第12話 そばにいるよ
故障から1年が過ぎ軽い練習程度なら出来るようになった。
冬吾達の活躍で最終予選も突破してオリンピック本戦への出場権を獲得した。
本戦には俺も合流できる。
ここにきてまた故障したら洒落にならない。
ゆっくりと慣らしから始めている。
そしてオフの時はこうしてパオラとデートを楽しんでいた。
パオラも変わった。
兄の二の舞はごめんだと思ってるのだろう。
独学でリハビリを学び俺に付き合ってくれている。
俺が焦って足首を悪化させないように気を配ってくれている。
その甲斐あって大分良くなってきた。
医者からもOKを貰えた。
本戦では全力で挑める。
「順調そうでよかった」
「ありがとう。パオラのお蔭だよ」
「そんなに大したことしてないよ。それよりも……よかったの?」
パオラが聞いてきた。
何の事だろう。
「何が?」
「誠司は年末だって祖国に帰ってない。シーズンオフの時くらい帰った方が良かったんじゃない?」
ヨーロッパのサッカーリーグは8月から6月にかけて行われる。
オフの間もチャンピオンズリーグやらでほぼ一年間オフが無い。
故障してる間くらい帰っても良かったんじゃないのか?
きっと俺の家族も心配してたはずだ。
サッカーに夢中になるのもいいけど家族や俺の身を案じている人の事も考えてやれ。
パオラはそう言う。
そうしないとサッカーを失う時は必ず来る。
年齢が過ぎれば引退だって否応無く考えなければならない時が来る。
その時にサッカー以外に何も無いは悲しすぎる。
パオラなりに俺の事を気づかってくれているんだろう。
もちろん考えてないわけじゃない。
冬吾との約束もある。
将来の事はちゃんと考えてある。
だから今ここでパオラと過ごしている。
「その話は後にしないか?」
「どうして?」
「先に飯にしよぜ、腹減ったよ」
「……しょうがない人ね」
行きつけのレストランに入るといつものコース料理を楽しんだ。
パオラは最初は冷たい人だと思ったけど付き合ってみて変わった。
常に俺の事を第一に考えてくれる一番の理解者だと俺は思っている。
食事が終ると俺は覚悟を決めた。
「パオラのお兄さんの事は前に聞かせてもらった」
「それがどうかしたの?」
「……来月には日本代表と合流する。イタリアを発つことになる」
「そうだね」
「俺と冬吾の目標はA代表になる事。そしてW杯の舞台に立つこと」
サッカー選手なら誰もが夢見る憧れの舞台。
「日本人ってみんなそうなの?回りくどくて話がみえない。何が言いたいの?」
「俺なりに真面目に考えてる。だから順番に話をしている。最後まで聞いて欲しい」
「わかった」
パオラも何かを察したのだろうか。
表情が硬くなっていた。
「俺達の夢はW杯で優勝する事。家族の事はちゃんと考えてるつもりだ」
今のチームとの契約はあと3年。
そしたら日本に帰国するつもりだと話した。
パオラは寂しそうな表情になる。
「そうなんだ。じゃあ、私ともあと3年なんだね」
「どうして?」
「違うの?距離が離れると心まで離れてしまうのは誠司が一番知ってるんじゃないの?」
冴との事を言いたいんだろう。
確かに痛感した。
サッカーに打ち込むあまりに大切な人をないがしろにしてしまった事実は間違いない。
「わかってる。パオラに寂しい思いをさせてしまうことになる」
「わかってるならどうして?私だって寂しくて辛い思いをするのはいやよ?」
ネットだけで繋がっているなんて信じられない。
俺を信じていないわけじゃない。
ただ寂しいんだ。
それは心が満たされればいいわけじゃない。
寂しいパオラの体はどうやって慰めてやれる?
「ちゃんと考えてるよ、だから話を最後まで聞いて欲しいんだ」
「……まだ続きがあるの?」
パオラが聞くと俺はポケットからプレゼントを取り出してテーブルの上に置いた。
怪訝そうな顔で見ているパオラ。
「遠距離恋愛なんてものが通用しない事くらい分かってる」
それが出来るのはきっと冬吾と瞳子だけだろう。
他の人には無理なんて言わないけど、俺はサッカー選手だ。
たまに会いに行くなんてことすら難しい事は理解している。
「俺を信じてくれるなら。俺について来てくれるならそれを受け取って欲しい」
「……どういうこと?」
パオラは感づいたようだ。
声がかすれている。
「俺ももう20歳だ。良かったら結婚して欲しい」
一緒に日本に来て欲しい。
「本気で言ってるの?」
「冗談で愛を語るような馬鹿じゃないつもりだ」
パオラだけを愛している。
心で見つめている。
パオラだけを信じている。
どんなに寒い夜が来ても俺が温めてやるから。
もちろん一緒に日本に着たからと言ってずっと一緒にいてやれるわけじゃない。
代表戦に出る事もあればアウェー戦だってある。
それでもイタリアと日本の距離に比べたら全然違う。
一緒にいられる時間が増える。
だけどパオラにとっても重大な選択だ。
家族から離れて遠い異国の地で生活するという事なのだから。
現にパオラは悩んでいるように見えた。
しかしパオラは違う事を考えているようだった。
「誠司は何か思い違いをしていない?それとも日本の女性はみんなそうなの?」
「え?」
どういう事だ?
「私が親元から離れたくないなんて甘えた考えの持ち主だと勘違いしてない?皆結婚したら家を出ていくのよ」
距離の差はあるけど。
それだって日本みたいな島国と違って陸続きのヨーロッパだ。
国際婚なんて普通にある。
女性にとって結婚とは自分の人生を相手に委ねる覚悟。
そのくらいの事はパオラだって理解している。
故郷を離れたくないなんて甘えた事を言う人間が結婚なんて考えない。
パオラは自分をそういう人間だと誤解された事に腹を立ててるみたいだ。
「ご、ごめん」
「馬鹿ね。私が欲しいのは謝罪の言葉じゃない。私と結婚したいと言ってくれてるのでしょ?だったら私が欲しい言葉くらい分かって欲しい」
「……愛してるよ」
「ありがとう、その言葉だけで十分なの。日本の事は分からないけど、イタリアの女性は情熱的なのよ」
私も愛してるとパオラは言ってくれた。
上手くゴールまで決められたようだ。
レストランを出るとパオラの家に寄っていく。
俺はパオラの家族に歓迎された。
パオラの両親は少し寂しそうだったけど、娘の将来は万国共通のようだ。
何れは来る未来。
「パオラの事を頼む」
そう言われた。
俺は家に帰ると冬吾に自慢していた。
「おめでとう。だったら僕からも誠司に結婚祝いしないとね」
「何をくれるんだ?」
「今度のオリンピックで金メダルを誠司の首にかけてあげるよ」
日本が金メダルを取る。
とても難しい事かもしれない。
それでも冬吾となら実現できるような気がする。
「でもよかった。不幸が重なったから、誠司がやけになるんじゃないかって少し心配してくれたんだ」
「まあ、パオラのお蔭かな」
いつもパオラがそばにいてくれたから。
今度は俺がパオラを支えてやる番だ。
翌日チームメイトにも祝福してもらえた。
パオラを呼んで軽いパーティを開いた。
「結婚祝いに誠司に金メダルか。悪いがそれはくれてやるつもりはないからな」
アントニオがそう言って俺の背中を叩く。
それから数日して俺は空港にいた。
見送りにパオラが来てくれた。
これから日本代表に合流する。
「気を付けて。あ、言っておくけど……」
「どうした?」
「浮気や変な店行ったら即婚約破棄だからね!」
「わ、わかってるよ」
冬吾と一緒に行動しておけば問題ないだろう。
「じゃ、いってらっしゃい」
そう言ってパオラはお礼軽くキスをして手を振って見送ってくれた。
俺はまず最初の難関、オリンピックに挑む。
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