第16話 決意
「今日予定空いてる?」
冴からのメッセージだ。
坂山先輩が失踪して一月が経とうとしていた。
これまで何の進展もない。
大原先輩も以前行方をくらましたまま。
これからどうなるのだろう?
「別に予定はないけど」
「坂山先輩の所に一緒にいかない?」
「……見つかったの?」
「うん、瞳子の言う通りだった」
坂山先輩の勤め先の同僚の家にいたらしい。
冴と建人さんだけだとまた揉めそうだから一緒に来て欲しいという。
「わかった」
私の少し言いたい事がある。
約束の時間に駅に向かうと建人さんの車が待っていた。
「悪いね」
「いえ、私も少し思うところがあるから」
向かった先は別府の歓楽街の中にあるアパート。
冴が呼び鈴を鳴らす。
坂山先輩の同僚の人が私たちを見て言った。
「どうぞあがって」
私たちは家の中に案内されると坂山先輩がいた。
私たちをちらりと見て、そして目を背ける。
話す事は無い。
そう言いたいんだろう。
同僚の人から事情を聞く。
まだ仕事ができない程じゃないので仕事は続けていた。
少しでもお金が欲しいからそうなるだろう。
連休中に新居を探して引っ越すつもりでいた。
引越し先は決まっている。
と、なると当然家に荷物を取りに行かなければならない。
そこを張っていた冴のサークルの人間が見つけたらしい。
「話す事は無い。誰が何と言おうとこの子を産む」
先輩の意思は固いようだ。
冴が何か言おうとするのを私は抑えた。
「……先輩の意思はわかりました。私たちに止める権利はありません」
「ちょっと瞳子!何を言ってるの!?」
冴が反論する。
「先輩が1人で育てると覚悟を決めてるのなら、私たちが止める権利はないよ」
私が言うと冴は何か言いたげだけど黙っていた。
私は再び先輩を見ると話を続けた。
「私が今日来たのは先輩に対して言いたい事があるからです」
「……何?」
「先輩は無責任です!」
産むのが無責任じゃない。
産んだ後の事を考えているのか?
色々手続きだってあるし親にどう説明するつもりだ?
育児の費用だってある。
それに今は働けるけど働けなくなったらどうする?
直前まで働いたとして、産後誰が赤ちゃんの面倒を見る?
先輩が見るとして誰が家計を支える。
先輩だってもう大人だ。
自分1人だけで何でも出来るなんてただの思い上がりだ。
現にどれだけの人が先輩の心配をしている?
「……やっぱり産むなって事じゃない」
「違います。産む意思があるなら、まず周りの人の理解を得るべきです」
先輩のやってる事はただの逃げにしか過ぎない。
「皆を説得なんて無理……」
「そんな事は無い。ちゃんと皆が納得いく説明が出来れば文句は言わない」
皆が五月蠅く言うのは先輩の事を心配して言ってるだけ。
育児のストレスで子供に当たる親がいるこの世界でそんな惨劇はあり得ることだから。
気づいた時に後悔してからじゃ遅い。
先輩が背負おうとしているのは、生半可な覚悟では背負えないかけがえのない命なんだから。
「で、瞳子はまずどうするべきだと思うの?」
冴が聞いてきた。
「まずは、先輩の両親の説得からです……と、言いたいところなんですけど」
私は一枚のメモ用紙をバッグから取り出した。
それには電話番号が記されている。
「……大原先輩の実家の電話番号です」
「何で瞳子がそんなの知ってるの!?」
冴が驚いていた。
もちろん私一人で見つけたわけじゃない。
冬吾君の姉、片桐茜さんを頼った。
大原先輩のスマホの番号が分かればどこにいるのか、実家がどこなのかくらい簡単に割り出してくれる凄い人。
お兄さんの純也さんの協力もあった。
大原先輩は山口の実家に逃げた。
それを不審に思った大原先輩の両親が勤め先に電話した。
何も言わずに故郷に戻った理由を問い詰めた。
大原先輩は白状すると両親は激怒した。
当然だ。
もう子供じゃないんだから、自分のしたことに責任をとるべきだ。
だけど大原先輩はスマホを海に捨てたから坂山先輩と連絡が取れない。
そんな時に私たちが接触した。
今頃大原先輩は坂下先輩と話がしたいと思っている。
そう説明すると、坂下先輩は電話をかけた。
「大原君!?……いいの。それより私の話を聞いて欲しい」
坂下先輩は子供を産みたいと大原先輩に告げる。
「俺みたいなすぐ逃げ出す情けない奴の子供でもいいなら……優菜と一緒に育てたい」
大原先輩はそう言ったらしい。
すぐに戻って婚姻届を提出しよう。
「うん……ごめんね」
坂下先輩は涙を浮かべていた。
2人の話が済むと私たちは家に帰る事にした。
「中山さん、ありがとう。心配かけてごめん」
「いいんです。動揺する気持ちもわかるから」
体内に命を宿す事の尊さくらいは何となくわかる。
それを守りたいと思う気持ちもわかる。
でも何かの本に書いてた。
「育てる力もないのに産むのは無責任」
だから協力するつもりになった。
これからは2人でやっていくだろう。
「でもさ、それなら坂下先輩の居場所もつきとめられたんじゃないの?」
家に送ってもらう途中で冴が聞いていた。
そんなに不思議な事じゃない。
実際茜さんには坂下先輩の居場所も探してもらうようお願いした。
「無理。スマホの電源切ってる。今の住所にも実家にもいないんじゃ私でも追跡できない」
茜さんはそう言ってお手上げだったと冴達に説明する。
その後大原先輩は地元に戻ってきた。
泣きじゃくる坂下先輩に必死に謝罪したらしい。
その上で求婚した。
そして坂下先輩の親の罵倒を受けながらも辛抱強くお願いしたそうだ。
もう、2人は社会人。
2人が結婚すると言えば止められる物なんていない。
翌月には婚姻届を提出していた。
坂下先輩は万が一に備えて実家で静養しているそうだ。
なんだかんだ言っても坂下先輩の両親にとっては初孫になるんだから、大事に面倒を見てくれてるらしい。
一方大原先輩は一人で必死に働いている。
これから一家の家計を一人で支えて行かなければいかないのだから。
そうしてこの事件はあっけなく幕を閉じた。
私はその事を冬吾君と話している。
「子供か、いいな~」
冬吾君でもそう思うらしい。
「冬吾君は男の子がいいの?それとも女の子?」
「瞳子の子供ならどっちでもいいよ」
子供の将来は親が決めずに子供が自ら見つけるもの。
悩んだ時に誘導してやればいい。
「冬吾君の子供ならきっとすごい子が産まれるね」
「産むのは僕じゃない、瞳子だよ」
「私一人で産むなんて寂しい事言わないで」
「そうだったね」
そう言って冬吾君は笑っていた。
「もう名前とか決めてあるの?」
「いや、瞳子と2人で考えたいと思って」
冬吾君の中では私との結婚は決まっているようで、それが嬉しかった。
そうして約束の日まで順調に月日は流れると思っていたけど、まだ難題が待ち構えているようだった。
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