エンジェルス・ドッグファイト
クローディアは座席の支柱に掴まり立ちするような格好でプロストレーターの胴体に収まっていた。
カイの横に頭を出して外の景色を見ていると、あとから離陸したエトルキアのアネモスが上空に雲を引いて圧倒的なスピードで追い抜いていった。やっぱりジェット戦闘機は速い。
空戦空域を迂回して20分ほどでベイロンに到達。
高度を下げたアネモスが水平に編隊を組んだまま超音速で城の上を通過、風よけのカプセルに包まれた空挺兵を2人ずつ投下した。
当然ヘリコプターの方が大人数を運べるはずだけど、トロいので空戦空域を抜ける時に撃墜されるリスクが大きい。だからあえて足の速い戦闘機で空挺をやるのだろう。
超音速の衝撃波に叩かれた島中の窓ガラスが割れて飛び散り、最下層の上にはキラキラした靄が浮かび上がっていた。
エトルキアの空挺兵はカプセルを破ってパラシュートを開き、次々と城の中庭に降下していく。
「了解」カイが言った。
「何?」クローディアは訊いた。無線が聞こえるのはヘッドセットをつけているカイだけだ。
「突っ込んでいいって指示が出た。フェアチャイルドの部屋ってどれなんだ?」
プロストレーターは城の周りを旋回していた。
「あれ、一番高い建物の3階」
「中庭から突っ込めばいい?」
「うん」
カイは一度距離を取って角度が合うところまで旋回を続け、建物の壁に正対するように機首を向けてスロットルを押し込んだ。
「ごめんよプロストレーター。せっかく生まれてきたのに」カイはいささかしんみりしていた。
「これがこの子の役目だったのよ。割り切って」
クローディアはライフルのストラップが襷掛けになっているのを確かめてキャノピーを開け、カイの頭上を乗り越えて外に身を乗り出した。
速度計は700km/hを軽く超えていた。ロールバーにかけたワイヤーで風圧に耐え、続いて座席の上に登ったカイをしっかり抱えた。
タイミングを見計らってペンチでワイヤーを挟み、同時に胴体を蹴って垂直尾翼に殴られないように飛び上がった。中庭直上だ。
少し広げた翼が風をはらみ、後ろに一回転してようやく飛行姿勢になった。
無人になったプロストレーターはそのまままっすぐ部屋の窓に突き刺さり、機首と垂直尾翼がくっつくくらいにひしゃげながら中へ滑り込んだ。主翼の外側半分は衝撃で弾け飛んでくるくる回転しながら中庭に舞い落ちた。
「ああ、ひどい、あんまりだ」カイが喚いた。
部屋の壁は大きく抉り取られ、ぽっかり穴が開いていた。クローディアはカイを吊ったままその穴の中に飛び込んだ。
部屋の奥でギグリがフェアチャイルドを守っていた。飛んできた板状の破片を跳ねのけて障壁を消去した。フェアチャイルドは方々に飛び散って引火したガソリンの火に杖を向けて消していた。
「チャンピオンの立場でアーヴィング様の命を狙うなんていい度胸」ギグリは仁王立ちしていた。
「いや、あの狙撃は計画になかった」カイが言った。
「今はどういう計画なのかしら?」
「ギグリ、私と一対一で勝負しなさい」クローディアは腰だめにライフルを構えた。
ギグリは笑った。
「なぜ? なぜまとめて殺せる相手をわざわざ分けなければならないの?」
「ふん、なら力ずくで引き裂くまでよ」
クローディアは前に踏み込んでぎりぎりまで体を倒した。
ギグリが光の鎚を撃った。
背中の上をすり抜ける。
翼を広げて床スレスレを舐め、射撃。
ギグリが障壁の展開に意識を向けたところで足元に飛び込んでタックル。
開いたドアを抜け、ギグリが背中に展開した障壁で窓を突き破って空に躍り出た。
ギグリは翼を広げて降下しながらスピードをつけた。
クローディアは窓の前に留まり、両手でライフルを構えて撃った。
ギグリは全く避けない。翼に展開した障壁で悠々と弾を弾きながら優雅に飛んでいる。さらにそのままの姿勢で光の鎚を撃ち返してきた。
クローディアは左右の翼を互い違いに羽ばたいてその場で躱した。
しかし留まっていては回避が難しい。早く運動エネルギーを溜めなければ。
それにギグリは少しずつ高度を回復して城に近づくコースをとっていた。中庭側からフェアチャイルドの部屋に戻るつもりなのだ。
どのみちクローディアも動かなければならなかった。
クローディアは城の外壁に沿って飛び、ギグリのインコースを妨害する。
光の鎚が飛んできて外壁を抉った。その破片が降りかかる。
くそっ。
クローディアは応射した。しかし障壁が相手では効き目がない。それは2挺のフルオートでも変わらなかった。
「なら、これはどう?」
クローディアは左のライフルを肩に戻し、腰の後ろからグレネードランチャーを取り出してライフルのアンダーレールに取り付けた。
中身は装填済み。
狙いをつけ、ギグリのスピードの分だけ着弾偏差のリードをとって引き金を引いた。
弾頭が砲口を飛び出し、銃弾よりややゆっくり走ってギグリの背中に飛び込んだ。
強襲ヘリコプターのコクピット装甲もぶち破るという成形炸薬弾が炸裂。煙が視界を包んだ。
やったか?
煙が風圧に流され、分厚い障壁が姿を現した。今までの障壁より透明度も低く、いっそう金色に輝いていた。
ギグリは無傷だった。
「それが奥の手? 鉄壁のギグリも舐められたものね」
ギグリはクローディアに手を向けてひときわ長い光の鎚を放った。
クローディアは翼を閉じてロールでくるりと躱した。ぎりぎりだった。
くそっ。
あるいは撃つ方向がバレているのがいけないのか?
クローディアは同航戦をやめて機動戦に移ることにした。
マガジンを交換。
羽ばたいてスピードを上げ、あえて中庭に入って城の屋根を駆け上がった。
左のライフルのレールにナイフを差し込み、ボルトで締め上げる。銃剣だ。
屋根の先端まで登った高さをスピードに変える。
中庭まで追ってきたギグリめがけて急降下。
撃ちながら突っ込み、通り過ぎたところで翼を開いて急上昇、背後に抜けた。
防がれたが、やはりギグリの大きな翼は機動には向かないようだ。直進して城の向こうへ抜けていった。素早い動きにはついてこない。
クローディアはスピードと高度を保ったまま城の建物を目隠しに使い、ヒット・アンド・アウェイを続けることにした。
そしてギグリの間近で急機動を取ると彼女がこちらを見失うタイミングがあることに気づいた。大きな翼は目隠しにもなるのだ。
あまり細かく動くとクローディアも加速と上昇がきかなくなる。
だが賭けの一手としては悪くない。
上昇、降下加速、突き抜けて下方でUターン、再び上昇。
繰り返す。
ギグリはクローディアの方向に合わせて驚異的な速さで障壁を展開した。
「ちょこまかと!」
ギグリの連射する光の鎚は何本か避けきれずに翼に穴を開けた。
風切り羽が折れて舞い散った。
このまま続ければジリ貧だ。
勝てる、とギグリに確信させたかった。
そろそろいいだろう。
マガジンを替える。
クローディアはギグリの真横より少し後方から急降下に入り、下へ抜けずに背中側スレスレに飛び込んだ。
ギグリもしまったと思ったのだろう、翼を畳んで仰向けになり、すんでのところで障壁を張った。手を使って直接障壁を押さえていた。
クローディアの突き立てた銃剣がその透き通った金色の表面に突き刺さっていた。
ギグリは手前に新たな障壁を張ってクローディアを押し返そうとしていたが、どうしても銃剣を咥え込む形で生成される障壁は脆かった。初めからヒビが入っているのと同じだ。
クローディアはライフルの連射で手前から障壁を割りながらストックを押し込み、そしてもう1挺のハンドガードを握ってストックで金槌のように叩いた。
障壁が一斉に割れ、粉々に飛び散った。
その衝撃で銃剣もほぼ根元から折れ、押し込んだ勢いのままギグリの首元に向かって落ちていった。
クローディアはかろうじて勢いを反らして切っ先が刺さるのは防いだが、マガジンの角が思い切り延髄を叩いた。ギグリが顔を反らしていたせいもあった。
ギグリの全身からふっと力が抜けるのが手に取るようにわかった。
クローディアはライフルを手放してギグリの体を掴んだ。ギグリが仰向けになってから落下しながらの争いだったので上層甲板レベルまで高度が下がっていた。
カイに比べればギグリでもよほど軽かったが、依然気絶している分ぐにゃりとして抱えづらかった。
引き起こして中層の草地の上に滑り込むように不時着。ギグリの翼が伸び切っていたので下手にスピードを落としてホバリングすると捻挫させてしまうような気がした。翼が勝手に風に乗っている状態ならうまく寝かせられる。
芝のチクチクした感触が効いたのかギグリは目を覚ました。
なんだか癪に障るタイミングだ。もう少し早ければもっと楽に降りられたのに。……いや、それはそれで抵抗されていたかもしれない。妥当な結果か。
ギグリは後ろに翼を突いて体を起こし、上層甲板を見上げた。
クローディアは腿のホルスターに差していた拳銃を抜いた。
「ギグリは肺珠の実験を個人的なものだって言ったわね」クローディアは訊いた。
「そういう話もしたわね」ギグリは首筋をさすりながら答えた。
「それがフェアチャイルドに利用されているって知っていたの? それとも積極的に利用させていたの?」
「パールヴェーラーのことでしょう。でも彼の口から直接聞いたことは一度もないわ」
「じゃあ、前者だ」
「なぜ彼が言わないかわかる?」
「誰にも秘密にしておくべきことだからじゃなくて?」
「私がここに置かれているのは私が天使だから。彼はそんなふうに私に思ってほしくなかったのよ」
「あなたはあなただと?」
「そう。彼は本当の意味で天使と人間が平等でいられる国づくりを試していたの」
クローディアは考えた。
「その平等って、なんというか、いいものなのかしら。まるで人工的に天使を作り出そうというような……」
「どうかしらね。私にもわからない」
クローディアはギグリの態度に違和感を覚えた。
「ねえ、私たちは別にフェアチャイルドを殺そうってわけじゃないのよ」
「でも、私の立場を考えなさい。私がここにいるということは、それは覚悟しなければならないことなのよ」
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