ローマ字の日


 ~ 五月二十日(水) ローマ字の日 ~

 ※卞和泣璧べんかきゅうへき

  功績が認められなくて泣く



「コミュ英ヤバいヤバい!」

「英語表現もっとヤバい~!」

「だから。たった十分じゃどうにもならんだろが」


 今日は英語デー。

 英語の試験が二教科とも同じ日とか。

 普通バラけさすだろうに。


「やばやばやば! 一個でも単語覚えなきゃ!」

「頑張るなよ夏木~」

「うっさい邪魔しないのよん! あんたも頑張んなさいよ!」

「頑張れないよ~。もう、頭が限界~。なあ舞浜ちゃん、助けてくれよ~」


 何をどう助けりゃいいんだ。

 意味分からん。


 『邪悪の化身パラガス』によるひょろ長い手の攻撃から。

 『騎士・俺』が振るう『聖剣15センチ物差し』で守るプリンセス。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 そんなプリンセスは。

 こんなチュートリアル用敵キャラにも優しい。


「が、がんばって、ね?」

「ほんと優しいな舞浜~。やる気出たよ~」

「ほんと現金だなお前」

「舞浜~。もっとやる気になるから、英語の点で俺が勝ったらデートして~?」

「ほんと最低だなお前」


 おい、プリンセス。

 こんなヤツに情状酌量の余地はねえ。


 返事に窮してわたわたしてねえで。

 すぱっと切っちまえ。


「パラガスも夏木見習ってあがけよ。頑張れって言ってくれてるし」

「やっぱそれ無し!」

「え?」

「そのまま遊んでて欲しいのよん! 平均上がっちゃう!」

「ひでえ発想だな」

「だいたい、コミュ英って意味分からないのよん!」

「しかも教科自体に苦言かよ」


 意味分からねえってことねえだろ。

 コミュニケーション英語は、英文読みの教科。

 シンプルなことこの上ねえ。


 単語と慣用句だって簡単なもんしか使わねえし。

 ある意味国語表現とやってることは変わらん。


 そんなきけ子にパラガスが絡まりだしたが。

 お前、やる気出たんなら単語のおさらいでもしてろよ。


「読むのは簡単じゃんかよ~。英語表現の方が難しいって~」

「変わんねえわよ! ああもうどこから手を付けたら……」

「俺が~。ヤマ教えてやろうか~?」

「なにそれ助かる! ……って! 今日発売のマンガ渡さないでよ読みたくなっちゃうじゃない!」

「教えるよ~? ヤマ場のシーン」

「ぎゃーっ!!! やめて言わないで楽しみにしてるんだから!」


 ああ、面倒。

 そしてうるさい。


 でも。

 嬉しい。


 ……友達付き合い。

 面倒極まりないそれは。

 学生なら誰もが欲する。

 かけがえのない時間。


 そんな時間を。

 俺は幸せな心地で過ごしている。


 そんな時間を。

 幸せそうな笑顔で過ごすヤツがもう一人いる。


 おいおい。

 傍観者気取ってねえで。

 お前も混ざってこいっての。


「……舞浜が教えてやれよ、ヤマ」

「え? ………………え!?」

「そりゃ助かる! 教えて舞浜博士!」

「おれもおれも~」

「パラガスは却下。マンガでも読んでろ」

「ひでえ! あと、ほんとそのあだ名やめてくれよ~」

 

 きけ子に教科書突き付けられて。

 わたわた慌てた舞浜は。


 困り顔の仮面を目元だけにかぶせて。

 隠しきれてねえ口元を。

 ニヤニヤ嬉しそうにゆがめてやがる。


 ……な?

 一緒に騒いだ方が。

 楽しいだろ?


 そして、ノートに急いでヤマを書いて。

 自分の顔を隠すように広げて持つと。



 『ご予約の無いお客様は隣の窓口へどうぞ』



「うはははははははははははは!!!」

「きゃはははははは! ほんじゃ保坂! ヤマ教えてヤマ!」

「ほれ、早く教えろよ~」

「ったく、しょうもねえとこでそんなスキル発動すんな!」


 ニヤニヤしてたのそっちのせいかよ!

 すっかり騙されちまった!


「ああもう。じゃあ……、これとか?」

「not only Cathy but also Beth?」

「アルソーってなんだよオルソーだ。よく高校入れたな」

「ほっとけ。んで?」

「キャシーだけじゃなくてベスもって訳すんだ。not only A but also Bって形が基本で、応用的には文頭にこれが来てAの所に動詞が入ると語順が逆に……」

「応用とかいらん! あと、覚えらんない!」

「右に同じ~」

「さすがにふざけんなよお前ら。……ん? いや、待てよ?」


 こいつらと同じような事。

 どこかで聞いた気が……。


「ああ、そうそう。凜々花りりかが妙な覚え方してたな」

「どんなどんな?」

「『のとんりゃぶたえるそびー』って覚えてた」

「そっち覚える方が大変じゃん!」

「右に同じ~」


 ……だよなあ。

 俺もそう思うんだが。


「なんであいつこんな覚え方してんだろ。……って。なんでお前はそんな笑い方してんだよ」


 舞浜が、さっきまで構えてた看板をそのまんま顔に押し付けて。

 肩揺すって笑ってるんだが。


 またか? また凜々花がお前を笑わせたのか?

 俺が何やっても笑わねえのに。

 すげえジェラシー感じちゃう。


「ふふっ。……面白い、ね。凜々花さん」

 

 ああ、なるほど。

 波長って言うかジャンルって言うか。

 凜々花の笑いの方がお前に刺さるんだな。


 ……何かの参考になるかもしれん。

 覚えとこう。


「私も、今度からそうやって覚えよう……」

「うそでしょ舞浜ちゃん!? 絶対そっちの方が覚えづらいよ!」

「……リズムとか、面白いと覚えられる、よ?」

「なにそれ? じゃあ、これは?」


 きけ子が指差した慣用句。

 『take it easy』


 偶然だが。

 確かにほとんどローマ字読みできる。


 だが……。

 

「たけいてあ。……エスワイはどうすんだよ」

「違う……、よ? リズム。大事」

「意味分からん」

「だから……」


 舞浜は、左右に体を揺すりながら。

 リズムよく。

 凜々花から伝授された覚え方を披露した。


「た・け・い・て・あっ…………」

「こら、止まんな。エスとワイは?」

「…………シャー!」

「うはははははははははははは!!!」


 バカか!

 噛みつきそうな顔でこっち向くとか反則だろ!


「きゃはははは! た・け・い・て・あっ、シャー!」

「わははははは! うける~。舞浜ちゃんのシャー! かわい~」

「猫? ヘビ? どっちよ今の!」

「…………赤い生き物」

「うはははははははははははは!!!」



 結局、テストが始まるまで笑い転げてたせいで。

 きけ子はこれ一つを武器に。

 戦場へ出向くことになった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「出たね! たけいてあっ、シャー!」

「たすかったよ~」


 いやはや。

 ホント偶然。


 だが。


「バカなミスしちまったぜ……」

「何を?」

「何を~?」

「easyの後に、『a』付けちまった……」


 シャーとか言うからだ。

 これがほんとのイージーミス。


「合ってんじゃん」

「合ってんじゃん~」

「おいお前ら」

「え? つけないの?」

「つけないの~?」


 突っ込みてえとこだが。

 今回ばかりはバカにできん。


 あと。


「……お前は、わたわたしねえでいいから」


 三人が間違えて責任感じてるんだろうな。

 舞浜は、どう詫びをしたもんか落ち着きなくして右往左往。


「だって、舞浜ちゃんが、シャーって」

「そうだよな~。シャーって~」

「ひでえなお前ら! 舞浜のせいじゃねえだろうが!」


 ああ、泣きそうな顔してら。

 こんな卞和泣璧べんかきゅうへき

 あり得ねえ。


 ……だから。

 あり得ねえから。


「立つな」


 次も試験あるってのに。

 そのまま受ける気かっての。


「そうそう! 立たなくていいって!」

「当たり前だ」

「舞浜ちゃんの代わりに、こいつが立つから!」

「おい」

「そもそも、立哉が教えるのヘタなのが悪いんだしな~」

「おい」


 そう突っ込んではみたものの。

 パラガスの言葉にも一理ある。


 しかも、凜々花の話をした俺が本件のトリガーになってるのも間違いねえ。


 納得いかねえが。

 舞浜を強引に座らせて。

 俺が席を立つことにした。



 ……んだが。



 その状況を指摘もされずに。

 何事も無くテストが始まるとか。


「おかしいだろ」

「何がだ」

「あんたが」



 今日は。

 廊下で立ったまま試験受けることになった。



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