ナイチンゲール・デー
~ 五月十二日(火) ナイチンゲール・デー ~
※
好きなように生きられねえ
「だからここじゃねえって! 聞けよお前は!」
「しょうがないのよん! 保坂っちが立ってるとこ、ここだからね! ……ただいまの記録、三十センチ!」
「おいこら!」
体育の時間。
走り幅跳びの計測ごときでこの騒ぎ。
ほんとお前らといると飽きねえな。
しかも周りの連中。
早くどけとも言わねえどころか。
もっとやれとか煽る始末。
三列の計測列のうち。
一番左のが機能停止してるってのに。
ぜってえこのクラス。
変わり者ばっかの寄せ集めだ。
「そもそも舞浜が計測すんだろうが! なんで
「しょうがないのよん! 秋乃っちが逃げちったからね!」
「だからなんで!」
「あたしが計測したいって言ったからよん!」
「……意味分からん。俺の飛距離を?」
「秋乃っちのバストサイズを」
そう言いながら。
巻き尺をしゃーこしゃーこ伸ばして引っ込めて。
ああもうほんと。
飽きさせねえなお前は。
「……ちなみにね? ただいまの記録、はちじゅもがっ!」
そんなきけ子の背後から。
記録の発表を辛うじて阻止したクラスの代表選手候補。
まあ、俺は女子の胸を見ねえように気ぃつけてるから。
代表候補なのかどうなのかってあたりは。
選考委員長のパラガスから聞いた話なんだがな。
「そこの明らかな穴までの距離測ってくれ。端っこは俺が持ってるから」
きけ子から巻き尺を奪い取って。
本体を舞浜に渡して、俺は先端を持ったまま踏切線にぴたっと設置。
その瞬間、ギャラリーからは。
どっと笑いが湧き起こったんだが。
笑えよお前。
三列同時に跳べるんだぞ?
これだけ長い踏切線の一番右端から測ったら高校新記録出ちまうだろうが。
「え、ええと、ただいまの記録……」
「そのまま読むんかい」
「三百二十……」
「はあ!? 三メーターってわけあるか!」
「……インチ」
「うはははははははははははは!!! 赤い方で見んな!」
さすがにこれには。
一同揃って大爆笑。
これは、舞浜がおもしれえことばかりやる女だってことが定着してきて。
誰もがこいつとの距離を縮め始めてる証拠でもある。
……でもな。
そうじゃねえ。
俺はお前が無様に笑う顔を見てえんだ。
なんだそのすまし顔。
……からの。
なんだその怪訝顔。
「保坂君。……ひざ、は?」
「ん? ああ、これか。さっきパラガスとはしゃいでた時にすっ転んでな」
近寄って来た舞浜が見つめるのは。
半パンから顔を出した膝の擦り傷。
「……保健室」
「平気だってこんくらい」
「だめ」
「おっとと」
たまに強引な舞浜が。
腕を引いて歩く俺の背に。
冷やかしの声が投げつけられる。
……ああ、面倒だな。
一度に二つの心配事が生まれちまった。
一つ目は、この後。
いらん誤解でいじられることになるかもしれねえ事。
もう一つの方は。
俺の記録は一体どうなるんだ?
~´∀`~´∀`~´∀`~
急患が出たらしく。
飛び出した先生とすれ違いに保健室に入った俺が。
セルフサービスで治療するための道具を物色していると。
「じゃあ、まず座って」
「いいよ立ったまんまで」
「……では。治療を開始します、……ね?」
舞浜が、俺の前にひざまずいて。
治療道具の封を切る。
なんか。
恥ずかしいけどちょっと幸せ。
そう言えば、今日はナイチンゲール・デー。
治療されるってのは、こんな気持ちになんのか。
だが。
まあ、あれだ。
「擦り傷に直でシップしようとすんじゃねえ」
「??????????」
「しかも、おもうら逆だっての」
「??????????」
ほんと昨日に続いて。
わざとなのか本気なのか。
まるで分らねえ女だな。
「自分でやるからいいって」
消毒液と脱脂綿。
ピンセットに絆創膏。
外傷セットを薬品棚から出して振り返ると。
どういう訳やら取り上げられた。
「なんだそのふくれっ面。スイカ買った時のエコバッグか」
「わ、私……。昨日のお礼……」
「律儀だな。でも気持ちだけでいいから」
ほんと。
恥ずかしいからじゃなくて。
悪化するから。
……ってことに。
しておきてえから。
ここんとこ。
舞浜がひた隠しにする内心について。
考えさせられることが続いたが。
バレるわけにゃいかない秘密。
そうか。
俺だって持ってるわけか。
平然とした顔して。
大事なものをひた隠し。
それに胸を痛められても迷惑だし。
放っておいて欲しいって俺が思うんだ。
こいつも同じ気持ちなのかな。
「素人に治療されると怖いからさ。察しろよ。……って、消毒液の瓶にらんでどうした?」
「……ベンゼトニウム塩化物、アラントイン、クロルフェニラミンマレイン酸塩は抗ヒスタミン……。うん、これなら大丈夫、よ?」
「プロの場合でも怖えな! なにその体に悪そうな単語の数々!」
「傷口に有効な成分ばかり、だから。大丈夫。これを……」
「まてまて直でぶちまけようとすんじゃねえ! ガーゼかなんか使ってくれよ!」
「…………そのベッドのシーツ?」
「極端! 知識が極端!」
異常なほど偏った知識に冷や汗出るわ。
一般常識皆無とか勘弁してくれ。
なんとか舞浜から治療道具を取り上げて。
脱脂綿を瓶からピンセットでつまんで消毒液をかける。
そいつを傷口にほにょほにょして、ゴミ箱へポイ。
あとは絆創膏貼って治療完りょ……。
「こ、こら! ゴミ箱あさってどうする気だよ!」
「血液感染……。何かにくるまないと」
「いいから触るな大丈夫だから!」
てか、バレるから!
「大丈夫? そんなわけ無い、よ?」
「平気だって! 血なんか付いてね……、ほにょほにょ……」
「……付いてない?」
やべえ!
口が滑った!
慌てて口を押えた俺の様子見て。
こいつ、いつもの微笑を浮かべたんだが。
……その仮面の内側な。
ああよく分かるよなんだよその嫌味な顔!
「……今ので、治療の仕方、覚えた」
「い、いや、その……」
「ちゃんと消毒しないと大変。間違ってる?」
「間違い、無い、ぜ……」
うわあ、ばれてる!
そのうえで舞浜のやつ。
思う存分楽しむ気でいやがる!
だがこうなっちまったら
逃げも隠れもできやしねえ。
舞浜は、微笑の仮面で素顔を隠したまま。
脱脂綿の蓋を開けて。
「ひいいいい」
ピンセットでつまみ上げて。
「ひいいいい」
消毒液を脱脂綿に。
「ひいいいい」
傷口にじっくりゆっくりねっとりたっぷり近付けて。
「ぎゃああああああ!」
で。
ほにょほにょしてゴミ箱へポイ。
「ああああああああってこら! 覚悟してんだからフェイントやめろ!」
「だって、こうやってた。……ああ、これで擦らないといけない、の?」
「そうだけどそうじゃなくて、そういうんじゃなくてそのような、あの……」
「……アゲイン」
「ひいいいい」
再び舞浜は。
脱脂綿を構えて。
「ひいいいい」
傷口にじっくりゆっくりねっとりたっぷり近付けて。
「ぎゃああああああ!」
ほにょほにょ。
「こらあ!」
こうして俺は。
友達に隠し事をした罰として。
ずっと立ったまま。
弄ばれることになっちまった。
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