いいきゅうりの日


 ~ 五月十九日(火) いいきゅうりの日 ~


 ※猗頓之富いとんのとみ

  すっげえ金持ち



 昨日は、『笑わねえ二人を助けるぞ作戦会議』と銘打って。

 凜々花りりかと朝まで頭をひねることになった。


 まあ、そのおかげで。

 光明が見えたのと引き換えに。


 徹夜明けの俺の目には。

 微塵も光を入れたくねえ心地。


「…………保坂君。ほとんど寝てた」

「大丈夫。テスト終わって残り時間寝てるだけだ」


 そんな作戦のターゲット。

 舞浜まいはま秋乃あきのを。


 俺は、なんとかして。

 無様に笑わせたい。



 ――今日から中間試験。

 案の定、簡単過ぎて寝放題。


 こんなの全員満点なんじゃねえのか?

 なんて思ってたら。


 お前ら。


「やべ~。夏木の張ったヤマ信じたら全部ハズレとか~」

「あいやパラガスっち、ご安心めされい! それってつまり、あたしも同じ点って事なのよん!」

「そっか~。安心した~」

「ってことで、次のヤマはね?」

「うんうん~」


 二教科終わって、本日最後の試験は物理。

 その直前の休み時間だってのに。


「いまさら慌てて覚えてどうする気だお前ら」

「随分余裕ねあんたら! パラガスっち、後ろの二人、腹立たない?」

「なんだよお前ら~。ヤマ教えろよ~」

「ヤマなんかねえよ。試験範囲全部覚えてるっての。なあ、舞浜」


 俺の問いかけに。

 コクリと頷く微笑の才女。


 やっぱこいつは。

 俺と同じチームだったか。


「なんだよそれ~。裏切り者~」

「絡むなうるせえ。顔を鷲掴みにすんな。目に指が入ったらどうする」

「裏切り者ー!」

「ひうっ!?」


 こら、きけ子。

 舞浜の……を鷲掴みにすんな。

 目が釘付けになったらどうする。


「保坂っち、今、こっち見てなかった?」

「見てねえっての」


 『こっち』ってことは。

 お前の顔だろ?


 そっちは見てねえ。

 でも誤魔化しとこう。


「ぎゃーぎゃーうるせえよ。ちょっとのんびりさせてくれよお前ら」

「うわ、腹立つ~」

「かーっ! 腹立つっ!」


 パラガスときけ子が。

 恨みがましくにらんで来たかと思ったら。


「のんびりなんかさせないよん! 邪魔してくれる!」

「いぇ~い。邪魔してくれる~!」


 二人して、机掴んで。

 がたがた揺らしてきやがった。


 ……丁度いい。

 ここしかチャンスねえからな。


「邪魔すんなよ。俺は試験と試験の間は文房具のチェック、あとは水分補給の時間にあてるんだ。……そう。水分、な」

「水分って、またヤシの実?」

「なわけねえだろ」

「あ、あれ、面白かった……、ね」

「ねー!」


 やれやれ。

 すげえなきけ子。


 お前の操作。

 まじで簡単。


 よし、三人まとめて。

 無様に笑いやがれ!



「あんなのじゃねえよ。ただの缶ジュースだ」

「そんじゃつまんないのよん!」

「別に笑わせるためにやってるわけじゃねえ」


 俺は三人の目が集まるまで鞄をあさって。

 ここしかないってタイミングで飲み物を取り出す。


 机に出した缶ジュース。

 その正体は。




 サバ缶。




「わははははは! 大将やるね~! それで笑わせるためじゃねえとか~!」

「きゃはははは! 保坂っち、それ飲む気?」

「缶ジュースだからな」


 かしゅっと缶を開くなり。

 甘じょっぱい香りがほんのり漂って。


 パラガスときけ子は。

 腹抱えて笑ってやがるが。


 やっぱ、さすがにこの程度じゃ。

 こいつの牙城は崩れねえか。


「……てめえは、笑えっての」

「だから……、笑わない、よ?」


 笑わない理由を聞いた昨日の今日。

 だというのにこの仕込み。

 舞浜は、寂しそうに俯いちまったが。


 昨日話したじゃねえか。

 理解はできたが納得してねえって。


 春姫はるきちゃんは春姫ちゃん。

 お前はお前。


 きっちり二人とも笑わせてやるから。

 覚悟してやがれ!



 ……とは言ったものの。

 今日も撃沈しちまった訳だけどな。

 


「……お前も、なんか飲んどけよ」

「う、うん。そうする、ね?」


 授業中と違って。

 テスト中に飲みもん出す訳にゃいかねえからな。


 俺は、指でつまんでサバを咥えて。


「ぎゃはははは! 飲むんじゃないんか~!」

「あははははは! いてて、お腹痛い……」


 パラガスときけ子に追いうちの笑いを届けてやってると。


 お隣りから聞こえた。

 布が擦れるような音。


 何を飲む気なんだと。

 隣の席をちらりと覗けば。


「ぶふっ!?」


 あ、あぶねえ!

 サバ吹くとこだった!


 なんで弁当箱広げてんだこいつ!?


 慌てて口の中のもんを飲み込んでる間に。

 舞浜が開いた。

 蓋の中には。




 きゅうりが一本。




「うはははははははははははは!!!」

「ち、ちが……。これ、ネタじゃない、よ? す、水分補給……」

「うはははははははははははは!!! なお笑えるわ! 婆ちゃんか!」


 ちきしょう、パラきけコンビが。

 俺のサバ缶より大笑いしてやがる。


 悔しいが。

 また完敗だ。


「ね、ネタじゃないのに……」

「天然は天然で笑えるんだよ! コロネだののり弁だのきゅうり一本だの、なんでそんなもんばっか持ってきやがる!」


 俺の突っ込みに。

 舞浜は、しょんぼり肩を落としちまったが。


 いけね、こいつも地雷だったな。

 面倒窮まりねえ。


 でも、お前んち。

 妹の服と言い、親父さんの車と言い。

 猗頓之富いとんのとみじゃねえの。


 なのに弁当だけ。

 なんでそんなことになってんだっての。

 いくつも難題吹っ掛けんじゃねえ。



 ……でも。

 さっきのは使えるかもな。


 ネタ物、仕込み、そんなのに気を取られてたが。

 天然だっておもしろ会話だって。

 笑いにちげえねえ。


 ってことは……。


 舞浜姉妹を笑わせる。

 その手段を改めて考えてたら。


 先生が教室に入ってきて。

 いつものダミ声を張り上げた。


「机に出してる余計なものをすぐしまえ! テスト用紙は開始と言われるまで裏にしておくように!」


 しまった!

 いつの間にチャイム鳴ったんだ!?

 まるで準備できてねえっての!


 だが、まだ俺の方はいい。

 舞浜なんか弁当箱広げてたからな。


 ちらっとお隣りを見ると。

 わたわたしながら弁当箱を鞄に押し込んで。

 ペンケース出して中身を机にぶちまけてやがる。


 見ちゃいらんねえが。

 こっちもこいつを何とかしねえと。


 ああもう。

 テスト用紙が席まで届いちまった!


「ようし、机の物はしまったな!」


 まてまてまて!

 サバ缶どうすりゃいいんだ!?


 でも、ふた開けちまってるし!

 もうひと切れ残ってるし!


「一番後ろまで行ったか?」


 ええいままよ!


 慌ててつゆごと口に流し込んで。

 口からサバをはみ出させたままシャーペン出して。


「秒針がてっぺんのところに来たら開始だ!」


 こっちはこれでOK!

 舞浜は大丈夫だよな?


 急いで確認したお隣りの机。

 余計なものは何もなし。

 シャーペンも消しゴムも万全だ。


「五秒前」


 よし、ギリギリセーフ。

 胸を撫でおろしながら。

 舞浜の横顔を見ると。


「四、三……」


 俺と同じように。

 慌てて水分摂ったんだろう。


「二、それでは……」



 口から。

 きゅうりがにょきっ。



「始め!」

「しゃくっ」

「うはははははははははははは!!!」




 もちろん俺は。

 立ったまま試験を受けることになった。

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