おもちゃの日


 ~ 五月五日(火祝) おもちゃの日 ~

 ※天姿国色てんしこくしょく

  生まれっつきのすげえ美女



 狭い玄関に並んで腰かけて。

 履き古したスニーカーの紐を。

 同時にキュッと結んだ朝のこと。


 この時の俺たちは。

 まだ。


 笑う事はすなわち幸せで。

 笑わないことは不幸だと信じていたんだ。


 ……そう。

 あの人に出会うまでは……。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「今日こそ山の方を探検するよ! さあ、レッツラゴーン!」


 連休初日に言いだしといて。

 今日になってようやく。

 朝飯も食ってねえ時刻から

 探検散歩にレッツラゴーン。


 ……する前に。


 ちょっと待てお前。


「何だそのでかいリュック」


 山の上で一泊する気か?


 凜々花りりかのちいせえ体が楽々入りそうな。

 アタックザックが玄関前に立てかけてあっけど。


「どうして日に日にでかくなってんだよ」


 たしか初日の時は、おしゃれなミニリュック背負ったまま。

 出かける前にはしゃぎ疲れてダウン。


 その次の日、テーブルに出してあったのはナップザックで。

 天候不良のため断念。


 さらに昨日、台所掃除のせいで日の目を見ることのなかった。

 玄関先に転がってたデイパックを経て。


 最終的にはこうなったわけなんだが。


「ちょっと中身見せろ」

「いやん!」


 全力で阻止しようとする凜々花を摘まんで捨てて。

 アタックザックの中央辺りにあるファスナーを開けて中身を取り出すと。


 いやはや。

 なんだこりゃ。


 まずは、でけえ弁当箱。

 水筒も一番でかいやつが入ってる。

 それに、こないだお袋が商談で行ってきたフランス土産の、ノンアルコールぶどうジュースが出てきやがった。


「これ、わざわざ外に持ってくもんじゃねえだろが」

「せっかくの探検だからいいの! 朝ごはんとお昼ご飯、二食分かけ二人分!」

「弁当の話じゃねえ。探検隊がビンジュース持ってくかっての。他には……?」


 おい。

 これ。


「探検に必要なのか? フライングディスク」

「だって何日も冒険がおあずけになったから……」

「サッカーボールが?」

「その間にね? 外でやりたいこといくつも思いついちったの」

「ダーツも?」

「もう! 文句言わないでよ! これでも厳選したんだもん!」

「厳選した挙句の将棋盤?」

「山くずししたかったんだもん!」

「山だけに?」

「山だけに」


 呆れたやつだな。

 でも巨大な弁当箱とビンジュースが入る袋となるとそうそうねえ。


 しょうがねえからおもちゃを全部放置して。

 食いもんと飲みもんだけを詰め直したアタックザックを俺が背負って。


「……凜々花はこれ持て」

「三点?」

香車きょうしゃって読むんだ」

「これ三点!」


 山くずしばっかじゃなくて。

 本将棋も覚えろっての。


 あと。

 香車は四点だ。


「お前は真っすぐ歩かねえで寄り道ばっかしそうだからな。その駒は横にも後ろにも行けねえから。まじないだ」


 そう言いながら玄関を開けるなり。

 こいつは俺の脇をすり抜けて。


 駅の方。

 つまり目的地に対して後ろの方に駆け出した。


「成るなバカ野郎!」

「ねえ、おにい! フランス人形さん発見! こんにちは!」

「はあ? なんでそんなもんが道に落ちて……、うおっ!?」


 呆れた凜々花が話しかけてたのは。

 フランス人形を7/1スケールにしたような女の子。


 青い瞳に金色の髪。

 真っ白な肌にフリフリドレス。


 ……ってか。


「わ、わりい! こいつ、急に失礼なこと言って……」

「……構わない。褒め言葉なら」

「褒めてる褒めてる! ちょー綺麗! 中学生?」

「……中二」

「凜々花も中二! 一緒だね!」


 一緒は一緒。

 確かにそうなんだが。

 俺たちと一緒の生き物として括るには抵抗があるっての。


 はしゃいで小躍りする凜々花を前にしても。

 クールな無表情をぴくりとも動かさない女の子。

 その綺麗なことと言ったら。

 

 まるで陶器みてえな白い肌。

 アーモンド形の目はパッチリ大きくて。


 こうして並ぶと、可愛い凜々花が月並み程度に見える。

 天姿国色てんしこくしょくって言葉はこの子のために生まれたんじゃねえかって思う程の美人さん。


 ……そんなフランス人形ちゃんが。

 肘に提げたバスケット。


 ほのかに鼻と腹を揺さぶって来るそれは。

 焼き立てパンのいい香り。


「お使いか?」

「……そう」

「ほんと!? フランスからわざわざお使いに来たの? ようこそ日本へ!」

「なわけあるかい。この辺に住んでんだろ」

「……そう。住んでるのはこの先」


 フランス人形ちゃんは、北西の方を指差すと。


「……にある海をちょっぴり泳いだ先にあるおフランス」

「うはははははははははははは!!! ちょっぴりって!」


 なんだこいつ!

 クールな顔して超おもしれえ!


「凜々花もフランス行ってみたい! どんなお家に住んでるの? 遊びに行ってもいい?」

「……うそ」

「うそなの!?」

「……ほんとは、お花屋の向こうに住んでる」

「超ご近所じゃん! え? え? じゃあどのあたりが国境!?」


 落ち着けっておまえは。


「これだけ流暢に話せるんだ、ずっと日本で暮らしてるに決まってんじゃねえか」

「……そう。生まれたのはおフランス。でもずっと日本育ち。……私は、メイドイン・おフランスのハーフ」

「ハーフ! かっこいい!」

「……おフランス人の血を引いてるから、こうしておフランス人形を持ち歩いてる」


 そんなことを言いながら。

 スカーフを避けてバスケットから取り出したものを見て。


 俺はまたもや腹を抱えることになっちまった。


「うはははははははははははは!!! ロボ出て来た!」

「……このお人形。メイドイン・おフランス」

「うはははははははははははは!!!」

「……なんと、二足歩行可能」

「うはははははははははははは!!! く、くるしい……!」


 こ、こいつ!


 見た目はまるでちげえけど。

 本人はクスリともしねえのに俺を爆笑させるその手腕。


 舞浜を彷彿とさせるものがある!



 だとしたら。

 負けっぱなしでいられるものか。


 お笑いスピリットに火が付いたぜ。

 俺のネタをお見舞いしてくれる!



 フランス人形みてえな無表情。

 なんだか仮面みてえなその顔を。



 無様に笑わせてやるぜ!



「フランス人ハーフにフランス人形と来れば、こいつが似合うだろ。プレゼントしてやる」

「……なにを」

「うちのお袋が買ってきたフランス土産のぶどうジュースだ」

「……ほう」


 アタックザックのファスナーを開けて。

 俺はビンを女の子に手渡した。

 

 お袋に大笑いさせられた。

 ノンアルコールのぶどうジュース。



 そのラベルに書かれた文字は!



「…………どう見てもロシア語」

「だから笑えよそこまであいつにそっくりか! それをフランスで買ってきたってことがおもしれえんだろうが!」

「……べつに面白くない」

「まじか。笑うのは幸せの門なんだぜ? 笑え笑え。なあ、凜々花」

「そだよ? 笑わないと不幸になっちゃうよ?」

「別に不幸じゃない。……じゃあ、ジュースのお返し」


 この子は舞浜と違って。

 少しも慌てずに。


 バスケットから、焼き立ての香りを放つバゲットを出して。

 俺に手渡してきたんだが。


「ん? おお、ありがと」

「…………おフランスで買って来た」

「んで焼き立てってわけあるか! 純国産だろうが!」


 俺の突っ込みにも取り乱すことなく。

 首を左右に振ったこの子は。


「……ここに証拠、ある」


 バゲットの包装紙の隅。

 印刷されたパン屋の名前を指差した。



 そこに書かれた文字は。



 『ノルマンディー』



「うはははははははははははは!!! フランスの公用文字、カタカナ!」



 これが。

 新たなる俺のライバルとの。

 宿命の出会いだったんだ。


 ……くそう。

 次は負けねえ。


 ぜってえお前を笑わせて。

 幸せってやつを教えてやるっての!

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