8

 その日、ハルマが仕事から帰ってきたとき、小さな包みを脇に抱えていた。ハルマは靴も脱がず、玄関先でその包みを開けていた。

「なあに? それ」

「んー?」

 ビニールテープを剥がすのに苦労しているところを見かね、あけるがハルマにキッチンばさみを渡した。ハルマはさんきゅ、とそれを受け取ると、逆手に持ち替え先端を勢いよく包みの合わせ目に刺した。そして太い腕を荒々しく前後させ、魚の腹をさばくように開いた。中から、黒いひげそりのような機械の写真が印刷された、小さな商品の箱が見えてくる。

「なに? それ。ひげそり?」

 あけるの問いかけになおざりな返事をしながら、ハルマが指をひっかけ、その小さい箱を開けていく。外箱の商品名や注意書きがすべて英語で書かれているから、輸入商品だろう。箱から機械とバッテリーと充電コードを取り出し、ハルマが言う。

「ひげそりじゃない。防犯用スタンガンだよ」

「スタンガン?」

「ドラマとかで見たことない? ここから高圧電流が出て、それを人間の体にあてて気絶させるんだ。本当は包丁や銃といっしょで、武器だから持ってるといけないんだけど、こんな風に防犯用で持つならいいんだって」

「ふうん……」

「充電してないみたいだから、とりあえず充電しよう。どんくらいで終わるかな」

 ハルマは付属の充電器にバッテリーをはめ、屈んで壁のコンセントに差し込んだ。充電器に付いているランプがオレンジ色に灯る。あけるはすでに嫌な予感を覚えていた。ハルマは折りたたまれた説明書を広げ、文字を目で追いかけながら話を続ける。

「これ、防犯用だから電流が弱めてあって、気絶するほどの威力じゃないけど、それでも結構痛いんだって。ネットでレビュー読んだんだ」

 防犯用のスタンガンなんて、どうしてハルマが買わないといけないんだろう?

「ハルマ、それ、なにに使うの?」

 あけるはだめ押しのようにハルマに聞いた。自分の予感が当たっていなければ良いな、と思って。しかしハルマは悪びれもせず、あけるに言う。

「あけるに試したくて買ってみたんだ。充電まで時間あるから、それまで準備しよ」

 温度差が感じられない、平坦な声だ、とあけるは思う。ハルマにとって、「それ」は特別なニュースではないのだ。新しい香りの入浴剤を試してみる、程度の敷居でしかない。

「あける、とりあえずトイレ行ってきて。電気ショックで漏らす場合もあるってさ。つーか、出せそうだったら出せるもん全部出した方が良いかも。吐くかもしんないし……手伝うよ、俺も」

 ハルマのおだやかな手の平があけるの頬を包む。あけるの手は震えているけど、いやだ、なんて言えそうになかった。


 ハルマは、ホントにするの、と何度も尋ねるあけるをベッドに座らせ、その腕をしっかりと取り、後ろ手にぐるぐるとガムテープで縛りあげていく。後ろ手に縛った後で大きく足を開かせ、足を閉じないように自らの体を入れ、説明書を読みながらスタンガンに電池をはめていた。

「ねえ、ハルマ、こんなの絶対おかしいよ。やめて……」

「だいじょうぶだって。肩こりの治療のために、電気流したりするだろ? それと変わんないんだ」

 あけるの不遜な態度は取り払われ、今はくり返しハルマに考え直すよう懇願するだけだ。足もハルマによって、無理矢理広げられ、閉じることを許されていなかった。あけるの剥き出しになったペニスと睾丸は、下を向いてかなしそうにしている。

「ハルマ、怒ってる? 怒ってるなら、謝るから。やめて……」

「別におれは怒ってないよ。あけるは何かおれに怒られるようなことでもしたの?」

 ハルマの声は不自然なほど明るく、目は照明を受けた以上に光り輝いている。とんぼの羽を無邪気にむしりとり、カナブンを運動靴のつまさきで潰す子どもみたいに。それを見て、あけるは諦める。パフォーマンスとして、あけるはできるだけハルマの前で苦しんでみせたほうがいいのだ。

「太ももに当てるから、足ちゃんと開いて。あとタオルも入れるから、口開けて」

 ハルマはあけるの口にタオルを詰め込み、膝を押して、関節の柔軟が効くぎりぎりまで開かせる。

 あけるがくぐもった声を出して抗議をしても、ハルマは無視をして、スタンガンの先を白くて柔らかい太ももに勢いをつけて押し当てた。

 ビーッという、虫が鳴いたような音がして、あけるの体がまっすぐに固まる。太ももだけが痛いのではなく、太ももを通って全身に電流が走るのだ。痛い、とあけるがタオルの向こう側から絶叫しても、ハルマはスタンガンを太ももから離そうとしない。むしろ太ももを押さえつける力を強くして、二撃目、三撃目を加えた。あけるの背骨が軋むほどに反り、ハルマの汗がベッドに落ちた。あけるは明滅する視界のはしで、布地を強く押し上げて勃起しているハルマの股間を見た。ハルマはなかなかスタンガンを離そうとせず、右腿と左腿の両方、合計四発を撃ち込んでようやく満足した。あけるは五発目を恐れて、上半身を無理に曲げて暴れ、ベッドの下に転がり落ちた。

 あけるの全身に流された高圧電流はあけるの意志に沿わず、筋肉を硬直させた。無理矢理操られた、という気味の悪い感触が、全身に絡みついている。あけるは痛みをまぎらわすため、タオルを吐き出して頭を何度も床に打ちつけた。ハルマが呼びかけてもあけるはまともに口もきけず、首を振るだけだった。

 ハルマがベッドから降りて動けないあけるをひっくり返し、テープの拘束を剥がしていく。ハルマはあけるの腕を解き終えると、うしろから抱きしめた。

「痛かっただろ? よくがんばったな……」

 これは彼なりの精神ケアなのだろうか、とあけるは考える。スタンガンを押し当てた手と同じ手で労られながら、あけるは目を閉じて呼吸を繰り返した。そうすると、痛みは少しずつ薄らいで減っていく。

 そのうち、ハルマの指があけるの背骨をなぞり、腰骨をとおって肛門に触れた。あけるが何かを言う前に、肛門の奥深くへハルマの長い指がずるずると埋められていく。

 あけるはセックスをする前に、電流で負ったやけどの手当てがしたい。それに、縛られた手首のストレッチもしたかった。でもそのことを主張する前に、ハルマの指は二本に増やされ、慣れた様子であけるの体内をかき回していく。ハルマはあけるをうつ伏せに寝かせると、ズボンを脱いで今度は自らの固く勃起しきったペニスを取り出し、ずるずると挿入した。そしてあけるに覆い被さり、寝台ごと揺さぶり始める。あけるは手首にひりつきを覚えながら、せめてものと慰みに、気持ちがいいような物を拾い上げるように努力をする。腹の中をかき回され、むさぼられていく意味のない営みだ。

 あけるは眩しいほどの照明の下で、前も見えないような暗がりにいた。ここでは自分の手の平さえ目にすることができないほど暗い。

 ハルマが強く、あけるの一番奥をこすり上げたとき、あけるは押し出されるように射精をした。ベッドシーツの上に精液が落ちる、ぱたぱたという音であけるはそれを知った。気持ちいいという感覚さえなかった。ただただ、痛みだけがあけるのなかに刻まれていく。

 あけるにとって、すべてが水に沈んだようなこの世界のなかでは、ハルマが与えてくる痛みだけが、あけるの輪郭を浮かび上がらせていた。


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