コロッケの日
~ 五月六日(水振休) コロッケの日 ~
※
怪しい奴は、何やっても怪しい
今日は五連休最終日。
それなりいろんなことがあって。
楽しい連休だったが。
どこにも出かけてねえわけだし。
こいつがこうなるのもよくわかる。
「ぐはっ!?」
「おーにーいー!!! どっか連れてって連れてってー!!!」
「寝てるとこにフライングボディープレスすんじゃねえ……」
筋肉が緩んでっから。
大ごとになるっていつも言ってるじゃねえか。
「だってだって! 昨日も探検してないじゃん!」
「それは、お前が寝ちまうのが悪い」
「やだやだ探検したい探検したいいい!」
……昨日の綺麗な女の子から。
分けてもらったフランスパン。
焼きたての香りが消えないうちに。
早く食べたいとか言いだしたこいつは家の中にユーターン。
二人してバゲット食ってると。
朝昼兼用のつもりにしてた弁当箱も開いたこいつが。
俺の制止も聞かずに食うわ食うわ。
気づけば、信じがたいことに。
二人前×二食分の弁当を。
ほとんど一人で平らげちまった。
……まあ、そのせいってこともあるけど。
「メシ食いながら寝るとか。子供か」
「だってパンが美味しくてパパのおべんとも美味しくて! そいつぁ食うざましょ詰め込むざましょ寝ちまうざましょ!」
外で食べるんじゃなかったのかと。
ため息をつく親父の前を横切って。
見た目で分かるほどにおなかを膨らましたスリーピングビューティーを。
リビングのソファーまで運んでたら。
もう食べられないよとか寝言でつぶやくもんだから。
腹抱えて笑っちまったっての。
「しっかし、小さな体のどこにそんだけ入るんだよ」
「五臓六腑をフルに使えるんだよ凜々花ってば!」
「心臓に入れんなフランスパン。ガリガリいうわ」
「それより早く起きて! 探検行くの!」
「食い物につられてふらふらいなくなるお前と探検なんかできるかっての」
「凜々花、今日は絶対食べ物の誘惑に負けないから! い~こ~う~よおおお!」
ああもう、揺するな、分かったから。
俺は眠たい目をこすりながら着替えを済ませてお守りを作って。
携帯片手に玄関を降りると。
凜々花は既に。
玄関前で準部万端。
「良かった、今日はデイパックだな」
「早く早く! 顔洗って歯磨きしてきて!」
「へいへい」
俺が、洗顔ついでに持ってきた。
タオルをデイパックに押し込んでると。
凜々花がぴょんぴょこ飛び跳ねるから。
指をファスナーに挟んじまった。
「こら、落ち着け」
「んっふふ~! どんな探検になるのかな~?」
「どんなもなにも、山に行って帰ってくるだけだ」
「寄り道は?」
「無し!」
「うえええええ!?」
「そのために、こいつを作ってきたからちゃんと持ってろ」
昨日の香車はご利益なかったからな。
だが、今日のはご利益二百倍以上。
絶対上手くいく!
俺から渡されたお守り袋を。
畏れも抱かねえでがばっと開いた凜々花が目にしたものは。
「なにこれマージャン?」
「そう、マージャンのカード。
「どういうご利益あんの?」
「玄関から出たら一気に真っすぐ突き進めるおまじない」
「ふーん。効く?」
そりゃもちろん。
「昨日の香車、何点だった?」
「四点」
「そいつは最低でも千点だ」
「二百五十倍!? ほわ~!」
「だからお前は真っすぐ歩ける」
「おうさまかしとけい! まっすぐまっすぐ! では、いざ行かん、山! 歩いて歩いて平らにしてくれるわ!」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら玄関を開けるなり。
こいつは真っすぐ突き進む。
「なにあれいい匂い!」
「最初は曲がれバカ野郎!」
凜々花はまっすぐ。
お向いのハンバーガー屋に入っていっちまいやがった。
「す、すまん! 開店前だってのにうちの妹が……」
「おお、構わねえぜお得意さん! それにあたしはバカなやつが大好きだからさ! なあ、バカ凜々花!」
「ねー! お姉さん!」
バーガー屋の店員さんと。
カウンターを挟んで楽しそうにする凜々花だが。
よりによってこいつかよ。
やれやれ。
面倒なことになりやがった。
「揚げ物の匂い、珍しい! おいしそう!」
「試作品作ってたんだ。コロッケバーガー、食ってくか?」
「いや、すまねえ。今日はそいつ、食いもんの誘惑に負けない宣言中で……」
「食べる!」
「……だ、そうだが?」
「はぁ……。もう、好きにしてくれ」
ほんとに面倒。
俺、こういう女苦手だから。
権力とか立場を振りかざして。
強気に出るタイプ。
まるで母ちゃんみてえだ。
普段は取り繕ってやがるが。
俺はこの女が本性を現したあの日のことを忘れねえ。
店の中から逃げる店員を追って。
殺してやるって叫びながら外に飛び出してきたのは間違いなくこの女。
泣きながら逃げてた店員さんの頭に桜の枝が刺さってたけど。
傷害事件どころか殺人未遂。
それでもニュースにもなってねえってことは。
店の上下関係使って口封じしたにちげえねえ。
ああ、やだやだ。
俺はこういうやつが一番嫌いだ。
でも、そんな嫌な女に。
凜々花は心底懐いてやがる。
お袋に似てるってことを。
肌で感じてるのかもな。
――随分考え込んでたせいだろう。
いつの間にやら眉間にしわでも寄ってたのか。
いらんこと言われることになっちまった。
「なんだぁ? そんなしけたツラしてっと、幸せが逃げてくぜ?」
「そだよねだよね! コロッケバーガーだよ? すっごく幸せくない?」
「別に……」
おお、期せずして。
昨日の子と同じようなリアクション。
笑え笑えって押し売りされると。
こんな返事になるってよく分かったぜ。
「ねえお姉さん。おにい、急にご機嫌斜めってるんだけど、どしたら笑うかな?」
「ああん? いいじゃねえかほっとけば」
「え~? でもそれじゃ、おにいが幸せじゃないから……」
凜々花の言葉を聞いて。
頭をぐっしゃぐしゃに撫でまわしたこの女は。
「兄貴想いの良い妹だな、おめえは」
「凜々花はいい妹だよ! えっへん確へん完結へん!」
「だったらな? 兄貴が仏頂面してる時に、おめえまでしょげてんのは間違いだ」
「え?」
きょとんとする凜々花の前に。
出来上がったばかりのバーガーが並べられる。
人のよさそうな店長さんが。
誰だかのレシピ通りだから間違いないよとか言ってるが。
所詮はコロッケ。
たいして美味かねえだろう。
「おめえはしょげてねえで、笑ってなきゃいけねえ」
「そっか! 凜々花が笑えば、おにいも笑うってことか!」
「うんにゃ? 笑わねえと思うぜ?」
「ええええっ!? そんじゃ意味ないじゃん!」
「いや、意味はある。……そうだよな、バカ兄貴?」
バカとか呼ばれて。
危うく舌打ちしそうになったが。
あいつの言ったことは。
確かに正しい。
「まあ、そうだな。俺の顔は何されてもこのまんま変わんねえ。けど、お前が笑ってた方が救われるわな」
「そうなの? ほんじゃ、楽しく食べるー!」
「おう! ちゃんと感想言えよ?」
悔しいが。
これが一日の長ってやつか。
「うんまい!」
「だから。どううめえんだよ」
「すんごくうんまい!」
「しょうがねえなてめえは……」
本当に。
仏頂面は変わんねえけど。
救われるから困っちまう。
しょうがねえから今日の所は。
凜々花に免じて普通に相手してやろう。
……なんて思ってたのにこれだ。
「おい! バカ兄貴の方!」
「……なんだよ」
だから。
バカって呼ぶんじゃねえ。
「お前さん、こいつの保護者だろうが。責任もって感想言えよ」
そう言いながら。
投げて寄こされたバーガーの包み。
よし、そのケンカ買ってやる。
散々酷評して、悔しがらせてやるぜ!
印刷もされてねえ包装紙をむいて。
まずは一口。
……ほうらみろ。
所詮コロッケ。
ころもの軽妙な歯触りと、とろけるようなジャガイモの絶妙なハーモニー以外になにもありゃしねえ。
それに、かかったソースも一体何が混ざってるのか全く分かんねえっての。
まったくもって複雑で重層的な味を舌に残して後味最高。
……あれ?
うそだろ?
「…………うめえ」
「だから! どううめえんだよバカ兄貴の方!」
「いや、見くびってた。ほんとうめえ」
「はあ……。しょうがねえな、兄妹そろって」
本性は最低の女。
そんな奴が。
口では文句言いながら。
楽しそうに笑ってやがる。
……ああ、そうか。
俺は、こいつにしてやられたってわけだ。
ちきしょう。
うめえことしやがるぜ。
不機嫌になってんのがバカバカしい。
あんだけ変わんねえって思ってた顔が。
自然とにやけちまう。
「あんたのことは全面的に嫌いだが、今のはうめえ」
「そうか? そんなら嬉しいぜ」
「あと、これもうめえ」
「だからよ、どううめえか言えってんだよ」
……そうか。
なんかの見間違いかもな。
こいつはひょっとして。
良い奴なのかもしれねえ。
……なんて思ってたのにこれだ。
「そんなに気に入ったんなら、ここでバイトしねえ?」
「バイト? ああ……、いや、飲食は……、どうだろ?」
「客の呼び込みだけでもいいから」
「呼び込み? なんだその仕事?」
「外に立ってりゃいいんだ」
いいかこのやろう。
そいつは禁句だ覚えとけ。
「天地がひっくり返ってもぜってえやらねえ」
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