国際家族デー
~ 五月十五日(金) 国際家族デー ~
※
防ぎようがねえ
常に落ち着き払った。
誰もが一線を引いてしまうそのたたずまい。
飴色の美しい長髪から。
近寄り難いオーラを放つお嬢様。
……そんなやつだって。
わたわたするときゃわたわたする。
いや。
いつもか。
「ど、どうしよ……」
昼休みが始まるなり。
俺の腕を引いて廊下に連れ出して。
あっちへうろうろ。
こっちへうろうろ。
その歩みは留まることを知らず。
廊下を抜けて階段降りて。
昇降口で靴を脱ぐ。
「なんだよ、おい」
「どうしよう……」
「だから。何が」
自分だけ靴を履き替えて、すのこの向こう。
俺が上履きのまんまじゃこれ以上進めねえってことにようやく気付いて。
誤魔化したまま手を引くのをあきらめて。
ようやく、どうしよう案件について白状し始めた。
「
「ハルキ? ああ、前に言ってた……、あれ? 妹って言ってなかったか?」
「春に姫で春姫。妹、よ?」
「ああ、そうなんだ。そんで?」
「友達、できたよって」
「…………それのどこがどうしようなんだよ」
昼休みの昇降口と言えばそれなりの通行量。
行き交う連中がちらちらと。
指をもじもじいじる女を気にしながら通り過ぎて行く。
「ほ、保坂君のお話したんだけどね?」
「おお。なんか照れくせえな」
「パッとしない人って言われたから……」
「事実、パッとしねえだろ」
「なんだかその、ちょっとムキになって、ね?」
「らしくねえな」
「だから、あの、ちょっぴり盛って……」
なんだよその上目遣い。
ビクビクすんな、怒らねえよ。
よくある話じゃねえか。
「ちょっぴりね。なに盛った?」
「ひ、百九十センチの色黒マッチョってことに……」
「原型とどめてねえだろがよ! メインのクレソンにトッピングで二ポンドのステーキ追加されたら食わねえで残されるわ!」
「ク、クレソンに含まれるシニグリンにはお肉の脂肪を消化する働きがあるからちゃんと食べて欲しい……」
「やかましい!」
やれやれ。
ムキになってくれたことについちゃ嬉しいけどよ。
そこまで言われちゃ。
春姫ちゃんに会えねえじゃねえか。
まあ。
別に会えなくても構わねえけど。
「……で?」
「い、いそいで欲しい……」
「いや、何がだよ全然分からん。結局どうしたいんだてめえは?」
とうとうしびれを切らしたこいつが。
勝手に俺の靴を下駄箱から引っ張り出して。
無理やり履かせようとするんだが。
「上履きの上から履けるわけねえだろが。怒らねえから理由言え」
「ほ、ほんとに怒らない?」
「怒らねえ怒らねえ」
「い、今から春姫が来るから、せめてシックスパックに……」
「間に合うわけねえだろふざけんな!」
びくうと体を固くして。
ごめんなさいってルビを情けねえ顔の上にふったこいつが。
校庭の方からかけられた声に。
今度は、髪が逆立つほど驚いたまま固まった。
「……そんなことだと思った。これのどこが二百二十センチの人間山脈なの? お姉さま」
「は、春姫……」
「そんで俺には過少申告すんな! やれやれ、えっと、初めまして……、ん?」
逆光のせいで、そんな声をかけちまったが。
いやはやまったく。
「……初めまして。ではないわね」
「そうだな。今日も可愛いドレスが似合ってるぜ?」
「……お世辞に感謝」
そう言いながら。
ゴシックドレスの裾を持ち上げてお辞儀する美少女。
まさか、舞浜の妹が。
おフランス人形ちゃんだったとは。
……ん?
ってことは、舞浜もハーフ?
「……約束通り、お父様が来るまで、相手をするがいい」
「ああ、そりゃ構わねえんだが……」
それより、さっきから気になるヤツが一人。
舞浜妹の背中に。
隠れようとしても丸見えになってるその姿。
色褪せたもんぺに。
つぎはぎばっかの割烹着。
頭巾からは、不自然に真っ黒く染めたぼさぼさ髪が零れ落ちてやがる。
「えっと、そいつは?」
「……お母様だ」
「はあっ!?」
ちょ、ちょっと待て!
姉も妹も絶世の美人だってのに。
なんでこんな母親出て来た!?
びっくりした俺があげた大声に。
縮めた体をさらに小さくさせた舞浜姉妹の母ちゃんは。
逆光に慣れてきた俺の目に。
頭巾の中の美貌を恐る恐る向けて来た。
……なんだよ。
めちゃめちゃ美人じゃねえの。
その日本人離れした彫りの深さ。
母ちゃんがフランス人ってこったな。
「いや、驚かせて済まねえ。俺、保坂立哉っていいます」
「……ク…………イ?」
「は? なんて?」
「食わ、ナイ?」
「食うかっ!」
おっと、やべえやべえ。
思わず怒鳴っちまったら。
舞浜母が、春姫ちゃんのスカートに頭突っ込んで隠れちまいやがった。
……えっと。
これ。
どうすれば?
「……気にしないでいい」
「いや、気にするっての。何から何まで」
「……お母様。平気だから、出てくる」
春姫ちゃんに促されて。
ようやく天岩戸から出て来た舞浜母は。
「あの、えっと。どうしてそんな格好を?」
俺の質問に。
びくびくしながら返事した。
「ニ、ニポンジン。平均値ジュウシ」
「だからって」
「キンパツ外人、鬼トカンチガイシテ退治」
「されへんて」
どうなってんだよ情報社会。
あと、あんたのかっこ。
どっからどう見ても平均値を遥かに下回ってる。
「おい舞浜、説明しろ。固まってねえでなんとか言え」
「な、なんとか」
「すげえおもしれえけど今日はさすがに笑わねえぞ? 今は情報過多で手一杯だからな」
「……笑う? 今のが面白いというの?」
舞浜の天然に。
首をひねる春姫ちゃん。
お前、あれだけおもしれえことポンポンやってくるくせに。
今のが面白くないって。
どんな感性してんだよ。
……そんなてめえを。
無様に笑わせてやるとするか。
「ああ、そうだった。見学に来たんだっけな、お前」
「……少し違う。お父様の視察に従うだけ」
「んじゃあその前に、俺がこの学校のおもしれえ連中を紹介して、大笑いさせてやるぜ」
人形みてえな無表情も。
あいつらに囲まれたらさすがにほころぶだろ。
俺は上履きのまま春姫ちゃんに近付こうとしたんだが。
その時。
「それ、ダメ」
舞浜に。
驚くほどの力で。
腕を引かれて止められた。
……だめ?
笑わせたら、ダメってことか?
どうにも合点がいかない俺が。
理由を聞こうとしたその時。
強引に校庭を突っ切ってきた黒塗りの高級車が。
昇降口のすぐそばへ横付けして。
後部座席から。
「うお……」
映画俳優並みの美形紳士が出てきやがった。
黒塗りのステッキに片眼鏡。
高級そうな黒スーツに身を包んだ精悍な紳士。
男の俺でも惚れ惚れするほどのイケメンだ。
そんな人が、舞浜妹の横を通り越して。
俺の前に仁王立ち。
「…………な、なんだよ」
「君こそなんだね? 私の娘に腕を組まれるなど、身の程もわきまえん馬の骨が」
「んな……っ!?」
震えがくるほどのバリトンに。
馬の骨とか言われて反撃しかけちまったが。
私の娘ってことは。
こいつは、舞浜姉妹の親父さん。
冷静に冷静に。
「う、腕組まれてるわけじゃねえ。俺があんたの娘さんを楽しく笑わせてやろうとしてたら姉の方に止められたんだっての」
我ながら社交的にフランクに事情を説明できたと思ったんだが。
こいつは鼻息ひとつで俺を見下しながら。
「……君一人で程度が知れた。これ以上見ても無駄だな。秋乃にはお似合いだが、春姫には最悪な学校のようだ。他を回ろう」
そんな。
俺の堪忍袋を引き裂いて余りあることを言いやがった。
「な……、なにが最悪なんだよ! 楽しませようとして何が悪い!」
「善悪を語るか。ならば貴様の行為は、誰に問うても悪の所業であると知れ」
「うるせえ! ああ、今分かったぜ! この二人が笑わねえのはてめえの命令なんだろそうだよな!」
「……だとしたら?」
このやろう!
親だって、やっていい事とわりい事くらいあるんだぜ!
「笑いは幸せの門! 笑いを奪ったら不幸になるってことも知らねえのか!?」
「事情も知らん若造が、浅薄な自分の理想を押しつけるものではない。……さあ、別荘に戻るぞ」
親父さんに声をかけられた春姫ちゃんは。
車へ振り向く一瞬前。
青い瞳を。
俺の視線と交差させた。
……青い海の底を思わせる春姫ちゃんの瞳。
そんな小さなガラスの海に。
かすかに浮かんだメッセージ。
見紛うはずなんてあるわけねえ!
「……では、失礼するよ」
「待ちやがれ! まだ話は終わってねえ!」
必死に腕にしがみついて俺を止めようとする舞浜を引きずって。
不幸を強要する悪魔に手を伸ばす。
だが、俺の必死をあざ笑うかのように。
一歩一歩。
硬い足取りで離れていく黒い背中。
……の、ちょっと下。
ズボンの後ろ半分。
まるで生地が無くて。
縞パン丸出し。
「うはははははははははははは!!!」
ちょっとまて!!!!!
なんだそりゃ!?!?!?
なにがなんだか!
すべてが分からん!!!
……だが、ひとつだけ。
しっかり胸に刻まれた小さな悲鳴。
俺に、笑えとしか命令出来なくなってやがる。
大混乱する脳の、その片隅に残った記憶。
青い青い。
小さなガラスの海。
その向こうに沈んでいた。
春姫ちゃんからのメッセージ。
『たすけて』
俺には、彼女が。
泣いているようにしか見えなかったんだ。
「うはははははははははははは!!! よ、横縞は反則だっての!」
……もう。
なにがなんだか。
だれか説明してくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます