5話「新しい道」
5話「新しい道」
璃都に教えてもらった動画サイトにアクセスすると、そのページは千絃が勤めているゲーム会社の公式にあった。
タイトルは「剣道の漣響がゲームの世界で舞姫に」と、書いてある。
恐る恐る動画を再生してみると、やはりあの時の剣舞だった。けれど、音楽は変わっていた。きっと、ゲーム内で使用されるものなのだろうが、全く違和感がない。けれど、そんな事を感心している場合ではないのだ。
詳しく見てみると、その動画は朝方に更新され、すぐに30万回再生されているのだ。
知らないうちに自分の動画が世の中に配信されてしまっていたのだ。恥ずかしさと怒りを感じてしまう。
「千絃ー!何で勝手なことをしたの!?」
部屋の中で一人叫んだ後、響は急いでスマホを取り、もう何年も使っていなかった千絃の電話番号に電話をかけた。すると、すぐに彼と繋がった。
「千絃!あなた、何を勝手なことを……」
『ちょうどよかった。連絡しようと思ってたんだ』
「え!?私はあの動画の事、怒ってるんだけど」
『あぁ……その話もまとめてきくから。今から家まで迎えにいく』
「な……また千絃は勝手に決めてしまうんだから!」
『じゃあな』
「ちょっと!………って、もう切れてる………」
響はため息をつきながらも、すぐに出掛ける準備を始めた。早く仕事を断って、動画を消してもらわないといけないのだ。
千絃から「あと少しで到着する」とメッセージが入り、響は気を引きしめながら、玄関を出た。
「おはよう。……また、随分怖い顔をしているね」
「和歌さん。おはようございます」
和服姿の和歌が、ほうきを持って玄関の掃除をしていた。管理人として朝は必ず掃除をしているらしいが、いつも眠そうな顔をしている。
「和歌さんは、変わらずに眠そうな顔ですね」
「昨日も執筆を遅くまでしてしまってね。……漣さんは今度はどうしたの?」
「………久しぶりに会った幼馴染みといろいろあって…………」
「この間もその幼馴染みが原因かな?」
「………そうですね」
「そうか。なるほどねー。幼馴染みって、男だろう?」
「えぇ。そうですが………」
「なるほどなるほど」
そういって和歌は楽しそうに響を見ている。何か良からぬ勘違いをしているな、と思い響は彼に否定の声を上げようとした。
が、草履でゆっくりと近づいてきた和歌は響の頭を優しく撫で始めたのだ。彼は響より少し背が高いのは知っていた。それに綺麗な手をしているのもわかっていたけれど、それが男らしい大きなものだと初めて知り、思わずドキッとしてしまう。彼は響より年上だから、妹を心配するような気持ちなのかもしれない。けれど、初めて和歌に触れられて、響は何も言えずに彼を見つめるしか出来なかった。
「大丈夫。今日も僕に会ったからいい日になった、だろう?」
「………そう、ですね」
優しく微笑む和歌には大人の男の余裕を感じられた。その心地よさは兄のような雰囲気があるからかな、と響は思って微笑む。
すると、道路の方からバンッと強く車のドアが閉まる音がした。ハッとそちらを見ると、不機嫌そうな千絃がこちらをジッと見ていた。
「千絃………」
タイミングが悪いところを見られてしまったなと、思わず視線を逸らしてしまう。けれど、千絃とは恋人でも何でもないのだから、気にする事もないはずだった。それなのに、どうして罪悪感を感じてしまうのか響は自分の気持ちがわからなかった。
「ほら、迎えなんだろう?行っておいで」
「はい。いってきます」
響は和歌に小さく頭を下げると、和歌は小さく手を振って見送ってくれた。
小走りで千絃の車に近づくと、「助手席乗って」と、一言を残し千絃はさっさと車に乗り込んでしまう。彼の雰囲気がピリピリしているのが更にわかり、仕事を断りにくいな、と響は小さくため息をつき車に乗り込んだ。
「お迎え、ありがとう」
「あぁ……」
「あの動画どうして勝手にアップしたの?まだ、私はやるって決めてない………」
「その話は会社についてからだ。早くシートベルトつけてくれ」
「………わかったわ」
やはり何か怒っているようだったので、響はそれ以上何も言わずに座っている事にした。
怒っているのは自分なのに、何故彼がそんなにも機嫌を悪くしているのがわからない。こっそりと運転している彼を横目で盗み見るが、いつもの無表情だったけれど、やはり雰囲気が悪かった。
自分勝手なんだから、と思いつつ視線を他に向けると、響はあるものを見つけてしまった。
響と千絃の間にあるドリンクホルダーに、昨日と同じジャスミンティーのペットボトルと、彼の好きなブラックコーヒーの缶が置かれていたのだ。
またわざわざ準備してくれたのだ。そう思うと心がくすぐったくなる。学生の頃から彼は大人のようにブラックコーヒーを飲んでいたな、と思い出しては懐かしさから笑みが浮かんでくる。
「ねぇ、千絃。………また、ジャスミンティー貰ってもいい?」
「………おまえのために買ったんだ。飲んで構わない」
「ありがとう。………今度、千絃がいつも飲んでるコーヒーも飲んでみたいな」
そんな言葉が自然にこぼれた。
自分では飲まない苦いブラックコーヒー。
けれど、彼がずっと好きならば飲んでみたくなったのだ。
すると、千絃は少し驚いた表情になったけれど、まっすぐ前を向いたまま少しだけ表情が柔らかくなるのがわかった。そして、ちらりとこちらを見た後「わかった。今度はコーヒーな」と、笑ったのだ。
そんな彼を見て、響は「うん」と返事をする。
社内の雰囲気は先程より柔らかく、心地がいいものになった事が嬉しく、響は喜んでジャスミンティーの蓋を開けたのだった。
昨日と同じフロアに着くと、沢山の人が働いていた。皆がパソコンに向かって真剣に作業している。
けれど、千絃の隣を歩く響を見ると「あ、舞姫だ!」「本物だー」と、手を止めて好奇な目で見ていた。やはり皆があの動画をみているのだ。しかも、皆が勤めている会社が配信したのだから、余計に気になるのだろう。
響は気にしないようにしながらも、誰とも目を合わせずに、千絃の横を静かに歩いた。
案内されたのは、とある会議室のような広い部屋だった。長いテーブルが何台か置いてあり、その中央に、一人の男性が座っていた。響を見るとにこにこと笑顔を見せ「初めまして。来ていただきありがとうございました」と挨拶をしてくれた。どうやら千絃の上司のようだった。
「この度はわが社のゲーム開発の、お手伝いをしていただけるということで、とても感謝しております。動画を拝見し、月城から話を聞いたときは驚きましたが、舞姫にピッタリでしたので、本当に嬉しいです。」
関(せき)という名の上司は歓迎の言葉を口にし、すぐにでも契約の話をしようとしていた。とても嬉しそうにしている所、申し訳なかったが、響は言葉を遮って、話しをすることにした。
「あ、あの………。喜んでいただけて光栄なのですが、私はまだ仕事をすると決めたわけではなく。今日は、あの動画を削除していただきたくて、ここに来ました。ご期待に添えなく、申し訳ございません」
響がそう言うと、関は驚いた後に、隣に座る千絃を見た。
「………月城。知り合いだからといって何も言わずに動画をアップしたな」
「………俺はこれでいきたいんで」
「おまえな………それで舞姫が困ったら意味ないだろ。漣さん、申し訳ない。こいつが勝手にやったことなんだろうね」
関は千絃の性格をよく知っているようで、苦笑いを浮かべながら謝罪をした。隣に座る千絃はまた不機嫌そうに顔をしかめている。
「ただ、私も月城と同じで君の舞姫を見てみたいんだ。剣道の試合も拝見したが、あなたの動きでゲームを作ればとてもリアルなものができると確信しているんですよ。だから、ぜひお願いしたい」
「…………ですが………」
「それでは、あなたが舞った剣舞だけでもいいです。それだけを採用させてください。もちろん、出演料は払います。その出来をみて、今後のモーションキャプターを考えてみてはくれませんか?私はあなたの動きをぜひゲームでも再現したいのです。それで剣の道を知る人も増えると、私は思っています」
関の熱い台詞が伝わってくる。
こんなにも誠心誠意言われては、断れるはずもなかった。響もキャラクターが自分の舞を踊ってくれるのを見てみたいと言う気持ちはあるのだ。断る理由が、千絃との昔のいざこざ、というのは仕事を断る理由にならないだろう。こんなにも熱心に勧誘してくれるのだから、断るとしても心が痛む。
それに、あの剣舞だけならばいいのではないか。そう思い、決心した。
「わかりました。では、剣舞だけでよかったら、ぜひお願いします」
これが響が剣道以外の新しい道に1歩を踏み出した瞬間だった。
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