第15話 失踪
大学生になって3度目の春が来た。
学生生活もあと2年。
その後の事は分からない。
何となく想像しているけど悩んでいる。
確かな約束はしてないけど、きっと冬吾君と一緒になるんだろう。
しかし私は何がしたいのか?
教師になるという夢はあった。
それはサッカー選手の妻という重荷を背負って両立出来るものなのだろうか?
アスリートと結婚して退職するアナウンサーのニュースをぼんやり考えていた。
それはアスリートの収入が良いから働く必要が無いからなのか、それともアスリートを支えるという重役を担うからなのかは分からない。
冬吾君とも相談してみた。
「瞳子の夢叶えられるといいね」
自分の事は心配いらないと言っていた。
教員試験を受けるかどうか。
もうそんな事を考えないといけない歳になっていた。
冴達は相変わらず自由奔放に暮らしている。
とりあえず取れそうな資格を取ってその職に就くらしい。
2人ともあまり真剣に考えていないようだ。
いずれは沖縄に移住して建人さんは家業を継ぐらしい。
民宿をやっている様だ。
そんな事を考えているとスマホにメッセージが届いた。
冴からだ。
「至急お願いしたい事があるから瞳子の家に行っても良い?」
「もう合コンとかはお断りだよ」
「そんなんじゃないから、どうしても必要なの?」
「何があったの?」
「ちょっと込み入った話だから……いつならいいっても良い?」
今日はバイトは休みだ。
「18時過ぎくらいならいると思う」
「わかった」
急用ってなんだろう?
時間前に家に帰ると冴達を待っていた。
予定時間より少し遅れて呼び鈴が鳴る。
まあ、別府からならしょうがないか。
扉を開けると、冴と建人さんがいた。
2人の問題なのだろうか?
「突然でごめんね」
「いいよ。どうぞ上がって」
2人を部屋に入れると飲み物を用意する。
話は冴から切り出した。
「お願い!カンパして!!」
え?
生活に困ってるようには見えないけど。
「どうしたの?まず説明してよ」
「そ、そうだね。瞳子さ、坂山先輩の事は覚えてる?」
「……ごめん、覚えてない」
「そうだよね。俺達の大学の先輩なんだけど……」
建人さんが説明してくれた。
私たちの三つ上の先輩。
冴達が入っていたサークルの部長の彼女らしい。
「その人がどうかしたの?」
「簡単に言うと大原先輩がいなくなった」
坂山先輩の彼氏。
冴達のサークルの元部長。
坂山先輩が体調不良になって相談したらいなくなった。
そして坂山先輩が産婦人科に行った結果、妊娠していることが判明した。
しかし肝心の大原先輩と連絡がつかない。
大原先輩の勤め先からも会社に来てないからどうしたのか電話がかかってくるそうだ。
坂山先輩だってこの先どうしたらいいか分からない。
頼るべき大原先輩がいないのだから。
それが私にカンパして欲しい理由。
坂山先輩の堕胎の費用を集めなければならない。
坂山先輩は貯金があるから大丈夫というけど、これまで2人で生計を立てていたのに、これからは坂山先輩一人だけの収入になる。
その収入も大原先輩が働いていたから、坂山先輩はパートだった。
早急に転職しないとこの先やっていけない。
理由は自己退社になるので失業手当もすぐには下りない。
大人にしてみたらそんなに大したことのない堕胎費用でも今の坂山先輩には痛い出費だ。
建人さん達は全力で大原先輩を探しているらしい。
一番許せないのは大原先輩だから。
そんなに悪い人には見えなかったけど「もう二月来ないの」の一言で慌てて逃げ出すような男だった。
理由は分かった。
それは確かに急がなければ。
堕胎だって急がないとできなくなってしまう。
「いくら出せばいい?」
「5000円くらい出せないかな?」
そのくらいなら問題ないけど……。
「それだけで足りるの?」
「今サークルの関係者皆にお願いしてるから」
「わかった」
私は冴に5000円を渡す。
「ありがとう!」
2人とも頭を深く下げて、そして帰っていった。
「……ってことがあったの」
その夜冬吾君に話をしていた。
だけど冬吾君の表情が険しい。
やっぱり同じ男性として許せないのかな?
「冬吾君でもやっぱり許せない?」
「どんな事情があるのかはわからないけど、突然いなくなるのは無責任ととられても仕方ないと思う」
「そうなんだ。冬吾君も気をつけないとだめだよ」
「瞳子と離れてるのに気を付けようがないよ」
冬吾君はそう言って笑っていた。
私以外とそういう関係を持つつもりはないらしい。
その割には難しい表情をしてた。
「冬吾君、ひょっとして今違う事考えてた?」
「……うん、ちょっと気になることがあって」
気になる事?
「聞かせてもらってもいいかな?」
「うん、僕が気になったのはその坂山先輩って人」
「何が気になるの?」
「いや、なんか嫌な予感がして……」
こういう時の冬吾君の「嫌な予感」はよく当たる。
「冬吾君の考えを聞かせて欲しい」
私がそう言うと冬吾君は説明した。
坂山先輩が妊娠した。
その予感を察した大原先輩が逃げた。
だから坂山先輩の堕胎する資金が必要。
そこまでは私の説明した通り。
だけど大きなことを見逃してないか?と冬吾君は言う。
「そうだな、解りやすく言うと『坂山先輩は堕胎を望んでいるのか?』って事」
「え?」
そんなの決まってるじゃない。
母親一人で育てるなんて無理がある。
実家に帰るといってもきっと坂山先輩の両親が反対する。
その証拠に坂山先輩は実家に帰らない。
「だからだよ」
「え?」
堕胎するなら実家に帰ってお金を前借すればいいだけじゃないのか?
坂山先輩の堕胎費用を冴達が必死になっているけど坂山先輩の意思を確認したのか?
「聞いたことがある。女性は妊娠すると我が子を守ろうとする母性本能が強くなるって」
私は妊娠したことないから分からないけど、そういうものなのだろうか?
「一度冴達に確認してもらった方がいいんじゃないかな?」
「冬吾君がそう言うなら……」
その時スマホが鳴った。
「多分すぐ出た方が良い。嫌な予感がする」
「わかった。何かあったらメッセージ送る」
「うん、慎重にね。情緒不安定になったりするそうだから」
「……さっきから思ったんだけど、一つ聞いても良い?」
「どうしたの?」
「なんで冬吾君がそんなに詳しいの?」
私が聞いたら冬吾君が笑って言った。
「チームメイトが同じような状態になって2人共パニックになってたから」
そのチームメイトはすぐに結婚したそうだ。
でも、私に万が一の事があったらちゃんと狼狽えずに支えてあげたいから独自に調べたらしい。
「お父さんが冬吾君なら私は安心して子供を産めるね」
「そうありたいと思ってる。父さんも浮足立ってたみたいだから」
話を終えるとスマホを見る。
冴からだった。
こっちから電話をかけなおした。
「あ、冬吾君と通話中だったんでしょ?ごめん!」
「終わったから大丈夫。それより何かあったの?」
「坂山先輩が失踪した!」
え?
「どういうこと?」
私が聞くと冴が説明する。
冴と建人さんは集めたお金を持って坂山先輩の家に言ったそうだ。
そして明日にでも病院に行こうと勧めた。
そこから先は冬吾君の予感が的中した。
「私、この子を産むことに決めたから」
「そんなの無理だよ!」
出産費用ともなればその額は堕胎費用どころじゃない。
出産一時金がでるとはいえ、一度は自腹を切る事になる。
それに妊娠中働く事は出来ない。
どうやって生活するつもりなの?
冴は必死に説得した。
それでも産みたいと坂山先輩は泣き出す。
一度冷静になろうと家に帰る冴達。
その後別のサークルの仲間が坂山先輩を説得しに行くと家にいなかった。
「実家は知らないの?」
「分からないし、知ってても知らせていいのか悩んでる」
確かに坂山先輩が親に知らせていなかったら余計に話がこじれる。
私がもし坂山先輩と同じ境遇になったら、きっと親には言えない。
「多分同僚とか大学時代の友達の家のどこかにいるはずだから、明日探そう?」
私は冴にそう伝えた。
私も手伝うと申し出た。
「ごめんね。瞳子まで巻き込んだ」
「大丈夫」
「とりあえず私は他の友達に連絡して探してみるから」
「今はあまり動かない方が良い。私たちが探し当てたのを知られて、夜中に野宿なんて無茶するかもしれない」
その方が危険だと私は判断した。
「瞳子の言う通りだね。じゃ、明日一緒に探そう?」
「うん、またね」
電話を終えると冬吾君にメッセージを送る。
「瞳子もあまり思いつめないでね」
冬吾君はいつも私を思い遣ってくれる。
だから正直よく分からない。
大原先輩の取った行動が理解できないしする気も無い。
これからどうなるんだろう?
そんな事を考えながら眠りについた。
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