9話「強引なキス」
9話「強引なキス」
動画が終わった後、響はすぐに拍手をしてしまった。
すると、関も千絃も安心した表情を見せ、微笑んだ。
「とても素晴らしかったです!神秘さと妖艶な雰囲気が合わさって、不思議な世界観でした………自分が踊った舞ではないみたい」
「元の舞がよかったからですよ。やはり、本物の剣士の剣舞は違いますね。………それにしても、月城。変えたのは光りの加減だけか?」
「光りの調整を変えました。あとは、まぁ、髪の動きとか袖の透け感とかですね。細かい所はいろいろと……」
「なるほど。始めより華やかさが増したよ。ありがとうな」
「いえ………自分が納得したかっただけです。それに響さんに見てもらうわけですか、本気にならないといけないんで、ね」
そう言って、ちらりと響を見ていつもの何かを企むような笑みを浮かべた。
千絃はもうわかっているのだ。響の心が傾いているのに。
「それでは漣さんも満足してもらえたようなので、サイトにアップするか」
「わかりました」
そういうと、千絃はパソコンを操作をしていく。もうアップするだけになっていたようで、あっという間に配信された。
すると、再生回数がみるみる伸びていき、コメント欄にもたくさん書き込まれ始めた。
「すごい………こんなに早くに反応があるんですね」
「更新通知を設定してくれているのは私たちのゲームのファンの方ばかりなので、始めは良心的なコメントが多いですね。ここからSNSに拡散されることで、知らなかった人の目に入るようになる。そこから、どう思われるのか。昔からのファンも大切ですが、新規獲得の分かれ目が発売前のこう言った動画のなどの宣伝にかかってますね」
「なるほど………」
そう。今、千絃が作り始めているのはまだゲームを作り始める段階なのだ。それなのに、期待されているのだからすごいなと、ゲームに詳しくない響でもわかる。
それぐらいに注目を浴びている作品に自分が関わろうとしている事に、響自身が驚いている。
しばらく3人で動画の再生数やコメントを見ていたけれど、関がゆっくりと本題を話し始めた。
「さて、漣さん。今回の動画を見ていただいた上で、今後わが社のモーションキャプタとして働いてくれませんか?このゲームが終わった後も違う作品でも推薦しますし、それに他の会社からも目を向けてもらえるチャンスだと思います。私たちは、このキャラクターはあなたしかいないと思っています。きっとそれは、私たちだけではなく、動画をみたファンも同じようです。ぜひ、ご検討ください」
「………はい。ただ、私は武道しか経験がなく、恥ずかしながら他の事をして働いた事がありません。………ですので、お役に立てるか」
「私たちは漣響という人の剣に惚れ込んでお願いしているのです。私たちはあなたがいいと思っています。………なので、少し考えて見てはくれませんか?」
とても優しく語りかけてくれる関だが、言葉はとても熱く熱心に勧誘してくれているのがわかる。そこまで自分を求めてくれる人がいるのは幸せな事だとわかっていた。
けれど、ここですぐに返事が出なかった。
やってみたい気持ちは大きい。
だが、ここでここで働いてしまったら、本当に剣道の道は絶たれてしまうのではないか。そんな恐怖さえもあった。剣道の道から離れたいと思っていたはずなのに………未練がましいな、と響は心の中でため息をついた。
響は先ほどから黙ったままの千絃の方に視線を向けた。けれど、彼はいつものように無表情のまま響を見ているだけだった。
「…………3日間待っていただけますか?前向きに検討させてください」
「わかりました!ぜひ、よろしくお願い致します」
待たせてしまう事は忍びなかったけれど、響が好感を持っているのは関にもわかったのだろう。3日後に連絡をするという事で、今日はお開きとなった。
そして、この日は千絃は響を自宅まで送ってくれはしなかった。
ひとり自宅に帰った響だったけれど、モヤモヤとした気持ちのままだった。
先日キスをされたのだから、2人きりにならないでよかった。そう思うはずなのに、どうして送ってくれなかったのだろうか。とも、考えた。返事を保留にしたから、幻滅したのだろうか。
頭の中に浮かんでくるのは、キスをされた時と真剣な表情でPCを睨む千絃の姿だった。
会議室で会ったときはキスの事など忘れてしまうほどに、昔のままの彼の表情に驚かされていた。それほどに、千絃が真剣なのだと伝わってきたのだ。
普段は無表情なのに、俺様な性格と企みのある笑み、そして好きな事には真剣な顔を見せる千絃。
どれも彼らしさがあると、響は知っていた。
だからこそ、迷わなくてもいいはずだともわかっていた。
けれど、あのキスが、あの約束がそれの邪魔をする。
「はぁー………って、もうこんな時間か」
先ほど見せて貰った動画を何回も再生し、いろいろな事を考えていたら、いつの間にか夕日が差し込んでくる時間になっていた。
そろそろ夕食の準備をしなければいけない。
けれど、考えすぎたせいか食欲はあまりなかったので、何かあるもので済ませようと、重たい体を上げた時だった。
ピンポンッ
と、玄関から来客を知らせるベルが鳴った。
モニター画面を見ると、そこには悩みの種である彼の姿があった。ぶっきらぼうな顔でモニターを見ていた。
「はい………千絃……どうしたの?」
『大家が教えてくれた。ちょっと話したんだけどいいか?もしあれだった、場所変えてもいい』
「………大丈夫。今、開けるわ」
『悪いな』
響は冷静を装いながら受話器を置いた。
画面は真っ黒になる。
どうして来たの?
そう思いながらも、千絃の姿を見ると胸がドキドキしてしまう。
部屋に呼んだのは間違えだっただろうか。けれど、相手は幼馴染みだ。それが普通だと思いつつもキスの事を思い出すと体が震えてしまう。それにきっと頬も赤くなっているはずだ。
「落ち着け………落ち着け………」
玄関についた響はそう呟き、大きく息を吐いた。
そして、恐る恐るドアを開けると、いつもと変わらない表情の千絃が立っていた。
視線が合うと鼓動が早くなる。響は視線を逸らしつつ、「どうぞ。入って」と、千絃を部屋へと促した。
千絃がサンダルを脱ごうとし、後ろでドアが閉まる音がした。それと同時に肩を強く引かれ、体のバランスを失ってしまう。
千絃に肩を掴まれた事を彼に支えられた事を理解した頃には、あの感触を与えられていた。
「………っっ!!」
抱き寄せられ、強くキスをされていたのだ。 驚いたのは一瞬で、すぐに体を動かして抵抗するけれど、体を壁に押さえつけられ、どんどんキスは深くなっていく。苦しくなっていく呼吸と、体の奥が熱くなってく感覚に襲われ、少しずつ抵抗出来なくなっていく。
くぐもった声と、唾液が混ざる音がする。ぬるりとした感覚と、彼の香りがする。コーヒーの苦い香りだ。また、キスをされている。
抵抗しなければいけないのに、どんどん体から力が抜けていく。
脚がガクガクしはじめ、ついに倒れそうになると、とっさに千絃が体を支えてくれた。
「おっと………もう立てなくなったのか?」
「だって……」
「キスされて気持ちよかったから、だろ?」
「っっ………何でこんなこと………」
涙が溜まった目で睨み付けるが、千絃はニヤリと笑って、またキスを繰り返した。
そして、響の呼吸が乱れ始めた頃に、やっと唇を離した。
「ひび……あの仕事してみたかったんだよな?楽しそうにしてたし、動画も喜んでくれた。なのに、どうしてまだ迷ってる?………断るつもりじゃないだろ?」
「……だって………それは………迷ってて……」
呼吸を整えながらそう言うが、千絃はその答えに満足していないようだった。
唾液で濡れた唇に親指で触れる。それだけで、響の体は震えてしまう。そんな様子を見て、千絃はクククッと笑う。
「…………仕事を受けると約束してくれ」
「え………」
「おまえがやると言わない限りキスを続けるからな」
「なっ!そんな事………っっ!!」
体がずるずると壁を伝いなが落ちていく。
千絃に両手首と顎を抑えられたまま、彼のキスを受けるしかなかった。
ようやく彼が離れた時には、「………やる」と、千絃に自分の体を支えてもらい弱々しく声を発する事しか出来なかった。
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