第20話 星に願いを
「お義母さんすいません。遅れました」
瞳子が慌ててダイニングに出てくる。
今日は冬吾は遠征に出ていて家にいない。
「大丈夫ですよ。それより冬空と由希の仕度を急いだほうがいいんじゃない?」
「そ、そうですね。あの子たちは……いつもいつもすいません」
「まあ、空達もそうでしたから」
きっと片桐家の子供の血筋なのでしょうね。
眠そうに眼を擦りながら由希と冬空、瞳花は起きてきた。
不思議と瞳花は平然としている。
3人とも朝からよく食べる。
「ちゃんとよく噛んでから食べなさい」
瞳子が3人に注意しているのを私と冬夜さんは微笑ましく見ていた。
「ご飯を食べたらちゃんと顔を洗って歯を磨きなさい」
一つ一つ細かく注意している瞳子。
最初は文字通り悪戦苦闘していた瞳子だったけど冬吾が上手く手伝っていた。
冬吾が遠征から帰ってきたら「パパ~」と3人ともはしゃいでいるのはその甲斐あっての事だと思う。
やがて呼び鈴がなる。
「お~い、来たぞ~」
「おはようございます」
裕翔と雪菜の声がする。
瞳子は3人を急かす。
「行ってきま~す」
元気な由希の声がダイニングまで聞こえてくる。
それから私が食器を洗おうとすると瞳子が慌ててくる。
「片づけは私がしますから、お義母さんはゆっくりなさってください」
かつての私もこうだったのだろうか?
あまり瞳子を困らせるのも悪いと思ったので交替して冬夜さんとテレビを見ていた。
冬夜さんは半ば引退している。
税理士事務所は空が跡を継いで翼と一緒に切り盛りしている。
私たちがゆっくりしている間、瞳子は掃除に洗濯と忙しそうに働いていた。
私たちの世話は瞳子がしてくれるそうだ。
麻耶さん達も自室でゆっくりしている。
あまり家にいて瞳子を気づかれさせるのも悪いかもしれない。
「冬夜さん、今日は天気もいいし少しお散歩でもしませんか?」
私は冬夜さんに提案していた。
「それもいいね。公園にでも行こうか」
「はい」
私と冬夜さんは那奈瀬の公園に散歩にでかけた。
いくら冬夜さんでもさすがにここまでくるとしんどいみたいだ。
公園のベンチに腰掛けて一休みした。
「愛莉とこんな風にのんびり過ごす日がくるなんてね」
「そうですね……」
瞳子が嫁いできて10年……。
いろいろな事があった。
空の娘、凛はもう大学生。
就職先はやはり片桐税理士事務所を継ぐ気でいるそうだ。
漣も高校生。
凛の後を追うように地元大学を目指しているらしい。
天音達も連休には帰って来るが、大阪で大地君の手伝いをしているらしい。
天音の子供達はもうすでに成人している。
手がほとんどかからないそうだ。
姉に頭が上がらない弟の構図は変わらないそうだけど。
天音の娘の茉莉や結莉は「私たちの赤ちゃん見るまでは長生きしてね」と言っていた。
まだまだ私達の話は続くようだ。
家に帰ると一休みする。
今日は遠征に出ていた冬吾が帰ってくる日。
そして由希の誕生日。
由希はプレゼントを楽しみに待っていた。
「ただいま」
冬吾の声がすると3人が一斉に玄関に向かう。
「いい子にしてたかい?」
「うん!」
3人とも息を合わせて返事をする。
「おかえりなさい、お疲れ様です」
「ありがとう、瞳子」
今日は瞳子がご馳走を作っていた。
皆ご馳走にありつく中、冬夜さんは一人で酒を飲んでいた。
「ダメですよ。お酒ばかり飲んでないで少しは食べて下さいな」
「あ、そうだね。ごめんごめん」
冬夜さんに「もっと食べろ」なんて言う日が来るなんて思わなかった。
最近冬夜さんはあまり昔の様に食べなくなった。
老いを感じているのだろうか?
夕食を食べ終わるとバースデーケーキを食べて片づけをする。
「私がしますから」
瞳子はそういうけど私はにこりと笑って言った。
「口うるさい姑と思うかもしれないけど、息子の嫁とこうして並んでキッチンに立ってみたいものなのよ」
「……そうですか。それならお言葉に甘えて」
片付けている間、冬夜さんは冬吾とテレビを見ていた。
FIFAランク上位の常連になった日本代表。
冬吾達の世代は文字通り黄金世代だった。
だがその黄金時代もいつか終る。
現に冬吾達はそろそろ衰えを感じている様だ。
冬吾には解説者やコメンテーターなどのテレビの仕事が入ってきていると恵美から聞いていた。
冬吾も誠司も恵美の芸能事務所に所属して引退後の事を考えているらしい。
誠司は息子の裕翔にサッカーを教えている。
冬空はスポーツに一切興味を示さなかった。
スポーツだけではなく何もかもに興味を示さない。
やる気の無さはきっと冬夜さん譲りなんだろう。
「2人とも早めにお風呂に入って下さいな」
私が言うと二人共順番に風呂に入る。
その後に私が入って最後に瞳子が入る。
風呂から出ると冬夜さんは寝室にいた。
縁側に座って空を見ている。
「どうしたのですか?」
私は冬夜さんの隣に座って聞いてみた。
「星に願いを……ね」
「何をお願いしてたのですか?」
「この先も月の導きがありますようにって」
「そうですか」
でも冬夜さん。
それは冬夜さんがお願いする事じゃありません。
だってあの子たちにとって星は冬夜さんなのだから。
まだまだあの子たちを導いていかなければならないんですよ?
「そうだね」
そう言って冬夜さんはにっこり笑っていた。
「この先もずっとこうだといいね」
「そんな風に思われていたのですか?」
「さすがにもう年だよ。昔のようにはいかないさ」
よく見ると冬夜さんの手にはアルバムがあった。
昔の思い出をつづったアルバム。
小学生の時から始まった軌跡。
ここまでよく辿り着けた。
「そろそろ冷えるし、休むとしようか」
「そうですね」
そう言って冬夜さんと一緒にベッドに入って眠りについた。
そんな日をずっと続けていた。
ある日冬夜さんが寝室にいるみたいなので覗いてみると椅子に腰かけていた。
膝の上にはアルバムを置いて眠っていた。
昔の思い出に耽る時が来たようだ。
私はくすっと笑って冬夜さんにタオルケットをかける。
「今までお疲れ様でした」
心地よさそうな寝顔をしている冬夜さんにそう言って、私は微笑んでいた。
ステラ 和希 @kadupom
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