第17話 再会

「冬吾、手加減しろって言っただろ!」


誠司がそう言って笑いがならピッチに倒れている僕に手を差し出す。


「ガチンコで勝負したいって言ったのも誠司だよ」


そう言って誠司の手を掴む。


「これが最初で最後なんだよな。ユニフォーム交換しとかないか?」


誠司はそう言ってユニフォームを脱ぎだす。

僕もユニフォームを脱ぐと誠司と交換して握手する。

スタジアムが熱狂の渦で包まれていた。

僕達は歓声を浴びる。

最初で最後の誠司との対戦はクラブワールドカップの決勝戦。

僕達は世界の頂点に立った。

種目が違うけど父さんは世界の頂点に2度立った。

その時何を思ったのだろう?

もう一度この舞台に立ちたいと思わなかったのだろうか?


「もういいや」


そんな気分だったのだろうか?

僕はまだそんな気分になれない。

次は青いユニフォームを着て。

そして地元クラブのユニフォームを着て同じ舞台に立ちたいと思った。

大会が終ると打上げをしてホテルに宿泊する。

瞳子からお祝いのメッセージが届いていた。


「おめでとう。お疲れ様」

「ありがとう」


返信すると僕は疲れていたのかそのまま眠ってしまった。


それから半月ほど経って年を越すと僕は空港にいた。

チームメイトが見送りに来てくれた。

僕の契約期間は4年だった。

だけど最後の1年のスケジュールを考えると、今のチームで試合に出れるのはそんなにない。

Aマッチに召集される事が多いから。

それなら多少の移籍金くらいどうってことないと地元チームが強引に僕や誠司を日本に呼び戻した。

この時期になったのは最後にクラブワールドカップに出ておきたかったから。

まさか誠司達と当たることになるとは予想してなかったけど。


「次会う時はW杯だな」


キャプテンのマルコがそう言って握手を求めた。

僕もそれに応じる。


「俺達と対戦するまで負けるんじゃねーぞ」


お互いに約束してそして別れた。

成田空港に到着すると同じくイタリアを発ったはずの誠司たちを待っていた。


「悪い悪い。ちょっとトラブって危うく飛行機逃すところだった」

「誠司は私が悪いと言いたいの?」


誠司が現地でファンの女子と親睦を深めていると妻のパオラの機嫌を損ねたらしい。

パオラが「イタリアに残る!」と怒り出して宥めるのに時間を要したそうだ。


「だから俺が悪かったって謝ったじゃないか」

「クラブワールドカップの時もファンの女性を抱きしめてた。何度やれば気が済むの!?」


日本には「成田離婚」という言葉があることをパオラは知ったらしい。

ちょっと意味が違うと思うんだけど。


「地元行きの便の搭乗手続きもうすぐみたいだよ」


僕は時計を見て2人に言う。


「パ、パオラ。体調は大丈夫か?」

「心配してくれるならあんな事しないで!大丈夫、飛行機に乗ったらいけないなんて言われてないから」


ちゃんと誠司はパオラを気づかっている様だ。

僕達は地元行きの飛行機に乗ると、飛行機は成田を発つ。

2人ともヨーロッパからの長旅で疲れて寝ていた。

一方僕は興奮して眠れなかった。

眠れるはずがなかった。

地元に残した宝物が待っている。

地元につくと搭乗口を出る。

待っているはずの家族を探す。


「冬吾、お帰りなさい」


迎えに来た母さん達が声をかけてくれた。


「ただいま」

「積もる話は後で聞きますからとりあえず帰りますよ」

「うん」


僕はもう一人来ているはずの待ち人を探しながら返事をした。


「冬吾君!」


背後から声が聞こえて振り返ると、瞳子が僕に抱きついていた。


「……おかえりなさい」

「ただいま、待たせたね」

「うん、……夢じゃないよね?」

「そうだよ」


確かめ合うように抱き合う僕と瞳子。

でもそんな感傷に浸っている場合じゃない。

僕達を見つけた報道陣がすぐにやってくる。

僕達の通路は天音姉さんの家の警備員が確保してくれた。

車に乗り込むと僕達は歓迎パーティの会場の江口観光ホテルに向かった。

家族や友達が待っているらしい。

賑やかなパーティになった。

瞳子とパオラと冴はすぐに意気投合したようだ。


「パオラ。お腹の赤ちゃんの音聞いても良い?」

「いいよ。たまにお腹を蹴ったりするから」


パオラがそう言うと瞳子と冴はパオラのお腹に耳を当ててはしゃいでいる。

そう、パオラは妊娠していた。

誠司は後先考えない人間らしい。

結婚して1年も経ってないのにもう子供を授かる事になった。

その事は世界中で話題になっている。

電撃結婚からの突然の慶事に誰もが驚いた。

出来婚だったんじゃないかと疑われたくらいだ。

驚いたのは誠司も同じだったらしい。

浮足立って誠司のお母さんに相談して散々叱られたそうだ。

子供は日本人として育てるらしい。

その為にパオラも日本国籍獲得に向けて準備するそうだ。

空兄さんや翼姉さんも来ていた。

翼姉さんは夫の楠木慊人さんを連れてきている。

空兄さんも妻の海璃さんと子供の凛と蓮を連れて来ていた。

凛がお姉さんで蓮が弟。

翼姉さんが中々子供を作らなかったのは片桐税理士事務所博多支社が軌道にのるまではと奮闘していたから。

今は軌道に乗って部下に任せていても大丈夫だと判断したらしい。

天音姉さん達も子供がいる。

父さんも母さんも孫を見る事が出来て喜んでいた。

蓮は落ち着きがないけどお姉さんの凛が注意している。

片桐家の男性は女性に勝てない。

その通りになっているようだった。

パーティは朝までするらしい。

だけど僕は流石に疲れていた。

そんな僕を見て天音姉さんが言う。


「瞳子、部屋を用意してあるから冬吾を頼む」

「はい。行こ?冬吾君」


瞳子は鍵を受け取ると僕を部屋に連れていく。

さすが天音姉さんの経営するホテルだけあって極上のスウィートルームを用意してくれた。


「先にシャワー浴びていいよ」


瞳子に言われると僕はシャワーを浴びる。

僕が出ると瞳子が浴びる。

瞳子が出ると僕達はベッドに入る。


「やっと夢が叶ったね」


僕は瞳子に声をかける。


「まだだよ」


瞳子はそう言って首を振る。


「どうして?」

「私の夢は冬吾君と結婚する事だから」

「じゃあ、する?」

「大学卒業するまで待ってくれるんでしょ?」

「そっか、心配しなくてよかったんだね」

「何を心配してたの?」


瞳子が聞いてくる。


「パオラと誠司が子供を作ったから瞳子も焦ってるんじゃないかって」

「別に張り合うものでもないから。冬吾君が焦ってないなら私は平気」


じゃ、のんびり待つとするか。

2人抱き合って眠りにつく。

朝になると僕は瞳子に連れられて地元大近くのアパートに向かった。

今まで瞳子一人だったんだから、極力瞳子と一緒にいてやれ。

天音姉さんからの命令だった。

僕は地元では瞳子の家で過ごすことにした。

でもさすがに狭いな。


「瞳子、後期が終ったら新しいアパート探そう?」

「ここじゃ不満?」

「狭くない?」

「冬吾君と結婚したらまた引っ越すんだよ?」


二度手間だから今はこれでいいと瞳子が言う。

まあ、いいか。


「冬吾君向こうでは車運転してたの?」

「それは大丈夫」


今頃船で運搬されてるはずだから。


「じゃ、それまでは私が足になってあげる」

「ありがとう」

「これからは一緒だね」

「ああ、ずっと一緒だよ」


今度はちゃんと約束しよう。

形に残すことにしよう。

だけど焦る事は無い。

まだ1年あるんだ。

だけどそんな猶予がない突然の選択を強いられる者がいる事を、僕達はまだ知らなかった。

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