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 床も壁も黒く塗られた部屋に、不自然にライトアップされた分娩台が置いてある。その分娩台に、女がひとり寝かされていた。女の髪は茶色に染められていて、肩甲骨を覆うほどの長さをしている。服は着ていない。ビビッドピンクのハイヒールだけを履かされていた。顔は鼻の下から顎までが紫色のビニールテープで覆われている。両腕は持ち上げられ、頭の上部で固定され、手首に黒い革製の手錠をはめていた。手錠の鎖は短く、自由が利かない。両膝は男の太くて醜い、芋虫のような指によってつかまれ、左右に大きく開かれている。そのせいで女の陰部は丸見えになっているが、そこには荒いモザイクがかかっていた。

 その場所へもうひとり、全裸の男がやってきた。ひきしまった女の体とはちがい、男の体は腹も尻もたるみ、出っ張っていた。頭には目の部分だけ穴が空けられた茶色い紙袋をかぶっている。紙袋の男が分娩台の脇に立って言った。

(しっかりとポルチオを刺激してやらなければ、意味がないんだよ)

 紙袋男の指も、醜く汚い指をしていた。指毛まで見ることが出来る。紙袋男は人差し指と中指を揃え、モザイクのかかった女の股の中につっこんだ。女がビニールテープ越しに悲鳴を上げている。男が腕を激しく動かし、女の腹の中を荒らしている。やがてモザイクの中からトイレのウオッシュレットを思わせるようなか細さでぴゅうっと水が出た。女はガムテープ越しに咆哮し、脂肪が震えるのにまかせ、太ももをぶるぶる揺らしている。もうひとり後ろから別の紙袋男がやってきて、女の胸を乱暴に揉みだし、それから乳首をこねていた。女はその刺激に首を振り、悶えている。

 画面はゆっくりと暗転し、今度は白いベッドが浮かび上がる。背景はさっきと同じように床も壁も黒い。今度は顔をガムテープで覆われていない、同じ女が、口を開けてペニスを咥えていた。その顔はさっきまでと違って、目を閉じてうっとりとしている。唇は唾液で濡れているのか、ライトアップで白く光り、ときおり眩しいほどてらてら輝いていた。女は革で出来たコルセットのような服を着ていて、それがいっそう女の体の細さを強調しているように見えた。

 私はそこで一時停止のアイコンをタップし、開いていたウィンドウを閉じる。

 こういう風に、私は女性を痛めつけているアダルト動画を片っ端から探し、見ては漁った。そうする度に、世の中には様々なアダルトビデオがあることに驚かされる。

 いろいろなアダルト動画の中で、彼女たちは多様な方法で痛めつけられていた。縄で縛り付けられ、罵倒されて鞭で叩かれるもの、ずっと電気を流され続けるもの、箱状のかごに体を入れられ手足を出され、不格好に拘束されたもの、馬に見立て、荷車をひかせられるもの。私はサンプル動画を見ているにすぎないが、二千円払えば二百分という大ボリュームで見ることが出来るという。

 私はサンプル動画を見終えたあと、その動画についていたレビューを見た。黄色い星が四つ付けられている。


いいね!


 やっぱり花澪ちゃんのエロボディはたまりませんなあ。少し演技がわざとらしいので、星ひとつ減らします。


(凡人さんのレビュー・2019/5/20・【購入・利用済】)


 もう少し画面をスクロールさせると、花澪と言う名前のAV女優はこの作品以外にも複数出演していることが分かった。完全固定拘束、凌辱レイプ、肛虐捜査官、緊縛無限ピストン……その中から私は、「新米教師徹底調教」と書かれた動画をタップし、サンプル動画を見始めた。イヤフォンの向こうから、ブーン……という低い音とともにゴシック体でタイトルが映し出され、その直後に花澪が出てきた。花澪は長い髪をポニーテールにまとめ、黒縁の眼鏡を掛け、かっちりとしたスーツ姿をしている。登場した直後に複数人の男達の手によってストッキングが引き裂かれ、パンツがめくられていた。

 作られた性的妄想のファンタジー……。

 私は動画を見ながら、知らない男に強姦されて殺されてしまった女子大生のことを思う。死体検分ではガムテープで拘束したあと、首を絞めながら強姦をした、と書かれていた。様々な女性がありとあらゆる手法で犯されている動画を眺めながら、私の脳裏では顔のない女子大生がレイプされている。冷や汗に濡れたブラジャーがまくり上げられ、パンツが引きずり下ろされる。

 夜の闇の中で、女子大生の叫びは虚しく溶けていく。


 彼女は最後、誰へ向かって助けを求めたんだろう?


 「新米教師徹底調教」を見終わったあとで、私は「肛虐捜査官」のサンプルの視聴を始めた。

 今度は花澪が、体のラインがぴっちりと出るラバースーツに身を包み、カメラがその黒光りするボディを下から舐めるように撮っている。そのあとで、画面の外から男の手が出てきて花澪の尻を撫でて、揉みしだいた。画面が暗転し、仰向けで両足を大きく開いた花澪が悲鳴をあげていた。その尻穴と思われるところには紫色のバイブが突き刺さっている。膣口はモザイクがかかっていて、何をされているかよくわからない。花澪は尻を叩かれるたびに悲鳴を上げていた。

 もちろん、これらすべてが、作り物のフェイクだと言うことを私は分かっている。

 この前、ユリが私に言ったことが、頭の中でリフレインする。


 性犯罪者なんて頭がおかしいんだからさ、人権なんてなくていいんだよ。


 女を拘束し、性的な暴力をふるう行為。それを見世物として撮影し、不特定多数が見られるようにする、というビジネス。私はそのことに狂気的な熱意を感じる。現実ではできないから、せめて視覚だけでも満たしたい、という熱意。嗜虐性。

 私は同時に自らへ問いかける。

 私の中にもその衝動はないだろうか?

 もし私が人ひとり屈服できるくらい剛力だったら、自らの性衝動に従うんじゃないか?

 幼少期の記憶がふと立ち上がる。それは私の手によって苦しむ、クロアリの姿だ。彼は自由が利かなくなった手足で、懸命に生きようともがいていた。

 そして私の妄想の中で、アリが持つ黒い手足は、人間の手足に変わっていく。その手足に性別はない。五本に分かれ、爪がついた人間の手足。その手足は「生きたい」を私に訴えかける。私はそれを見つめ、しかるべきのちに無慈悲に払いのけるのだ。あるいはもっと苦しめと、その手足をもいでみるかもしれない。

 アダルトビデオを浴びるように鑑賞する私は、もうすでに頭がおかしいのだろう。少なくとも、私はそれをわかっていて、他の人にそれがバレないようにする程度には社会性がある、と思う。

 もし「自分が狂っていること」を自分で認知できなくなったら、いったい誰が止めてくれるだろう? 

 私は乾いた地面の上でもがくクロアリの姿を思い出す。そしてそれは私の姿になる。白昼のなか、両手と両足を後ろに縛られて、ほどこうともがく私のかっこう。私のまわりを、親子連れやサラリーマンが通り過ぎていく。だれも私の目を見ようとはしない。私は、私をこんなふうにしてしまった凌辱者の視線を浴びながら、もがきつづけるのだ。

 じたばた、じたばた、じたばた、じたばた……。

 強姦事件に怒っているユリも、そんなユリを見て穏やかに笑うあけるも、どうして自分が正常だと言えるのだろう? 私にはそれが不思議でたまらない。おかしさを抱えたこの社会で、病める人はたくさんいる。私だってそのひとりだ。

 私にやさしく向けられるユリの目が、するどくつり上がる日のことを思う。その目は、自分、それから家族や友人を守るために必要な物だ。異物を排除し、平和を守るために必要な攻撃性。私はそれを向けられてたじろぐ。どうして? 昨日まではあんなに仲良くしていたのに。

 私は自分の首元を辿る。そうすると、首筋の後ろ、髪の生え際の中心に、おできのような膨らみを見つけ、私はそれをごりごりと指でつぶす。

 それは小型のGPSチップだ。私は法によって異常者だと裁かれ、皮膚の下に小型の機械を埋め込まれたのだ。ユリの目は、私というよりも、GPSチップの膨らみを見ている。


 これが怖いですか? 


 私はそうユリに聞く。ユリが力強く頷くのを見て、私はゆがんだ笑みを深める。あなたにもついているはずだ、と、私は短い指を伸ばし、彼女の首元を指し示すのだ。



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