10話「惚れた理由」






   10話「惚れた理由」





 「ん………やる………やるから離して………」



 キスとキスの僅かな間で、響はやっとの事で言葉を紡いだ。

 すると、それが聞こえたのか、千絃はようやく体と唇を離してくれる。



 「………本当におまえは変わらず天の邪鬼だな。本当はやりたいくせに」

 「………千絃は強引よ………」



 はーはーと深い呼吸をしてそう言うと、千絃はクククッと笑いながら唇をペロリと舐めた。色気のあるしぐさに響はドキッとして、思わず視線を逸らした。



 「じゃあ、明日。また、迎えに来る。朝9時な」

 「え………」

 「仕事するんだろ。言ったことは守れよ」



 そう言うと、千絃は玄関に座り込む響を残して満足そうに微笑んだ後にその場から去ってしまった。

 バタンッとドアが部屋に響く。


 響は手で顔を覆いながら、恥ずかしさと切なさに襲われ、どうしていいのかわからなくなってしまった。


 千絃は一緒に仕事をしたいと言ってくれた。それは嬉しかったはずだ。昔の事があれど、必要としてくれたのは、幸せだなと感じられた。

 けれど、どうしてキスをしてくるのかがわからなかった。

 無理矢理のキス。そして、強引に仕事を受ける約束をするためのキス。


 そう考えると、胸の奥がズキズキと痛むのだ。

 男女のキスは愛情を表すものではない事など、もう知っている。快楽を求めたり、千絃のように交渉に使ってくる事もあるのだろう。




 「………千絃はいつも強引で自分勝手なんだから………」



 目的を果たしたらキスを止めて、体が動かなくなった響をその場に置いて去ってしまう。

 そこに愛情なんてあるはずもない。

 彼からの愛情なんて欲しくもないけれど。約束を破ったら千絃なんて……。


 そう思いながらも、心の奥底で切なさを感じているのに気づいていながらも、響は今は知らないと自分の言い聞かせたのだった。



 

 







 次の日。


 千絃は約束通りに迎えに来てくれた。

 時間を無視して、先に出掛けてしまおうかと、ささやかな反抗を考えたけれど、迎えに来てもらってそれは申し訳ないため、仕方がなく彼の車に乗った。

 「おはよう」と挨拶してからは、ほとんど何も話せなかった。無理矢理キスをされたのだから当たり前だと自分に言い聞かせた。



 職場に付くと、千絃が連絡していたのか社員が拍手で歓迎してくれた。しかも、デスクまで準備してくれていた。

 響は感激しながらも、少しプレッシャーを感じていた。



 その後、関や千絃、そして千絃の部下達と自己紹介をしながら今後の打ち合わせをした。

 この中で唯一女性一人居たので、少しだけ安心出来た。



 「では、このモーションキャプタチームからいろいろ聞いてください。やり方などは前回まで担当していた斉賀さんから教えてくださいね」

 「わかりました」



 斉賀と呼ばれたのは、千絃の部下で唯一の女性のスタッフだった。響は斉賀の方を向いて「よろしくお願いします」とお辞儀をすると、ニコニコと笑ってくれた。



 その後は関抜きでの打ち合わせがスタートした。どんな剣技がかっこいいかという、響にとってワクワクする議題だった。そのため、前作の斉賀のモーションキャプターの映像を見る所からスタートした。

 けれど、少し気になった事があったので、隣に座っていた斉賀に、聞いて見ることにした。



 「斉賀さん…………すみません」

 「はい?何か質問ですか?」

 「いえ。その………私が来たことで……斉賀さんの仕事を取ってしまったんではないかと………」



 心配していた事とは、響が入ったことで他のスタッフの仕事を取ってしまうのではないかと思ったのだ。わざわざ聞くような事ではなかったかもしれないが、どうも気になってしまった。それならば、無理に仕事を貰う必要などないかもしれないと。

 必要な人材を会社が雇うというのは理解出来るが、どうしても不安になってしまっていた。


 すると、とても重要な事を聞かされると思っていたらしい斉賀は、キョトンとした表情の後にあっけらかんと笑った。



 「ふふふ………大丈夫ですよ!ゲーム製作もしながらモーションキャプターもやらなきゃいけなかったので、大変だったので!むしろ、助かります」

 「そうなんですか?」

 「えぇ!大学まで新体操部やってたから、動けるだろうって理由でやってたから………剣の扱いもわからなかったから大変だったの。だから、響さんが来てくれてよかったです」

 「………そう、ですか。お役に立てるように私も頑張ります」

 「楽しみにしてますっ!」



 年下なのだろうか。人懐っこくキラキラと眩しい笑顔を向けられて、響はつられて微笑んでしまう。

 自分の剣技を楽しみにしてくれる人が同じ職場にいる。それはとても心強いなと感じられた。まさしく、チームのようだと思ったのだ。


 響は、ホッとして息を吐く。

 すると、視線を感じそちらを向くと千絃がこちらを見ているのがわかった。

 そして、彼がとても優しく微笑んで響達を見ているのがわかったのだ。すぐに、いつもの無表情な千絃に戻ってしまったけれど、絶対に見間違えではないはずだ。

 響は驚きながらも、彼がそんな表情で見ていた事が嬉しかった。そして、ドキドキしてしまった。


 どうして、彼と会うと気持ちが高ぶるのだろうか。それは、きっとキスをされているからだ。

 響はそう思うようにしたのだった。









 打ち合わせで何個か技が決まった。

 響が出来そうなものを伝えていき、基本的な動作となりうる斬撃を決めていく。

 その後は実際に動いて見ることになった。



 以前剣舞を舞った場所を使って、実際に体を動かしてみる。

 皆が見ているのは恥ずかしかったけれど、模擬刀を持つと力がわくような気がした。試合の緊張よりいいのだ。失敗してもいいのだから。


 そう思って、頭に思い描いた動きを行ってみる。左斜め下に思いきり刀を振り下ろすだけの動きだ。それを走り込んで敵を目の前にして斬る。響は剣道にない動きを、目の前に敵が居る事を想像してから走り、そして思いきり刀を振り下ろした。そして、刀を鞘に戻すと拍手が上がった。



 「すごーい!きれい!姿勢がいいのかな?」

 「さすが、プロだな。動きに隙がない!」

 「なんか、いろんな技が想像出来そうだな」



 と、スタッフから称賛の声が上がった。

 響は嬉しいよりも、認めて貰えた事によりホッとした。

 その後は、少しずつ難易度が高いものを動いてみた。

 どれも難しかったけれど、剣道では使わない動きが出来ることが楽しかった。


 しばらくして、休憩していると斉賀が響に近づいてきた。



 「響さん。少し聞いてもいいですか?」

 「はい?」

 「響さんは、バレエかダンスとかやってましたか?動きがしなやかで驚いたんですけど………」

 「子どもの頃、少しだけバレエもやってたんです。合わなかったんですけど……」

 「だからか!凄く動きが綺麗で……」

 「だから、こいつに頼んだんだ」




 斉賀と話をしていると、千絃がゆっくりと近づきながらそう言った。

 響は驚いたけれど、斉賀は「さすが、先輩ですね!」と、千絃の言葉に同意しているようだった。



 「響は昔から剣の型が綺麗なんだ。昔からバレエをやったり、幼い頃からしっかりと剣道の基本姿勢を忠実に守って練習していたかはだろうな。それに、剣舞もやればダンス部以上に仕上げるし、殺陣も趣味でやってるからな」

 「……千絃!殺陣は本当に遊びでやってただけで……」

 「すごい!じゃあ、殺陣もやれちゃうんですね!」



 昔の事を話されて焦って止めようとするけれど、スタッフの間では「じゃあ、あれやってもらいたい!」「あんなのも見てもらいたい」と話が盛り上がっていた。

 


 すると、千絃はとても楽しそうにその話しを聞いた後に、微笑みながら響を見た。



 「響の剣技に惚れてたから、俺は仕事を一緒にしたかったんだよ」

 


 その言葉は響に自信を持たせたと共に、悲しみを感じさせるものだった。




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