ファミリーの日


 秋乃は立哉を笑わせたい 第2笑

 =友達の悩みを解決しよう編=



 ~ 五月四日(月祝) ファミリーの日 ~


 ※鴉巣生鳳あそうせいほう

  トンビがタカ産んだ




「ぎょわーーーーーーーっ!!!」




 ……保坂家の朝は早い。

 三日にいっぺんくらい。


 凜々花が異常に早起きなせいで。

 凜々花がいつもテンション高いせいで。

 凜々花が三日にいっぺんくらい朝からとんでもねえことやらかすせいなんだが。


「田舎に越して来て良かったって感想を抱かせんな俺に」


 眠気なんか一発で吹っ飛ぶ凜々花りりかの悲鳴。

 どうして一階から俺の寝てる二階まで響き渡るのか。

 これが都内だったら通報だ通報。


 昨日は遅くまで勉強してて。

 さっき寝たばっかりだってのに。

 何事だよ。


 眠い目を左手でこすりこすり。

 右手で腹を掻きながら階段を下りていると。


 ……その中ほどで。

 可愛くて聡明で、ちょっぴり乱暴な凜々花から腹に食らった捨て身の突撃。

 下方向四十五度からの強烈なヘッドバット。


「ぐおおおおおっ! 腹掻いてたからストマッククローの効果も上乗せされたわバカやろう! あと、おはよう!」

「ぼけっとしてないで早く来て! 大変なんだから天変地異なんだから! あとおはよ!」


 そんな、歩く暴風雨に腕を引かれて。

 リビングを抜けて、親父の寝室に入ってみれば。


 ……まあ、確かに驚くほど。

 滅多に見ない顔がそこにいた。



「お袋ぉ!?」



 スーツ姿で旅行鞄に荷物を詰めて。

 俺たちを見上げるその怪訝顔はまさしくお袋。


「こら、兄妹揃って何なのよ。まずは挨拶でしょ。おはようございます」

「おはようございますじゃねえ! いつ帰って来たんだよ!」

「今よ」

「いつまでいるんだ?」

「もう出るわよ」


 相変わらずだな、あんた。

 仕事とあたしどっちが大切なの? って。

 親父に泣かれるレベルだっての。


 でも、親父よりも先に。

 騒ぎ出したヤツがいる。


「いやーっ!」


 お袋大好き凜々花が。

 その背中にしがみついたんだが。


「コアラか。足ごと絡みついてんじゃねえよ」

「ママ、もうちょっといられないの? あ、そうだ! 朝ごはん一緒に食べよ? すぐ作るから!」

「あら、凜々花が作ってくれるの?」

「パパが!」


 これにはお袋の隣で。

 洗い物を仕分けしてた親父も苦笑い。


「今の流れでそれは無いよ凜々花ちゃん……」

「だって凜々花がパン焼くと、ほんのりあったかくなるだけなんだもん」

「凜々花ちゃんは食パンをチンしちゃうからね……」


 まったくだ。

 トーストってボタンの存在に早く気付かねえと嫁にも行けねえぞ?


 まあ、親父はそこを狙って凜々花に家事を任せてねえようなんだが。


「はいはい! 凜々花、下りなさいよ! 立哉、これ引っぺがして!」

「急ぐのか?」

「接待に遅刻なんて言語道断! もう出なきゃ!」

「ああ、ゴルフ接待か。そんなに重要?」

「あんたも社会人になったら分かるから! 今のセリフちゃんと覚えといて、そん時に後悔すると良い!」


 なんてアドバイス。

 そこのコアラが可哀そうって思えよちょっとは。


「凜々花が可哀そうだろ。もうちょっとなんとかならんのか?」


 思ったまんまの不平を鳴らすと。

 とばっちりになって帰ってきやがった。


「じゃあ、あんたをママに任命する!」

「ふざけんな! 親父にやらせろそんな役職!」

「毛深いママなんて凜々花が泣くでしょ?」

「俺だってそのうち毛深くな……っ!? パジャマ引っ張るな何すんだ!」

「毛深いかどうか確認させなさい」

「いやあああん! こらやめねえか! とっとと仕事行け!」


 ああ、うめえなあこの人。

 まんまと通行手形を引き出したお袋は。

 ニヤリ顔で俺の頭をくしゃっと撫でながら。

 旅行カバンを手に、颯爽と立ち上がると。


「じゃあ行って来るわね!」


 背中の凜々花をよっこら前にまわして。

 でかいコアラをこれでもかってほど抱きしめた後、親父とチューして。


 あっという間に。

 ゴルフバック抱えて出て行っちまった。


「次はいつ帰って来るんだよ!」


 ドア越しに叫んでみても返事は無く。

 急に訪れた静寂が、耳にキーンとうるせえったらありゃしねえ。


「やれやれ、いつも慌ただしいね、母さんは」


 お袋レスな凜々花に、足にしがみつかれた親父が呑気なこと言ってやがるけど。


「……それにひきかえ、親父は呑気だないつもいつも。専業主夫だからか?」

「仕事してるよ!? 家から出ないで出来る仕事だって説明してるじゃないか!」

「ああ、分かった分かった。……凜々花、たまには朝飯作ってみろよ」

「へ? なんで?」

鴉巣生鳳あそうせいほう。俺たちがしっかりしねえと」


 俺が例えに使った言葉を聞いて。

 さっぱり分からんって顔で見上げる凜々花の頭を親父が撫でる。


「カラスの巣から、オオトリとか鳳凰ほうおうとか、そういう立派な鳥が生まれるっていう意味だよ」

「じゃあ凜々花、鳳凰? こんな感じ?」

「いてえな! 鳥の真似から攻撃してくんな、白鶴拳はっかくけんか! ……お前は圧倒的に家事スキルが足りねえ。鳳凰どころかカラス以下」

「なんと! したらば兄上! 凜々花はどうしたら!?」


 だから言ってんじゃねえか。

 

「朝飯作ってみろっての。俺はスクランブルエッグをパンに乗っけてマヨかけてトーストしたやつにしてくれ」

「あれうんまいよね! よっしゃおいらに任しとけこんちくしょうめ!」

「オーブンレンジ。トーストってボタン押せよ?」

「がってんしょうちのスケリッグマイケル島だぜベイベー!」

「そんな世界遺産よく知ってんな」


 大騒ぎしながらキッチンへ駆けてく凜々花の様子を見て。

 ひとまず肩の力が抜けた。


 ママ代わりって訳じゃねえが。

 いつまでもしょげさせてるわけにいかねえもんな。


 俺は一旦二階に上がって。

 凜々花が元気になるおまじないをしてから。


 戦場みたいな音が鳴り響いてる一階に戻ると。

 親父がキッチンの入り口から心配そうに中を覗いてた。


 しょうがねえヤツだなまったく。


 俺は、いつも親父が付けてるエプロンを引っ張って。

 ダイニングの椅子に無理やり座らせた。


「……ねえ、お兄ちゃん」

「なんだよ」

「こういう時は、手を出しちゃいけないんだよね?」

「そう。任せた以上、常に目をかけておきつつ手を出さない。それが鉄則」

「そういうところ母さんにそっくりだよね。お兄ちゃんも、鳳凰に学んだから鳳凰になったんじゃないかな?」


 ポットからお湯を注いで。

 コーヒーを俺に出しながら親父は言うが。


 ちげえよ絶対。

 その鳳凰とやらと過ごした時間なんてほとんど記憶にねえ。


 間違いなく。

 カラスの方が反面教師になってるだけだっての。


「そんな鳳凰が、凜々花ちゃんに酷い事を言っちゃダメだよ。カラスなんて言わないであげて欲しいんだ」

「…………あれでもか?」


 がっちゃんがっちゃん騒がしいキッチンから。

 何かが、パンッてはじけたような音がした後。


「ぎょわーーーーーーーっ!!!」


 叫び声とか。


「今のが鳳凰の鳴き声か?」

「さ、さすがに手を貸しても……」

「ダメだ。そして成果物について文句を言っちゃあいけねえ」

「……大人だねえ、お兄ちゃんは。さすが鳳凰」


 お前が子供なだけだ。

 しっかりしろ、カラス。


 あわてず騒がず手を貸さず。

 成果物にも文句を言わず。

 寛大な心で受け入れるのが鳳凰ってもんだ。


「はいでけた! おにいのパン!」

「注文とまったく違うじゃねえかバカやろう!」

「お、お兄ちゃん、さっきと言ってることが……」


 だってこれ!

 焼き色もついてねえふかふかの食パンに。

 黄身がどばーっとかかってるだけ!


「お前、パンの上に玉子割ってレンジにかけやがったな!」

「おかげでレンジが香ばしいことになった!」


 黄身が爆発することも知らんとは。

 さすがカラス。


「……レンジ、綺麗に掃除しとけよ?」

「うええ? これを?」

「ああ、いいよいいよ。僕がやっておくから」


 そしてもう一匹のカラスが、

 とうとう手ぇ出しちめえやんの。


 まあ、それよりこっちが先だ。


「玉子の事も知らんとは。それでも鳥類か」

「凜々花、鳳凰だから! ニワトリの玉子のことなんか知らないもん!」

「そうだよね! 凜々花ちゃんは鳳凰だからね!」

「そだよねだよね! さっすがパパ! 良いこと言う~!」

「カラスだからに決まってんだろ」

「……鳳凰だもん」

「うるせえぞ、カラス」

「……おにいのバカーーーーっ!!!」

「ぐはっ!?」


 俺が椅子に座ってたから可能な芸当。

 凜々花は延髄蹴りで、俺の顔を玉子パンにたたきつけると。


 泣きべそかきながら。

 二階に行っちまった。


「ああ、どうしよう! 泣いてたよ凜々花ちゃん!」

「オロオロすんな。すぐに笑いながら降りて来るっての」


 俺はママ代わりだからな。

 あいつをいつまでもしょげたままにはさせねえよ。


 親父が渡してくれた布巾で顔を拭いて。

 黄身が塗られただけのパンに齧りつけば。


「きゃははははははははは! おにい! ドアに『はた織り中 by鳥』って張り紙されたら入れないよ!」


 いつもの、近所迷惑な笑い声が。

 階段をドタドタ駆け下りて来る。


「……だって凜々花は、カラスだから。泣いたってすぐ笑う」

「お兄ちゃんは、やっぱり鳳凰だねえ」


 親父はそんなこと言いやがるが。

 そいつはちげえな。



 ……だってカラスのママは。

 カラスに決まってんだろ?


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