第13話 夜明けを信じて
私は片桐家に招待されて如月ホテルのパーティホールに来ていた。
大きなテレビに映る冬吾君達の雄姿。
相手は守備力に定評のあるドイツ。
決定力に欠ける日本代表が劣勢と報道では噂されていた。
しかしそんな酷評を覆すのが冬吾君たち。
守備力も決してドイツに負けていない。
それでもやはりドイツの守備は固い。
お互いに決定的なシーンが無かった。
「誠司!もっと視野を広くっていつも言ってるだろ!」
「誠は少し静かに見てろ!」
誠司君と冬吾君のラインは研究されていた。
また、ドイツの攻撃も激しくフォワードの冬吾君も守備に参加せざるを得ない。
だから誠司君はパスを出すべき相手が前にいない。
結果中盤でのパス回しになる。
ボールの支配率はドイツの方が上だった。
しかしドイツはそれでも冬吾君を異常なまでに警戒している。
冬吾君をフリーにさせたら自陣からのシュートをも決めてみせる。
高校生に上がるまでは封印されていた右足から繰り出されるロングシュートは異常なまでに強力でしかも精度が高い。
わずかな油断で冬吾君をフリーにすると何をするか分からない独創性のあるプレイスタイル。
常に誰かが冬吾君をマークしていた。
それでもチャンスを作り出そうと冬吾君はピッチの駆けまわる。
それは相手のパスカットに繋がり時としてカウンターに転じさせる。
「冬夜、冬吾のやつ終盤もたないんじゃないか?」
誠司君のお父さんは冬吾君のお父さんに話していた。
「それを言ったら誠司も同じだよ。あれだけマークされていて、接触プレイが多いんだから」
決してラフプレーではないけどと冬吾君のお父さんは話す。
それでも延長戦にもつれ込んだらさすがに厳しい。
試合は後半、アディショナルタイムに入った。
ドイツは延長戦を見越していたのだろう。
冬吾君のマークを交代させようとしたのだろう。
無尽蔵に駆け回り、どのプレイも致命的な一撃に繋がりかねない冬吾君をマークする方が消耗すると冬吾君のお父さんが解説してくれた。
マークする選手がアップを始めた時に生じたマークマンのわずかな気のゆるみを冬吾君は見逃さなかった。
わずかにマークの目線がドイツのベンチを見た時に一気に相手エリアに駆け出す。
それを見ていた誠司君が鋭いパスを相手エリアに送る。
ペナルティエリアでパスを受け取るとドリブルでさらに突き進む。
守備は3人で冬吾君の前に壁を作る。
冬吾君は向かって右端を目指してドリブルする……ように見えた。
そんな冬吾君を取り囲もうとする。
ディフェンスにおいて重要なのはシュートコースを潰す事だけど、やってはいけないことがある。
キーパーが現在のボールの位置を把握できないようなポジショニングしてはいけない。
あるていど相手のシュートコースを限定させてキーパーにシュートコースを予測させてやらなければならない。
しかしこれまでの試合で冬吾君にゴールを見せたら、冬吾君はどこからでもゴールに蹴りこむ精度の高いシュート力を持っている。
絶対にゴールを見せたらいけない。
そんな風に考えてしまうのも仕方ない。
3人のディフェンダーは完全にキーパーから冬吾君を隠してしまう形になった。
それは冬吾君を相手にするときに絶対やってはいけない事だと、江本君から聞いたことがある。
その理由はすぐにわかる。
テレビでは映されなかった謎のプレイ。
きっとキーパーにも何が起こったのか分からなかっただろう。
きっと悪い夢でも見ているのだと思ったのだろう。
しかしドイツのゴールにボールが入っていたという事実はしっかりと映っていた。
冬吾君たちを応援している皆の歓声が沸く。
慌ててボールをセンターサークルに運ぶドイツ選手。
しかし最後の苦し紛れのシュートも日本のゴールには届かなかった。
そして最後の笛が鳴る。
日本代表が金メダルをつかみ取った瞬間だった。
「い、一体何があったんだ?」
誠司君のお父さんが冬吾君のお父さんに聞いている。
「VTRを見ればわかるよ」
冬吾君のお父さんは冬吾君が何をしたのかわかったみたいだ。
VTRは中継とは別アングルのカメラが映された。
壁の右側を回りこもうとした冬吾君は急ブレーキをかけて、右足のかかとでボールを保持しながら左足を軸に半回転する。
ゴールに背を向けたまま狙いしましたかのように右足のかかとでボールを蹴りあげた。
ボールはディフェンダーの隙間を抜けて、キーパーの腋を通ってゴールに突き刺さる。
残り時間の無い状態で冷静にわずかな隙間を狙いすましたシュートは文字通り「冷徹なる一撃」だった。
最後の一瞬のスキをついて残されたチャンスを冷静に狙いすました冬吾君がMVPに輝いた。
その日は皆で騒いだ。
親たちは先に寝てしまったけど私達は夜通し騒いだ。
朝になると「少しだけでも休憩していきなさい」と石原美希さんから言われて予約されてあった部屋で仮眠をとって家に帰った。
その晩冬吾君とメッセージをやりとりした。
「おめでとう、テレビ観てた。すごかったね」
「ありがとう。瞳子が見てると思ったら凄いテンション上がって夢中でプレイしてた」
冬吾君にとって私が応援している試合は全て「負けられない試合」らしい。
今も冬吾君はテンションが上がっているのだろう。
「今回の金メダルは誠司への結婚祝いなんだ」
誠司君がイタリアの恋人と婚約したのは知ってる。
冴にも伝えておいた。
冴から「おめでとうって誠司に伝えておいて」と言われて冬吾君に伝えた。
もう2人の間は「ただの友達」なんだろう。
「だから誠司に約束させた。僕への結婚祝いはW杯のトロフィーでいいよって」
え?
確かにちょうど2年後にW杯はある。
でもそんな約束していいの?
「冬吾君は誰と結婚するの?」
そんな意地悪な質問をしていた。
「瞳子に決まってるだろ」
「私は、まだプロポーズ受けてないよ」
今受けてるようなものだけど。
「……だめ?」
「ダメです」
ちょっと困ってる冬吾君。
珍しいな。
ちゃんと私の心を読み取って欲しい。
「ちゃんと2年後にプロポーズしてくれたら返事してあげる」
今すぐにでも結婚したいくらいだけど。
どうせ一緒になれるんだから待ってる。
きっと素敵なプロポーズをしてくれるに違いない。
「分かった!期待しててね」
「うん」
それから何日かして日本代表の選手団は帰国。
東京でパレードが行われているのをテレビで見ていた。
まだスペインではリーグが始まったばかり。
地元に寄る暇はない。
それに4年間はサッカーに集中させてあげたい。
中途半端にあって冬吾君のメンタルを崩したくない。
それくらいで崩れるような冬吾君じゃないけど。
冬吾君は金メダルという贈り物を日本に残してスペインへ戻っていった。
寂しくないとは言わないけどでもきっと会える時がくる。
その時は4年間の想いを伝えよう。
我慢していた分思いっきり甘えよう。
夜通し愛を語ろう、朝までずっと。
私たちなら絶対大丈夫。
寒い夜を乗り越えたら春が訪れる。
その時をずっと待っていればいい。
夜明けを信じてただ待っていればいいのだから。
あっという間の2年だったのだからあとたった2年だ。
その日を夢見て私は平穏な日々を暮らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます