4話「剣舞」






   4話「剣舞」





 「な、何で踊らなきゃいけないの?仕事と全く関係ないじゃない?」



 おろおろと動揺する響だったが、目の前の相手は至って平常で、当然の事のように「関係あるんだ」と、言った。


 何故、久しぶりにあった幼馴染みの前で、しかも始めてきた会社で、2人きりのこの場所で踊らなければいけないのか。全く理解が出来なかった。


 すると、千絃は面倒くさそうにする事もなく、ゆっくりと説明してくれる。



 「モーションキャプターって知ってるか?」

 「モーションキャプター?知らない……」

 「さっき見せた動画のキャラクター。あれは実際に人に同じ動きをさせて、それをキャラクターが動かしているんだ。まぁ、無理すぎる動きはこっちで作ってるけどな」

 「すごい……あんな殺陣、出来る人がいるだ」

 「そこで殺陣って言葉が出るのはひびらしいな」



 千絃はそう言うと、昔のように楽しげに微笑んだ。響と目が合うとすぐに真顔に戻ってしまうけれど、その笑顔は確かに彼のものだった。

 不意の自然な笑顔に、響は思わずドキッとしてしまった。



 「今回のゲームは剣を使っている時の動きをリアルにしたいと思っているんだ。より本物のように、より世界や人をリアルに」

 「本物のみたいに………それはどうやって……」

 「実際に人間に動いて貰う事だ」

 「………え、まさか!?それを私がやるってこと?」

 「察しが良くて助かる」



 そう言うと千絃は倉庫になっているような部屋から長細いものを持ってきて、響に渡す。




 「こ、これ………刀っ!?」

 「模擬刀だから安心しろ。まぁ、抜刀は出来るなら本物みたいだけどな」

 「………やらないわよ」

 「仕事やる、やらないはまずいい。久しぶりに舞ってくれないか。俺は好きだったよ。おまえの剣舞」



 剣舞。

 剣を持ち神様に躍りを奉納するというもの。

 本来はその目的だったけれど、1度高校の時にダンス部の顧問から「文化祭剣舞をやってみないか」と誘われたのだ。ダンス部は人数も少なく、毎年盛り上がりにかけてしまうため、顧問がその年こそは盛り上げようとしたのだ。ただ未経験の下級生しかいなかったため、響に剣舞を踊ってもらい、バックダンサーとして踊るというものだった。

 断ったものの「あなた剣道の他に昔はバレイとかもやってたのよね?」と、昔話をされ、しかも「成功したら部費を多く入れれるように校長先生に伝えてあげる。防具新しいの揃えたいって言ってたわよね」と、半分脅されてしまったのだ。そのため、その顧問が考えた舞を必死に覚え文化祭で発表した。とても恥ずかしい思いをしたけれど、なかなか好評だったと聞いたので嬉しくもあったの覚えていた。


 それを幼馴染みである千絃は覚えていたようで、昔の躍りをやれというのだ。

 しかも「好きだった」など言われてしまうの、心が高まってしまうのは仕方がないはずだ。頑張って練習したものを「好き」と言ってくれる。あんなにも昔の事を覚えていてくれたのは素直に嬉しかった。


 けれど、剣舞をやるかやらないかは別の話だった。



 「………嫌よ」

 「おまえのあの踊り、さっきのキャラクターにさせてみたくないか?」

 「え………」

 「俺はかなりいいと思うんだけど?」

 「……………」



 響は先ほどの映像を頭の中に浮かべ、あのキャラクターが自分の舞を踊っているところを想像する。きっと似合う。あの風景で伸び伸びと舞う姿を見たいと思ってしまった。

 そんな事を考えていると、笑みが漏れていたのか、千絃はニヤリと笑った。そして、近くにあった機会を操作しはじめる。



 「音楽流すぞ。あと、あの中央の×マークのところに立って」

 「………もう!やればいいんでしょ?!」



 強引なのは昔からだ。こうなっては逃げることが出来ないと響はわかっていた。

 響は刀を持って、半分やけくそで中央に立つ。そんな響を満足そう見ている千絃を目にすると少し悔しくなる。けれど、自分がやると言った以上はやるしかない。それに、あの動画の女の子が舞ってくれるのは楽しみでもあった。



 集中するために、しっかりと目を閉じる。

 覚えているのか心配になったものの、和風調の音楽が聞こえてくると、あの頃の記憶が甦ってきた。大丈夫、踊れる。体が覚えているのだから、感覚に任せよう。そう思い、響は舞った。


 剣をかかげ、体を回しながら抜刀し、風を切っていく。あの頃よりも動きがしなやかなような気がするのは、自分が日々鍛えていたからだろうか。

 音楽に合わせてゆったりと踊ると、「私もこの舞が好きだったな」と思う。始めはイヤイヤだったかもしれないが、剣道とは違う洗練された動き、女らしさを感じられ気持ちよかった。

 フッと目を開けると、千絃はとても優しく笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

 その微笑みに胸が高なり顔が赤くなっていくのがわかった。

 体を動かしているから暑くなったのだ。そう、言い聞かせて響は彼とこれ以上視線を合わせないようにしながら、懐かしい音楽に体を合わせ、剣と共に舞続けたのだった。







 曲が終わると、響は全身で呼吸をし、少し汗をかいてしまっていた。舞いというものは体力を使うものだった。

 その場で、息を整えていると、彼がこちらに向かって歩いてくる。

 彼の言葉に誘われて踊ったわけだが、やはり少し恥ずかしい。練習を重ねていた時期に比べればかなり下手だったはずだ。それに、渋々受けた話なのに、かなり楽しんでしまっていた。そんな気持ちが重なり、響は彼の顔を直視出来なかった。



 「ひび」

 「な、何?舞は下手だったとしても文句は言わないで………」

 「綺麗だった」

 「…………え」



 予想外の言葉に、逸らしていた視線を彼に向けてしまう。

 千絃は昔と変わらない、優しい笑みを浮かべていた。あの意地悪で悪巧みをしているようなものではなく、心から嬉しそうにしている。そんな笑顔だった。



 「予想以上だ。昔やった舞なのによく覚えてたな。しかも、昔より凛とした雰囲気がいいな」

 「そ、そうかな………」

 「これなら、仕事も任せられそうだ」



 モーションキャプターの仕事は、きっと楽しいだろう。響自身も楽しく行う事が出来たし、舞だけではなく剣技ではどんなことをするのだろう。そんな事さえ想像してしまっていた。

 だからこそ、彼の言葉は嬉しいはずだった。


 けれど、千絃の返事に何故が胸が痛んでしまった。

 仕事としてしか、必要とされていない。約束を守ってくれないぐらいだから、自分の仕事でプラスになるから誘われた。



 けれが、当たり前であり普通の事だというのに、モヤモヤしてしまった。




 「後は会社に確認とってまた連絡する。昔も番号変わってないだろ?」

 「………うん」

 「それまで今回の仕事、考えてみて。待遇はいいはずだから」



 響が悩んでいると感づいたのだろう。

 今すぐに返事を求める事はなく、この日はそこで終了した。帰りは自宅まで送ってもらい、響は帰宅した。











 「はー………疲れた」



 部屋に戻ると、響はすぐにベットに横になり大きく息を吐いた。

 そして、先ほどの事を思い出す。

 今日は貴重な体験をした。ゲーム会社にお邪魔して、いろんな話を聞けた。そして、久しぶりに剣舞を踊った。楽しかったはずなのに、やはり気持ちが浮かない。

 千絃と一緒にいると余計な事まで考えてしまうようだ。

 これで、共に仕事なの出来るのだろうか。



 「………今度電話かかってきたらお断りしよう」



 響はそう決めて、ゆっくりと目を瞑った。

 思い出すのは、昔の彼ではなく今日楽しそうに微笑んでいた千絃の笑顔。

 今日で会うのもおしまいになる。

 悪い思い出で終わっていた彼との日々。それが楽しいものになった事はよかったと思える。

 


 「もう、これで千絃とはおしまいね」



 フッとジャスミンティーの香りを思い出す。

 彼を思い出してしまう香りになってしまいそうだな、と思いしばらくは飲むのを止めようと心に決めた。










 ブーブーッ ブーブーッ


 空気が震える音がした。

 鳴り終わったと思ったら、また響く。それが、先ほどから耳に入ってくる。


 いつの間にか寝てしまっていた、寝起き眼を擦りながらスマホを取った。

 昨日は疲れてしまったのか、目覚ましを設定さえもしていなく、いつもより遅い時間に目覚めてしまった。



 「そろそろ起きなきゃ………って、何!?この通知の数………!?」



 スマホには何十件のメッセージや着信通知が来ていた。その1番上にあったのは、特に仲が良い友人の水篠璃都(みずしの りと)だった。



 響は慌てて彼女に電話をかけた。



 「あ、もしもし璃都?沢山連絡来てたけど………」

 『やっとでたー!聞きたいこと沢山あるんだから!』

 「え、何?………何かいろんな人から連絡来てたみたいだけど、何かあったの?私、今起きたからわからなくて………」

 『え、響、まだ見てないの?!』

 「何のこと?」



 興奮している璃都が何を知っているのか全くわからず、恐る恐る彼女に問いかける。でも、悪い雰囲気ではないとはわかったけれど、やはり答えを聞くまでは緊張してしまうものだった。



 『動画配信サイトで、響の剣舞が公開されてるの!それがすごい反響なのよ!……ゲームとのコラボじゃないかって、話題みたいで』

 「…………え、えっっ!!?」



 璃都の言葉に、響は頭が真っ白になり絶句するしかなかった。

 



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