声の日
~ 五月八日(金) 声の日 ~
※
パーフェクト
もうすぐ中間考査。
でも、音楽は中間考査ねえから。
代わりに歌唱テストをやることになった。
でも、歌って。
しかも校歌って。
学力関係ねえじゃん。
……まあ、そんな文句も。
軽々と一蹴されちまったんだが。
全員が聞き惚れた。
得意の実技系スキルをいかんなく発揮して。
期せずして湧きあがった拍手に迎えられながら。
俺の隣に腰を下ろした。
ギリギリ一杯。
先生のスタンディングオベーションを受けて。
さすがに降臨。
「凄いわね! まるでCD! 百点満点!」
そう。
こいつの歌は。
まるでCDみてえな完璧さ。
音程、ピッチ、強弱。
すべてがパーフェクト。
誰もが改めて拍手を送ったが。
舞浜の次、最上君が歌い始めると。
その陰鬱とした歌声に。
まるで生気を吸われるかのようにもだえ苦しみだした。
……まあ。
そっちの茶番は捨て置いて。
「舞浜、すげえな」
「た、たまたま……、だよ?」
試験の邪魔にならねえように。
小さな声で感想を伝えてやったが。
先生の評価と違う。
俺がすげえと思ったものを。
ちゃんと伝えるべかどうか。
「……音程がどうとかじゃなくてさ。お前の歌声、すげえ綺麗だった」
意を決して言ってみたら。
こいつの返事ったら。
なんて饒舌。
言葉もリアクションも。
なーんも無しに。
雄弁な顔が。
爆発しそうなほど真っ赤になりやがった。
そんな返事あるか。
こっちが照れるわ。
そしてようやく。
何かを話そうとして。
震える唇を開けたり閉じたりし始めたんだが。
ああ、いいよいいよ。
無理すんな。
それよりも、だ。
歌で魅了したことで。
またみんなが一線引いちまった気がすんだが。
ほんと損してんなお前。
そんなてめえが。
もっとみんなと打ち解けるには。
これしかねえ。
……歌の試験中に。
大笑いした日にゃ。
どうなるのかな?
親切心半分。
イタズラ心半分。
今日はそんな心地で。
お前のことを。
無様に笑わせてやるぜ!
「まあ、俺の後だったから綺麗に聞こえただけなんだがな」
「ち、ちがう……、よ? 保坂君も、上手」
「まあな。音程は完璧なんだよ俺。だって……」
そんなことを言いながら。
口ん中から出したものは。
音叉。
「ぷっ!」
おお。
肩揺すってら。
連休明けから二連続。
なかなか好評じゃねえの。
爆笑までもうちょっとじゃね?
……でも。
「ちきしょう。今日も笑わせられなかった」
「……面白かった、よ?」
「でも、噴き出しただけじゃねえか」
俺のささやきに。
こいつは、ガラスの頬に寂しさを宿す。
「事情が……。私、笑わないよ? ごめん、ね?」
……やっぱり。
事情があるのか。
でも、笑わねえってどういうことだ?
知りてえけど。
無理に聞き出すには勇気が足りねえ。
とは言え笑わねえなんて。
そんな悲しい話はねえ。
無理やり笑えとも言えねえし。
一体全体どうしたら。
……ああ、似たような事が最近あったな。
ハンバーガーショップで。
あの殺人未遂女が言ってたっけ。
「あのさ」
「……ん?」
「笑わないけど、幸せでは、ある?」
俺のバックボーンを覆す。
そんな言葉に。
こいつは。
小さく頷いた。
なるほど。
そんなもんか。
…………だが。
そいつは聞き捨てならねえな。
俺の人生の指針。
笑いこそが幸せって言葉を否定されちゃ。
納得できねえっての。
「そんなもんが幸せなわけあるか。いつか腹抱えて笑わせてやる」
「それは無理、よ?」
「うるせえ機械女。そんなだからCDみてえな歌声になるんだ」
「機械じゃないけど、笑わない」
「なんでだよ」
「……だって」
「だって?」
「保坂君の笑い程度じゃ、とてもとても」
「こん……!」
あ、あぶねえ!
危うく大声上げそうになっちまった!
てめえ、二日続けて吹き出してたじゃねえか。
それで俺の笑いじゃ笑えねえだと!?
じゃあ、お前はもっとおもしれえことできんのかよ!
怒り心頭。
俺が歯を剥き出しにしてにらみつけると。
こいつはびくうと肩をすくめて。
おどおどしながら。
……口の中から。
小さなCDを出した。
「うはははははははははははは!!! ちきしょう悔しいがやっぱお前の方がおもしれえ!」
「こら! 試験中に何事です!」
「だってこれ! そりゃ完璧に歌えるっての!!!」
お前は一体なんなんだよ舞浜!
ああそうだよ俺よりお前の方がおもしれえよ!
俺は罰として、全員の試験が終わってから。
百点取るまで何回も校歌を歌わされながら。
絶対にこいつを超えてみせると。
心に誓ったんだ。
……それはさておき。
ひとついいか?
「なあ、先生。せめて座って歌わせてくれねえか?」
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