ココナッツの日


 ~ 五月七日(木) ココナッツの日 ~


 ※得手勝手えてかって

  周りを気にせずやりたい放題



 すげえ久しぶりに会ったせいだろう。

 今日は珍しく饒舌なお嬢様。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 友達になったとは言え。

 アカウントもアドレスも交換してねえし。

 連絡取れなかったんだ。


 おしゃべりしてえ気持ちは分かるし。

 俺もまだまだ話し足りねえ。


 リアルタイムじゃなくったって。

 五日の間にこんなことがあった、なんて。

 まとめて話すのも、これはこれでいいもんだ。



 今日は授業もろくすっぽ聞かず。

 得手勝手えてかってにおしゃべりしっぱなし。


 周りに迷惑かなって、最初は気にしてたけど。

 時たま、パラガスときけ子も話に混ざってきたし。

 まあ、問題ねえだろ。


 俺たちにとって。

 友達にとって。

 成長するために。

 大切なコミュニケーション。


 教師にとっては無駄話。


 そんなものを。

 三時間目になっても。


 小声でひそひそ。

 俺たちは続けていた。



「……だからお前さんのファンなんだってよ。凜々花りりかにも困ったもんだ」

「くす。……嬉しい、よ? 私も会ってみたい……、な」

「うるせえから疲れるぞ? いっつも笑ってばっかだし」

「楽しそう。全然平気」

「そうか。まあ、機会があったらな。……ああ、笑うって言ったらさ、お前みてえな女の子に会ったぜ」

「私みたい?」

「笑いやしねえ女の子」

「笑わない……。私、みたいに……」



 ……あ。


 やべえ、つい地雷踏んじまった。



 今まで無警戒だった舞浜の笑顔に空襲警報。

 口の端と目元がちょっと硬くなっただけの違いだが。

 そいつは間違いなく仮面の方の微笑。


 面倒だな。

 凜々花が笑い上戸って話はOKなのに。

 お前が笑わねえって話がNGとか。


 相変わらず地雷だらけな女だ。



 ……でも。



「そんな顔すんな。でもさ、なんか訳があるとは思うけど、話してくれなきゃ分かんねえっての。なんで笑いの話はダメなんだよ」

「全然。ダメじゃない、よ?」


 いやいや。

 そんな石板に封じ込められたみてえな顔で言われても。


 まるであの女の子と一緒。

 頬がピクリとも動かねえフランス人形に対して。

 てめえは笑ったまんまの日本人形。


 ひょっとして。

 あの子とお前、二人して同じ悩みを抱えてる、とか?



 朝からひっきりなしに続いてた会話が。

 些細なはずみで急停止。


 難しい事情があるのかもしれねえけど。

 誰かに話せば楽になるかもしれねえし。


 できれば相談して欲しいんだけど。

 友達ってそういうもんじゃねえの?


 それとも、友達なら。

 悩み事を察したり。

 相手に気付かれずに調査したり。


 そこまでしてやるもんなのか?



 ……いや。


 無理だな。



 どこまで踏み込んでいいのか。

 今まで友達がいなかった俺に。

 加減なんか分かんねえ。


 下手して嫌われるのはイヤだ。

 だったら気付かないふりして。

 友達でい続けた方がいい。



 ……そんな関係を。


 友達と呼んでいいのであれば、な。



 ――気付けば舞浜は。

 真面目に勉強し始めて。


 授業よりちょっと先のページ。

 会話文に使われてるイディオムを辞書で確認してる。


 笑うことができない。

 あるいは。

 笑うことを拒絶する女。


 そんなお前のためを思えば。

 笑いから離れたことばかり話せばいいのかもしれねえけど。



 ……そんなの。


 納得できるかっての!



 天邪鬼かもしれねえが。

 押し付けになるかもしれねえが。


 笑うことこそ幸せ。

 そう信じる俺の自信作で。



 今日こそてめえを。


 無様に笑わせてやるぜ!



「しかしあちいな、今日は。水分摂らねえと……」



 ごく自然なセリフと共に。

 机に引っ掛けたスポーツバッグの中を漁る。


 そしていつまでもごそごそ時間かけてると。 

 舞浜が俺の動きに意識を向けた気配を感じた。


 そのタイミングに合わせて。

 カバンから取り出したものは。




 ヤシの実。




「ぷっ!」


 お?

 やったぜ、今日のは手ごたえあり!

 左中間真っ二つの長打コース!


 でも、爆笑するにはまだ足りねえか。

 どんだけ広いんだよお前の球場。


 凜々花なら、笑いの境界線がテニスコートくらいの広さしかねえから。

 今ので楽々場外ホームラン。



 ……そしてお前は。

 土俵並み。



「どんだけハードル低いんだよてめえは」


 気になって、こっち見てたんだろ。

 きけ子が肩揺すって笑ってやがるが。


 肝心の舞浜は。

 いつものわたわたを始めただけ。



 こいつが笑わねえの。

 わざとなんじゃねえだろうな。



 わたわた慌ててオモシロ返しをしようとすんのも。

 笑わねえための代替行動かもしれねえ。


 でも、笑いをこらえてるヤツだって。

 自分好みの面白いもん見たら笑うに決まってる。


 どこがツボか分からんから。

 このままごり押ししよう。


 次は、わざわざwebで買った。

 ココナッツ用のドリルを机の中から出して。

 表面に穴を開けていく。


 これだけでも、俺はおもしれえと思うけど。


「ぼふぉ……。ぼふぉふぉふぉふぉ……」


 だよなあ。

 おもしれえよなあ。


 きけ子はタオルに顔うずめて。

 笑い声を誤魔化してるけど。


 でも。

 こいつが笑わなきゃ意味ねえっての。


 俺は落胆しながらも。

 ココナッツにストロー差して。

 端っこを口にしながら隣を見れば。



 俺と、ちょうど鏡対称。

 ストロー咥えた舞浜の姿。



 そのストローの先。

 蓋をちょっとずらして。

 ストローが差さっていたものは。



 いつもの米ばっかの弁当箱。



「ぶふっ! ……げほっ!」


 思わず吹き出してむせちまった。


 そんな俺を横目に。

 舞浜がすまし顔でストローを吸うと。


 ひゅぽんと一粒。

 米が吸い込まれて。


「げほっ! げっほげほ!」

「うはははははははははははは!!!」

「…………おい、保坂」

「だってこれ! ここまで対称ってだけでも笑えるのにさ! 今、こいつの鼻ん中に米粒詰まってると思うとうはははははははははははは!!!」

「そんなに米が詰まってる状態が好きなら思う存分詰めさせてやる」


 ――こうして、俺は。

 昼休みの間、ずっと。


 購買の弁当売り場で。

 飯を詰める作業をやらされることになった。


「あらお兄ちゃん、綺麗によそるわねえ!」

「いっそ、ここに就職するかい?」


 冗談じゃねえ。

 俺は、立ち仕事にだけはぜってえ就かねえ。


 連日襲い来る呪いに負けるもんかと。

 そう、改めて心に誓った。

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