13話「怪我と優しさと」
13話「怪我と優しさと」
この日は、初めて殺陣のモーションを撮影する予定だった。
何人か敵役がおり、一斉に響に襲いかかるという設定で響には経験がないものだ。
「実際にどんな攻撃が来るかわならない状態でやってみた方が本当に奇襲されたような反応が出ると思うんですけど……ダメですか?」
その打ち合わせをしている時は響がそう言うと、スタッフ達はポカンとした表情でこちらを見ていた。けれど、すぐに「危ないですよっ!」と声が上がったのだ。それもそのはずで、殺陣では事前に剣や人の行動を決めて、襲い方や交わし方、斬り方を頭と体に叩き込む。そして、演技として見せるものだった。実際に何も知らないでやるのは難しい事だろう。
けれど、響は演技よりも臨場感を求めた。ゲームでも本物の緊迫した雰囲気が伝わった方がいいのでは?と思ったのだ。
「1度だけでいいからやってみませんか?打撃は本当に当てないようにしていけば………」
「響………大丈夫なのか?」
スタッフと話をしていると千絃が険しい顔でこちらに近づいてきた。千絃も反対なのだろう。
けれど、響は彼に笑顔を向けて「うん」と返事をした。
それでも千絃は心配したようで、斉賀と男性スタッフの1人にした。どちらもモーションキャプチャーの仕事をしたことがある者ばかりにしたのだ。
機材を身につけた3人はそれぞれの剣をかまえた。剣と言っても模擬刀なのでほとんど心配はないはずだった。
「よろしくお願いします」
「いきます!」
奇襲される響よりも斉賀達の方が緊張しているようで肩が上がっている。
響も数人と同時に稽古をした事はあるが、それでも防具に身を包んでいたので当てられても怪我などしないので安全ではあった。
初めての経験であったがほどよい緊張感が心地よく、そして本当の剣士同士の戦いとあってワクワクしてしまい、にやけてしまいそうだった。けれど、何事も油断は大敵だ。
響は、目と耳と直感を研ぎ澄まして、2人を見据えた。
まずは、斉賀が勢いよく足を踏み込みこちらにかけてくる。そのまま上段から剣を下ろしてくるので、刀でその剣を切り捨て一度相手の体制を崩す、その間に男性が体に切りかかってくるので、それを交わしつつ相手を斬りつける。斬る真似だが、もしあたっていれば重症だろう。男性はその場から離れる。そして、残った斉賀が今度は胸に突きの形で剣を向けていた。響は咄嗟に刀を立てて、相手の剣を刀の側面で流してかわす。そのまま響は、斉賀の背後から斬りすてる。
そんな素早い剣術を次々に交わしていく。
斉賀達も楽しくなってきたのか、いろいろな戦い方で響に向かってくる。
響は咄嗟の判断でそれを交わしたり、時には相手にぶつかったり、蹴ったりする真似をしながらかわし、斬りつけて倒していく。それが、体が反応してくれる。思ったように動ける。刀を規則なく自由に扱える。
それがとても楽しかった。
しばらく真剣な打ち合いが続き、ほどよい汗をかいてきた頃。斉賀達2人の息をあがってきていたので、そろそろ終わりにしようとする雰囲気が漂ってきた。
「響っ!!危ないっ!」
「………ぇ………」
千絃の大声が聞こえた瞬間に、左腕に焼けるような痛みを感じた。
千絃が呆然と左腕を見ようとすると、次にガッという音と「キャッ!」という、斉賀の小さな叫び声が聞こえた。
「響っ!大丈夫か?」
「ぇ………私………どうして……」
「血が出てるな……切れたんだ………おい!タオルと救急セット持ってきてくれ」
「は、はい!……月城さん、腕は大丈夫ですか?」
「俺はいいから早く持ってこいっ!」
「わ、わかりましたっ」
斉賀は慌ててタオル等を取りに駆けていく。
響は状況が理解出来ずに居たが、斉賀の言葉を聞く限りだと千絃も怪我をしているようだった。
「千絃、怪我したの?どこ?大丈夫なの?」
「おまえな……自分の怪我の心配しろ」
「それは千絃も同じでしょ?」
「俺は大丈夫だ。……血、止まらないな………悪い、俺のタオル使うぞ」
そう言って、千絃は響の腕に持っていた小さなタオルを当てた。そこで、初めて響は自分の腕の怪我を見た。床や服にも血が落ちており、千絃の小さなハンカチはあっという間に響の血で滲んでしまっていた。
「ご、ごめんなさい。漣さん……俺、手加減出来なくて。模擬刀に少しささくれみたいなのがあったみたいで、それで………」
「私が悪いの………しっかり見てなかったから」
怪我をさせてしまった男性スタッフは響の怪我を見て顔面蒼白になってしまっている。
響は笑顔を見せて安心させようとしたが、彼は謝るばかりだった。
響は怪我をした事よりもショックを受けている事があった。
それは、彼の事が全く見えていなかった、という事だ。
「月城さん、持ってきました!」
「あぁ。悪いな………」
そう言うと斉賀から大判のタオルを受け取り、それを血の滲んだハンカチの代わりに響の左腕に当てた。
「千絃はどうして怪我をしたの?」
「…………俺はいいんだ」
「私が動きを止められなかったからなの……響さんが怪我をした瞬間には、私も斬撃の体勢に入ってしまっていて。月城さんが響さんを庇って右腕で私の剣を受けてしまったの」
「えっ…………千絃………腕が赤く………」
「氷持ってきたので冷やましょう」
「………悪いな」
斉賀は赤くなった千絃の右腕にアイスノンを当てる。すると、彼の表情が少し歪んだ。きっと痛みがあるのだろう。それなのに、千絃は響の体を支えて左腕の止血をしてくれている。
自分の事よりも、とても心配そうにして。
「だめだな……思ったより傷が深いのか血が止まらない。………病院に行くぞ」
「え、そんな大事じゃないよ?」
「いいから行くんだ」
新しいタオルで響の左腕を縛り止血する。
するの、千絃は響の体をひょいと持ち上げたのだ。
「ちょっ………な、何にをしているの?!」
「病人は静かにしてろ」
恥ずかしさで暴れていると、呆れた顔をしてそう言う千絃は全く離す気などないようだった。斉賀は頬を赤くしながら照れた様子でこちらを見ており、響は更に恥ずかしさが増してしまう。きっと斉賀よりも顔が真っ赤になっているだろう。
「斉賀。俺はこいつを病院に連れていくから、関さんに伝えておいてくれ」
「わかりました。響さんをよろしくお願いします。後の事は任せてくださいっ!あ、でも、月城さんもちゃんと手当てしてもらってくださいね!」
「………わかったよ」
千絃はそう言うとゆっくりと歩き出した。
平然とする彼だったが、響は会社内や駐車場では恥ずかしさから彼の胸に顔を隠してやり過ごすしかなかった。
「どうした?痛いのか?」
「………違う。物凄く恥ずかしいのよ」
「なるほど。だから、耳まで真っ赤なんだな」
「………わかってるなら下ろしてよ」
「車に着いたらな」
「………」
と、言うように千絃は響を労りつつも、何故かどこか楽しそうにみえたのだった。
通院すると、響は傷が思ったより深かったようで、傷口を縫った。そして、千絃は骨には異常がなかったようなので打撲だろうと言われ、お互いに一安心だった。
薬を貰おうと待っていると、千絃はどこかに行ってしまった。きっと会社に報告しているのだろう。響はガーゼと包帯が当てられた左腕を見つめた。
千絃は響の怪我を見ると、自分の事のような悲しげで心配をしてくれていた。響を助けようと自分を犠牲にし、怪我を負っても助けてくれたのだ。
どうしてそこまでするの?
優しい千絃と、強引で意地悪な千絃。それは、どれも昔の千絃なのかもしれない。
じゃあ、どうして突然冷たくなり、自分から離れてしまったのか。
キスなどするのだろうか?
響は様々な彼の表情を思い浮かべては、千絃の行動の意味が全く理解出来なく、ただただ混乱してしまうのだった。
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