ニワトリの日 そのいち


 ~ 五月二十八日(木) ニワトリの日 ~


 ※俗臭芬芬ぞくしゅうふんぷん

  低俗で気品がねえ



 狭い玄関に並んで腰かけて。

 履き古したスニーカーの紐を。

 同時にキュッと結んだ朝のこと。


 この時の俺たちは。

 まだ。


 笑う事はすなわち幸せで。

 笑わないことは不幸だと信じていたんだ。



~´∀`~´∀`~´∀`~



「……たまの外食と勇んで出てきてみれば」


 主役からの第一声。

 いきなりのダメ出しから始まったのは。


 ハンバーガー屋の店員さんが。

 こぞって春姫ちゃんを笑わせるぞパーティー。


「……たいして面白くない兄の方は、私が笑わない理由を理解していると思っていたが」

「その通りだな。でも、そのまま一生過ごすつもりか? そんなことしたら……」

「凜々花、ちょっと悲しいなあって! 一緒に思いっきり笑いたいの!」


 ここで飛び道具。

 仲良くしてる凜々花なら。

 俺よりも説得しやすかろう。


 でも、そんな反則じみた攻撃を。

 あっさりかわすこいつのフットワークな。


「ふう……。凜々花が悲しがることはない。お前といると楽しい。お前が大笑いしている時は、私だって楽しんでいる」

「え? そうなの?」

「……じゃなければ毎日のように遊ばん」

「あ、そうなんだ! おにい! そんじゃあ解決!」

「してねえだろうが!」


 何言ってんだよお前は。


「それじゃ一緒に笑ってることになんねえだろうが」

「あ! そうだった! あのね、凜々花ね? ハルキーと一緒に、何見ても笑いたいの! いちんち百回くらい!」


 これを聞いた春姫ちゃん。

 青い瞳をパチッと閉じたかと思うと。

 再び開くのに合わせて眉尻を下げる。


「……それが出来たら、確かに幸せかもな」

「そんな顔すんなっての。できっから」

「……できないと言っている」


 そんで俺の方を向いた顔のとげとげしさな。

 アシュラか。


「いいかよく聞け。爆笑って言ったって人それぞれだ。凜々花! お前の爆笑、見せてやれ!」

「よしきたがってん! ……ふぉふぉふぉふぉふぉ」


 見よ! 厳しい特訓の上に完成した。

 この笑い方!


 ……まあ、予想通り。

 居並ぶ皆さん。

 揃ってくちぽかーんになってっけど。


「……意味、不明」

「呼吸器に負担かけずに笑えばいいんだよ。そのためには……」

「……無理」

「凜々花みてえに、顎に力入れねえで口をほげーっと開いて……」

「……無理だ」

「だらしなくベロも出し気味にして……」

「……無理だと言っている」

「おっおっおって笑やいいんだ」

「……ぜっっったいに無理だ!」

「なあに、簡単だ。凜々花がこれできるようになるまで、たった一週間くらいだったからな!」

「……そっちの無理じゃなく」

「ふぉふぉふぉふぉふぉ」


 まあ、未だに暴発して。

 いつもの甲高い笑い声になっちまうこともあるんだけど、それは内緒だ。


「……まったくもってバカバカしい。こんなの無くても私は十分楽しいし、そもそも笑わないから問題ない」

「ってことは、これからも笑わねえ訓練続けるんだな?」

「……当然」

「凜々花は、それが違うって言ってるんだ」


 バカな顔で笑えと強要されて。

 今まで呆れ果てていた春姫ちゃんが。

 ため息と共に首肯する。


 俺が言わんとしてることを理解してくれたようだが。

 ほんとお前さんは頭いいな。


「……同じ特訓をするならば。笑わない訓練ではなく、呼吸しない笑い方を身に付けよと?」

「そうすりゃ、凜々花と二人でいちんち百回爆笑する日もすぐに来るって話だ」

「……戯言。だが、私のために凜々花が骨を折ったこと、無下にしたくない。……パーティーとやらを始めるといい」


 ようやく主役が椅子に腰かけると。

 皆さんが拍手と歓声で盛り上げる。


 ……さあて。

 ようやく準備が整ったな。


 春姫ちゃんには。

 ウソ偽りなし。


 このパーティーごときで笑い声上げる心配もねえだろうし。

 今日をきっかけに、凜々花と同じタイミングで。

 笑う練習してくれりゃあそれでいい。


 それよりも。

 本命はこいつだ。


「ぼーっとしてんじゃねえ。お前もこっち来てやるんだよ」

「わ、私……、も???」


 そう、本命。

 不幸の連鎖の。

 一番の悪。


「り、凜々花さん、どうやるの?」

「こうだよ! おっおっおっ」

「……お、お、お」


 いや。

 首、前に出さんでも。


「……お姉さま。それではニワトリ」

「ええっ!?」

「結構こけこっこー!」

「ぷっ……!」


 おお、いい感じ。

 やっぱり凜々花のネタは。

 お前と波長が合うみてえだな。


 だがもう一つ足りなかったか。

 次は頑張れよ、凜々花。



 ……そう。



 舞浜にも凜々花にも。

 内緒にしてたわけだが。


 この問題を解決するための。

 もう一つのピースはお前だ。


 さあ、覚悟しろ、舞浜。

 今日こそお前を。

 無様に笑わせてやるぜ!


「ほれ、凜々花。お前が隣に座って笑い方のお手本になってやらねえと」

「そうだった! ようし、今日はたくさん笑うぞ!」


 大はしゃぎする凜々花が。

 春姫ちゃんの隣にどかっと座ると。


 その横顔を。

 姉妹揃って優しい微笑で見つめてやがる。


 ……見た目は全然似てねえのに。

 中身はそっくりだな。


「んじゃ、早速始めるか!」


 店の一番奥に作られた特設ステージ。

 そこに踊るように舞い降りたのは。

 ショートヘアの元気な店員さん。


 このテンションの高さ。

 おもしれえことやってくれるにちげえねえ。


「一番! 特攻隊長六本木ろっぽんぎ瑞希みずき、スイカの早食いやります!」


 え?


「シャークシャクシャクシャクシャク」

「ぷふっ! ふぉふぉふぉふぉふぉ」


 いきなりステージがこぼした汁でびっしょびしょ。

 この力技の芸に凜々花は笑ったが。

 春姫ちゃんの反応は……。


「……汚い」

「そこには同意どころか同情を禁じ得ねえが、ちゃんとやれ」

「……まあ、そうだな。……おっおっお」

「そう!」


 渋い顔の春姫ちゃんも。

 その笑い声を聞いた凜々花に満面の笑みで見つめられては。


 照れくさそうに、嬉しそうに。

 うつむくより他、術はねえようだ。


「ようし、次の選手行ってみよう!」

「は、はい。二番、雛罌粟ひなげし葉月はづきです」


 直前まで厨房で作業してたのかな。

 カレーの香りを漂わせながら。

 清楚な女が出てきやがった。


「このようなことは慣れていないので自信ないのですが。……春姫さん、お手間ですが、あの、ひ、膝って十回言っていただけますか?」


 え?

 十回クイズ?


 しかもそれ言うなら。

 ピザじゃねえの?


「膝、膝、膝……」


 殺人未遂女が。

 店員はおもしれえやつばかりって言ってたから期待してたんだが。


「膝、膝……」


 台本の紙見ながら間違うんじゃねえよ。

 どうすんだこれ?


 あと。

 カレーの香り、強すぎねえ?


「……膝、膝」

「じゃあ、この中にあるものは?」


 そう言いながら、清楚系の女が背中から出したものは。

 出前ピザの箱。


 ああ、なるほどうまい手だ。

 ここまでめちゃくちゃだと何を警戒したらいいのかわからねえ。


 中に入ってるもんはぜってえ違うのに。

 素直にピザって言うしかねえ。



 はず、なん、だが。



「…………カレー」

「ひうっ!? …………正解」

「俺が言うのも変かもしれねえが、すまん」

「……これはこれで、凜々花には刺さったらしいが」

「ふぉふぉふぉふぉふぉ」


 スイカで盛り上がってた会場も。

 これには全員苦笑い。


「……やれやれ。おっおっお」

「すまねえ、助かる。次! ……は、てめえか」

「任しとけって! あたしが笑わしてやるぜ!」


 三番手は。

 殺人未遂女か。


 まあ、あんたは確かに。

 おもしれえ話しが上手い。

 悔しいがそこは認める。

 認めるから、何とかしてくれ。


「へへっ、なあ凜々花。入り口一つで出口二つのもん、なーんだ」


 なぞなぞ?


「それ知ってる! ズボン!」

「正解だ! じゃあ、入り口一つで出口三つのもんは?」

「シャツ!」

「ぶっぶー。答えはブリーフでした~」

「下ネタじゃねえか引っ込めこの大馬鹿野郎! あと、凜々花! 今ので笑ってんじゃねえ!」

「ぷふっ! ……わ、笑ってないよ? ……くふふっ!」

「腿つねってこらえながら言うんじゃねえ」


 下ネタと言えば。

 凜々花のツボ。

 ドストライクなネタだ。


 危うく声上げて爆笑しかけたこいつは。

 ショートパンツから見える腿を。

 ねじれるほどつねって堪えてやがる。


 そのお隣から。

 俺を見上げた青い瞳の眉間のシワな。


「これは笑わねえでいいからそんな顔で俺を見るな! 次!」


 ……こうして。

 春姫ちゃんが笑うための特訓が。


 いや、今のとこ拷問としか言えねえが。


 いつまでも続くのだった。




 後半へ続く!

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