鎧と鎧

 エヴァレット・クリュストは城の中庭に残っていた。

 エリスヴィルからスピリット・オブ・エタニティに飛び乗って全速でベイロンへ飛び、エトルキアの先鋒部隊の射程に捉えられるぎりぎりで逃げ切った。かなり危ないタイミングだった。随伴の戦闘機が途中で足止めに残ってくれなければ捕まっていたかもしれない。

 中庭に降着したスピリット・オブ・エタニティから降り、フェアチャイルドとギグリを城の中に逃がした。上から城の中に攻め入るとすれば中庭か屋根の上に降りるしかない。近衛陸戦小隊を完全武装で中庭の回廊と屋根裏に配置して待った。

 むろんルフト空軍にも支援の打診は行った。だがこれはベイロンが勝手に仕掛けた戦だ。エトルキアと大事を構えたくないルフトは当然黙殺した。

 なぜこのタイミングで危険を冒してまでエアレースの第2戦を見届けに行くのか、いやそもそもクローディアの奪取をツアーが終わるまで待てなかったのか、フェアチャイルドの計画には不可解なところがいくつかあった。だが今このタイミングでなければならないという、自分には窺い知れない事情があるのだろうとエヴァレットは理解した。


 防空網を破ったアネモスの6機編隊が真上を通過した。ショックウェーブの重たい衝撃が腹の底を打った。

 カプセルから分離した空挺兵が次々とパラシュートを開き、対空銃座の射撃を盾で弾きながら降下してきた。

 1機のアネモスが引き返してきて中庭直上で反転、垂直降下のまま固定機銃で2基の銃座を射貫いた。

 銃座のオペレーターは間一髪飛び出したが、焼夷弾に炙られた弾薬が暴発して花火のようにあたりに飛び散った。1基はさらに旋回用エンジンの燃料タンクに引火して爆発、台車のタイヤが外れて回廊の中まで転がってきた。

 空挺兵は爆発の隙に着々と城の内側に飛び込み、そして着地より先にパラシュートを切り離してドスンドスンと中庭に降着した。

 スフェンダムの中で戦った相手とはレベルが違う。銀の鎧に大楯、銃剣付きのライフルと装備も高級。精鋭部隊だ。

 近衛隊は建物の柱に身を隠して撃ち続けていたが、敵の先頭の1人が剣でそれを弾いていた。

「撃ち方やめ!」エヴァレットは叫んだ。

 銃声が止んだ。

 煙の中から現れたのは女だった。その得物は妙に柄の長い剣に見えたが、ふっとその刀身が消えてその根元に魔素結晶が現れた。

 杖だ。

 噂には聞いたことがあった。エトルキアには鎧を着て誰よりも敵に接近して戦う魔術師がいると。名前は……。

 エヴァレットは回廊の柱の影から中庭に出て剣を向けた。

「その長杖、ヴィクトリア・ケンプフェルとお見受けした。だがベイロン近衛隊の名に懸けてこの先は通さぬ」

 その時1機の黒い小型機が城の屋根を越えて姿を現し、そのまま向かいの建物の壁に突っ込んだ。

 地響きのあと飛び散った破片や瓦礫が中庭に降りかかった。

 自爆攻撃だと……?

 しかも軍用機ではない。エトルキアも汚い手を使ったものだ。

「何が通さないって?」ヴィカ・ケンプフェルは言った。

「貴様たちは通さぬ」

「いい開き直りだ、白騎士クリュスト。いざ、尋常に勝負」


 ヴィカは長杖を真横に振り出してまっすぐ踏み込んできた。

 エヴァレットは下段に構えた。

 長杖が先ほどの剣に姿を変えた。

 異様に速い振りだった。

 エヴァレットは剣を立ててそれを受け止めた。

 刀身が打ち合い、鐘のような音が響いた。

 互いの兵士たちは決闘を見守るように周囲に控えていた。

 エヴァレットはヴィカの剣を左にいなして右へ振り返した。

 ヴィカはさっと後ろに身を引いてすぐ剣を構え直した。

「貴様、攻撃魔術を使わないつもりか?」エヴァレットは訊いた。

「お望みなら、どうぞ。魔術でも銃でも使うがいいさ」

 つまり、こちらに合わせると言っている。舐めたものだ。

「いいだろう、いつまでそう言っていられるか試させてもらおう」エヴァレットは鞘にかけた左手を下ろした。

 おそらく突入する気などさらさらなく、時間稼ぎをしたいだけなのだろう。それはわかったが、かといって他にいい戦い方があるわけでもなかった。

 今度はエヴァレットから仕掛けた。

 右足を深く踏み込み、横薙ぎに払った。

 ヴィカは杖の柄で斬撃を受け止めたが、勢いを止めきれずに左手に飛んだ。

 5mほどのところに着地。

 エヴァレットはすかさず追撃。上段から両手で振り下ろした。

 ヴィカは再び柄で受けた。

 並みの杖ならとっくに折れているだろう。

 魔術で強化しているのか。

 だがこれなら勢いを逃がすこともできまい。

 ヴィカは力を込めて両足で踏ん張っていた。

 石畳の上だったが、目地が広がって石が割れ、彼女の足が沈み込んでいった。

「さすがのパワーだな」とヴィカは声を絞り出した。

「お褒めにあずかり光栄だ」

 ヴィカは杖を傾けて力を逃がし、左に避けて斜め上段から振り下ろした。

 エヴァレットはその一撃を弾いて左に振り、ヴィカの突きを反らした。

 そのまま右、左と弾き、打ち合いに入ると一撃の威力に勝るエヴァレットが徐々に押し込んでいった。

 剣を振る衝撃波で舗装が割れ、芝生が裂けた。

「さすがに剣では勝てないな」ヴィカは言った。「スティーエル・ガー・アティーヴェ(鋼の槍よ姿を現せ)」

 杖の切っ先が短くなり、一瞬焦点が合わなかった。

 ヴィカは連続で突きを繰り出した。

 一撃目が頬を掠ったが、エヴァレットは間合いを見切ってあとを弾いた。

 そして腰に剣を引きつけて踏み込み、懐に入った。

 だがヴィカはなぜか得意げだった。

「ウェカン(呼び起こせ)」ヴィカは言った。

「詠唱記憶……だと?」

 何が起きるのかと身構えた時には右脇に抜けた槍の穂先が横に伸びて細長い鎌に変化した。その刃はすでに鎧に触れていた。

 刃が滑り、鎧の継ぎ目に差し掛かる。

 エヴァレットは振りかけた剣を戻して鎌を後ろに弾いた。

 だが喉元に掌底が飛んできた。

 エヴァレットは顎を引いて額でそれを受け、剣をそのまま突き立てて両手突きでヴィカを真正面から突き飛ばした。

 ヴィカはそのまま向かいの壁まで吹き飛んで背中から打ちつけられ、ゲホッと血を吐いた。杖はその手を離れて石畳の上を滑り、刃も実体を失った。

「そうか、体術もありだったか」エヴァレットはそう言って突きの姿勢をやめ、後ろに突き立てた剣を抜いて土を払った。

 ヴィカは籠手で口元の血を拭い、携杖を取って長杖を手元に引き寄せ、何度か足元に突いて体勢を整えた。ヴィカが離れると背後の外壁は小さなクレーターのように抉れていた。


 上空から銃声が聞こえた。ギグリとクローディアが戦っているのだ。

 中庭の上に飛び込んだギグリを狙ってクローディアが塔の上から急角度で突っ込み、閉じていた翼をばっと広げてギグリの真下でくるっと上昇に転じた。ギグリもかなりのスピードで避けるように右旋回で抜けていったが、機動力ではクローディアが圧倒していた。

 クローディアの撃った弾が中庭に刺さり、2人は羽ばたきの風圧と舞い散った羽根を残して去っていった。地上の戦いとは時間の流れと空間の使い方がまるで違う。

「よくわかったよ。剣では貴様には勝てない」ヴィカは言った。

「ではここからは魔術も使ってもらおう」

「いいだろう」

 ヴィカは長杖をまっすぐに向けてきた。

 エヴァレットも左手で鞘を取って構えた。

「フロード・フラン(奔流の矢よ)」

 エヴァレットの詠唱に応じて鞘の先端から青白い光がほとばしった。

 だがヴィカもまた電撃の矢を放っていた。

 エヴァレットは威力では自分が劣ると判断、鞘を構えながら横へ走って相手の矢を剣で切りながら自分の射線を通した。

 弾けて飛び散った電撃の矢の残滓が城の柱や外壁を削った。

「そう簡単に近づけると思うなよ」

 ヴィカは一度出力を切り、長杖で形成した盾で光の矢を受け流し、携杖で衝撃波を生み出してエヴァレットの接近を阻んだ。

 吹き飛ばされたエヴァレットは空中で後転、地面に拳をついてスプリングで起き上がった。

 追撃を防ぐつもりで鞘を前に構えたが、必ずしも正面から攻撃が飛んでくるわけではなかった。

 気づいた時、エヴァレットは何本もの剣に取り囲まれていた。切っ先をこちらに向けて宙に浮き、10本以上で半径5mほどの環を形成していた。

 それが他の兵士たちの手にしていた剣だと気づくのにさほど時間はかからなかったが、それてもヴィカの攻撃に対処するにはあまりに遅すぎた。

 ヴィカが長杖を掲げると青白い雷光が杖から空中の剣へと渡り、そして四方八方からエヴァレットの体を貫いた。

 防護の魔術を唱える暇はなかった。

 鞘と剣で数条の雷撃は防いだが、それもわずか一部。

 体の内側が焼かれる感触、内臓がダメージを受ける衝撃、そして電流による痺れ。

 そうか、ヴィカの得意とする魔術は物質現出と電撃なのだ。

 エヴァレットはなすすべなく芝の上に倒れた。

 口や鼻から血が流れ出すのを感じた。

 まだ視覚は生きていた。

 銃声も聞こえた。

 火器を解禁した近衛隊がライフルのみならず手榴弾やロケットまで使ってなおヴィカ1人の魔術の前に蹂躙されていくのをエヴァレットは眺めていることしかできなかった。

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