


 舞浜が、いつも春姫ちゃんが手に提げてる籠から何かの器材を取り出したんだが。


 春姫ちゃんは咳き込みつつも。

 首を振って手で制す。


「……大丈夫。発作というほどじゃない」

「で、でも……、ね?」

「……ああ。念のため、家に戻る」


 とんだ失態。

 笑わない春姫ちゃんなら、何を見せても声をあげることなんかないと思っていたんだが。



 ……ん?

 まてよ?


 ひょっとして。


 …………あれで笑ったのか?



 ――突然お開きになったパーティー会場から。

 舞浜姉妹を先頭に、心配したみんながその後を追って。


 静かになっちまった夜道を。

 舞浜家へ向けてとぼとぼと進みながら考える。


 俺がさっき気づいたこと。

 これが本当なら。

 春姫ちゃんの問題は。

 確実に解決だ。


 それなら、あとは……。


 俺が頭の中で数々のピースを組み上げていると。


 隣を歩いてた殺人未遂女が。

 月を見上げながら。

 ぼそっとつぶやいた。


「お前さんのやったことの結果がこれだが、どうだ? 前にも言ったけどよう、笑わなくったって、人は幸せなんだぜ?」


 嫌味な言葉にも聞こえるが。

 不思議と嫌悪感がねえ。


 あくまでも、俺に判断を任せてるこの感じ。

 まるで店長さんみてえだ。


「……わりい。もひとつ頼まれてくれねえか?」

「まだやる気かよ」

「あと一つか二つ。それさえ埋まれば答えが出るはずなんだ」

「……子供は大人を齧ってでかくなるもんだが、加減ってもんもあるんだぜ?」


 そう言いながらも。

 俺の無茶な願いを。

 二つ返事で了承してくれるなんて。


 やっぱこいつは。

 いいやつなのかもしれねえ。


 ……よし。


「舞浜! あと、中学生二人! 明日は学校サボって出かけるぞ!」


 俺が声をかけると。

 殺人未遂女以外のみんなが。

 揃って眉根を寄せた。


 そりゃそうだ。

 春姫ちゃんが苦しんでる時に。

 この馬鹿は何言いだしたって思うよな。


「ほ、保坂君。……どうして出かけるか、教えて?」

「春姫ちゃんを笑わせるためだ!」


 この宣言。

 もうちょっとうまく言えばよかったかな。


 舞浜が、春姫ちゃんを凜々花に任せて振り向いて。


 震える唇を軽く噛みながら。

 俺のことをひっぱたこうと腕を上げて。

 そのままぐっとこらえてやがる。


 ちょっと驚いたが。

 お前なら当然の反応だよな。


 でも。

 引き下がる気なんかねえぜ?


 俺は、上げたままの舞浜の右手を掴んで。

 柳眉を跳ね上げた泣きそうな目を、ぎゅっとにらんで。


 最後まで。

 信じてくれ。


 そんな思いで黙っていると。


 意外にも。

 舞浜は、あっさり微笑みを返してくれた。


「……気持ちはそんなに熱いのに、手は、優しく握ってくれるの、ね?」

「ん? あ、すまん。いつまでも握ってて」

「…………春姫の、ため」

「もちろん。そんで、春姫ちゃんが幸せになったら幸せになる俺たちのためだ」

「じゃあ、信じる……、ね? 春姫が笑えるようになったら奇跡。……信じたい」


 周りにいる誰もが。

 ため込んだまま止めてた息を長く吐く。


 そして再び夜道を歩きだすと。

 舞浜は、おかしなことを言った。


「……痛かった?」

「は? 叩かれてねえだろうが」

「そうじゃなくて……」


 ああ、なるほど。

 心の方ね。


「俺なんかより。今、一番胸を痛めてんのは春姫ちゃんだ」

「咳、痛いから、ね」


 そうじゃねえよ。

 なんでてめえは。

 自分で言っといて分からねえんだ。


 今夜の一連の事で。

 一番つらい思いをしてるのは。

 春姫ちゃんだっての。



 そんなだから。

 何年もおかしな生活することになっちまうんだ。



 ――この一ヶ月。

 いろんな情報を目に、耳にして来た。


 笑うことは幸せ。

 笑わないことは不幸せ。


 愛情のせいで。

 誰かを傷つけることもある。


 自分が笑えないことが不幸なわけではない。

 誰かが笑わない事の方が不幸。

 

 姉妹で毎日。

 おもしれえことをやり合ってること。


 その行為が。

 お互いに不幸でしかないという事実。


 腿をつねって笑いをこらえる凜々花。


 スカートをぎゅっと握ったまま。

 全く笑わない春姫ちゃん。


 そんな彼女が、フェイスタオルを手に。

 声を上げて笑ったこと。


 そして、普段は笑わねえくせに。

 たまに吹き出すことがある舞浜。


 …………俺のことを。

 本気で叩こうとした舞浜。



 まだ、いくつかピースが足りねえ気もするが。


 ここまでのピースは。

 俺の中で。

 すべてつながった。



 これならきっと。

 うまくいく。



 優しさが。

 不幸を招くこの連鎖。


 その源泉になってるのは、やっぱり。



「……舞浜」

「ん?」


 俺は。

 この不幸を止めるため。


 命を懸けて、お前を。



「明日こそお前を、無様に笑わせてやる」


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