11話「涙の理由は」






   11話「涙の理由は」






 モーションキャプターの仕事は予想以上に楽しかった。自分の動きを映像で確認することは剣道の稽古でもあったけれど、頭から足の先まで詳しく見ることはなかったので、すごいなと感動してしまっていた。

 そして、意外にもアクロバティックな動きも出来たので、鍛えていて良かったなと響は改めて感じていた。

 基本動作の他にも連斬や剣を投げたりするものまであり、ゲームの世界では様々な剣の形があって楽しかった。



 「え、今日は斉賀さんはいないのですか?」

 「あぁ。製作の方が優先になってきたから。でも、もう響さん一人でも大丈夫そうだよね」

 「そうですね…….モーションキャプターの仕事は大丈夫です」



 他のスタッフと話をして、今日は斉賀さんなどの主要のスタッフは別の仕事をする事になっていた。少し寂しくもあるが、みんないろいろな仕事があるのだ。自分の仕事をしっかりとやろう。そう決めていた。




 「月城さんは一緒ですので、何か聞きたいことがあったら月城さんに聞いてくださいね。彼も同じなんで」

 「同じ………?」

 「あれ?聞いていませんでしたか?月城さんが男性キャラクター全てのモーションキャプターをやってるんですよ」

 「…………初耳です」

 「そうだったんですね。なので、シーンのモーションの時は一緒にやると思いますので、安心してくださいね」




 そう言ってニコニコと響が安心出来るように話をしてくれるスタッフだったけれど、余計に不安になってしまったのだった。










 「じゃあ、今日はこのキャラクターだ。主人公より年上で大人っぽいイメージだな。動きは機敏で武器は両手に短剣だ」

 「………千絃もモーションキャプターだったのね」



 仕事がスタートし、千絃と話をするタイミングで、響は先ほどの話題を問いかけてみた。すると、千絃は驚きもせずに話をしてくれる。



 「なんだ。聞いたのか。まぁ、剣道経験者は俺だけだったからな」

 「………そんなの聞いてなかった」

 「殺陣の時は一緒にやるはずだからな………まぁ、覚悟しておけ?」

 「私はプロだったんだよ。負けるわけわ」

 「わからないだろ?当時は俺の方が強かっただろ」

 「………千絃なんかに負けるはずないじゃないっ!!」




 当時の剣道の事を思い出すやり取りに、響の感情は一瞬で怒りの色に染まってしまった。


 思わず頭に血がのぼってしまい、大きな声を出してしまった。広い部屋に響の声が響き渡り、他のスタッフ達も驚いて2人を見つめていた。

 響はハッとして、千絃を見ると彼を目を大きくしてこちらを見ていた。咄嗟に何か言わないといけないと口を開いたけれど、何を言えばいいのかわからず、言葉は発せられなかった。

 そんな響の様子を見ていた千絃は、顔色を曇らせ苦笑すると「そうだな……」と呟いた。





 「俺は高校で辞めたんだ。………ひびに勝てるわけなかったな」




 あまりにも弱々しい言葉、そして、傷ついている表情に響は更に不安になった。

 何故彼がそんなに落ち込んでいるのか。自分で選び、約束を破ったのは千絃なのに……と、動揺してしまった。




 「………ひびって呼ばないで………」

 「わかった。もう呼ばない………。短剣使いの資料持ってくる」




 そう言って部屋から出ていく千絃の背中はどことなく切なげなのが伝わってきた。







 その後に、戻ってきた千絃は普段通りで、先ほどは勘違いでもしたのだろうかと思うぐらいだった。

 短剣は使ったことがなかったので、前作をみたり何度も動くを確認し、体を動かしていくうちに千絃の様子を見ては「大丈夫なのかな」と思えてきた。それぐらいに彼はいつも通りだったのだ。



 モーションキャプター用に動きやすい服に着替えている響は、この日の仕事が終わった後に私服に着替えて。

 その時は倉庫をかりており、薄暗い中で急いで着替えながらも今日の反省をするのが日課だった。




 「はぁー……今日の短剣は難しかったな。頑張ろう。あのキャラクターにも慣れないと」



 響はそう一人で呟きながら、帰宅したらゲームのプレイ動画をみて研究しようと決めていた。


 スポーツウェアを脱いでワンピースを着ようとした時だった。倉庫の部屋の扉がガチャッと空いたのだ。いつも誰も入ってくるはずもなかったので、今日は鍵を閉めるのを忘れてしまっていたようで、すんなりとドアが開いてしまう。

 人は驚くと、どうしても体が石のように固まってしまうものだ。響は体を咄嗟に持っていた服で隠したまま、息を飲んでドアの方を向いた。すると、そこには長身の彼が立っていた。千絃だ。




 「…………」



 千絃はピクリとも表情を変えずに響を見た後にドアを閉めた。そして、鍵まで閉めた後に、ゆっくりと近づいてきたのだ。

 着替える途中だった響は下着にキャミソールだけという、とても人には見せれない格好だ。



 「ち、千絃………私、着替えてる途中だから……」

 「………」



 響が必死に止めるけれど、千絃は全く足を止めることなく近づいてきてしまう。そして、とうとう響の目の前にやってきたのだ。そして、響の事を見下ろした。いつもとは違う。大人の男のギラリとした目だ。


 その途端に響の体はゾワッと震えた。それは怖さなのか、次の事を予想して期待してしまっているのか。響にはわからない。

 

 千絃の事を瞳だけで見つめ、服を強く掴む。

 すると、千絃の手がこちらに伸びてきて、腕を掴まれる。

 いつもと同じだ。また、キスをされるんだ。

 わかっているはずなのに、強く拒絶出来ない自分がおり、響は唇を強く噛み締めた。



 「……そんなに唇噛むなよ………」



 千絃の長い睫毛が、キラキラとした瞳がとても近くに見える。それほど近い距離で、千絃は囁くようにそう言った。その声は、とても優しいもので、着替えを襲っている人とは思えないほどだった。響の唇に彼の親指が触れる。歯から守るように唇をゆっくりとさすっている。


 そんな余裕な彼に対して少しでも反抗しようとする。



 「だったら離して………」

 「それは無理だな」



 そう言ってククッと笑った後に、千絃は顔を近づけて唇をしてきた。

 あぁ……そうだ、嫌だと拒絶して離れなければいけない。それなのに、どうして言えないのだろう。からかわれて、遊ばれているだけだとわかっているのに。

 好きじゃないくせに。



 そう思うと、体が動いていた。思いきり千絃の体を押し、何とか彼から離れる。

 いつもは拒まない響だったので、少し驚いたようだったけれど、彼はまた強引に響を抱きよせて、首を腕で固定して、キスをした。

 抵抗する響の口が開くと、すぐに舌が侵入してくる。そこまでくると、響の体は抵抗出来なくなり、彼の与えてくる甘い快楽に、黙って浸るしかなかった。


 好きじゃないのにキスをしてくるのは何故か。約束を守らず、目の前からいなくなった千絃だ。

 きっと、自分の事を嫌いになったのだろうと、ずっと思っていた。

 けれど、こうやって遊びでキスをされたことにより、それが響の勝手な想像では当たっていたのだとわかった。


 そう思うと悔しいが涙が出てしまう。

 そんなにも嫌われていたのだと。そのために仕事に誘ったのか。

 あの響を褒めた言葉で、少しだけうかれていた自分はバカだった。




 「………おまえ………泣いて………」

 「離して……いや………千絃なんて嫌いよっ………!!」




 響は涙を流したまま千絃の事を見つめた。きっと情けない顔になっているだろう。けれど、そんな事はどうでもよかった。


 千絃の体を押しよけ、彼から離れると持っていたワンピースを急いで着て、荷物を持ってその場から走って逃げた。



 自分で発した言葉にも、涙でぼやけた視界で見えた千絃の表情に、響はまた悲しみが込み上げてくる。


 誰にもバレないようにトイレに駆け込み、しばらくの間、そこから出られずに泣くのを止めようと堪えてみるが、ボロボロの流れる涙は止まることがなかった。








 

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