第4話 孤独を埋めるもの
その日市内のファミレスで冴達と待ち合わせしていた。
冴だけでいいのだけど余計なのが二人いた。
1人は冴の友達の比嘉建人。
もう一人はこの前の江口劉生。
もう二度と会うつもりはなかったのだけど。
そもそもどうして今日ついてきたのだろう?
その事を冴に聞いてみた。
「ああ、この前の事でどうしても謝りたいっていうから」
冴がそう言うと江口君は頭を下げた。
「あの時は本当にごめん。瞳子ちゃんの事あんな風に言ったらそれは怒るよね。2人の事は冴から聞いた」
私は今その「瞳子ちゃん」という呼び方に不快感を覚えているのだけど。
それよりまずは一つずつ解決していこう。
「どうして、冴を呼んだのに建人君が来てるの?」
また泊りがけで遊んでた?
そんな生ぬるい物じゃなかった。
「平日は健人の家で過ごしてるから」
は?
「あ、ちゃんと休日は実家に帰ってる」
「そう言う問題じゃないと思うよ」
やんわり言ったつもりだった。
「どういう意味?」
冴が聞いた。
「建人君に誠司君の事は話したの?」
隠す必要はない。
現に冴は誠司君と付き合っているのだから。
黙っていたとしたらそれは冴の責任だ。
だけど事態は私の想像をはるかに超えていた。
「だから、前も言ったじゃん。建人はただの遊び友達だって」
「そうそう、一緒に遊んでるだけ。別に中山さんが疑ってるような関係じゃないよ」
「そう言う問題じゃないと思う」
私は一言言った。
本気だったら問題だけど本気じゃないとしたらもっと問題。
ただでさえ誠司君は冴に会えないんだから、気を使うべきだ。
冴の恋人はただの恋人じゃない。世界で活躍するスタープレイヤーだ。
その精神面をケアするのは冴の役割じゃないのか?
この前冬吾君から相談された事もすべて話した。
だけど、冴は反発する。
「私はまだ誠司の妻じゃない。そこまで束縛される言われはない」
束縛。
冴はそう受け止めていたのか。
「冴ちゃんの言う事ももっともだと思うよ。それで揺らぐようならどのみち長続きしないと思う」
江口君が言った。
「でも揺らいでるのは冴じゃない!」
「お、おちついて瞳子ちゃん」
江口君が言う。
その呼び方は止めて!
「瞳子ちゃんの言う事はもっともだと思う。でも冴ちゃんの意思は無視するの?冴ちゃんにだって冴ちゃんの意思があるんだよ?」
冴は誠司の事はどうでもいいの?
「瞳子、私は誠司の事を嫌いになったわけじゃないの。言ったでしょ?建人とはただの友達だって」
「俺も別に冴と結婚したいとは思ってない。そんな先の事は考えてない。まだ学生なんだ」
でも毎日建人の家に入り浸ってるのは世間はそうは見ないよ。
「はっきり言う。冴は寂しいんだ。だから俺はその心の隙間を埋めてあげてるだけ。中山さんは寂しいとか思わないの?」
私は反論できなかった。
私だって寂しい。
そんな様子を見てた冴が言った。
「瞳子だって本当は寂しいんじゃないの?冬吾君に束縛される必要は無いと思う。瞳子の気持ちが本当なら別に劉生と遊んでたって冬吾君は文句言わないはずだよ?」
それは違う。
理由は分からない。
でも、私が冬吾君の立場だったら、もし冬吾君が同じことしてたら私は嫌な気分になる。不安になる。
それが間違ってるの?
私が冬吾君を縛ってる?
私は縛られてるの?
そんな事を考えていると私自身が嫌になってくる。
「分かった……。建人君とは遊びなんだね?」
「そうだよ」
「じゃあ、誠司君に言っても大丈夫だよね?」
「それは瞳子も言ったじゃん」
まだレギュラーになって間もない誠司君の気持ちを乱すわけにはいかない。
だから内緒にしてて。
言ってることが矛盾してる気がするのは私の気のせい?
「誠司君には黙ってるの?」
「そうしてもらえると助かる」
「……わかった」
納得はしてないけど、したくも無い。
「じゃ、話澄んだしどっかで遊んでいこうよ」
「私バイトあるから」
そう言って店から逃げ出した。
不安になる。
もし冬吾君が冴達と同じ気持ちになっていたらどうしよう。
不安になる。
向こうの国で彼女を作っていたらどうしよう。
結局は信じるしかない。
信じるというのはとても難しい。
例えどんなことがあっても、周囲が何と言おうと自分の意思を曲げない事。
それが私に出来るのかどうかわからなかった。
バイトを終えて家に帰るといつものビデオ通話をしていた。
今日も冬吾君は活躍してた。
日に日に注目を集める冬吾君。
……ダメだ、疑っちゃいけない。
「寂しくないの?」
冴に言われた一言が胸に突き刺さる。
当たり前のように手を繋いで構内を歩くカップルがいる。
それがどれだけ大切な時間なのか気づかずにいる。
少なくとも私にはそれが羨ましい。
きっと家に帰ったら当たり前のようにキスをして抱き合って……。
そんな事を考えていたら冬吾君に筒抜けになってしまう。
モニタ越しでもお構いなしに私の心が見えてしまう。
だけど冬吾君は優しいから。
「瞳子何かあった?」
優しく声をかけてくれる。
冬吾君に隠し事はしないと決めていたから今日あったことを話した。
冬吾君はそれを聞いてくすりと笑った。
「母さんと翼姉さんたちが話をしてた。瞳子も聞いてるんじゃないかな?」
片桐家から嫁ぐ女性、片桐家に嫁ぐ気のある女性は皆試される。
それは……。
「聞いてる」
どんな事があっても信じる事、どんな事があっても支える覚悟、どんな事があっても許せる勇気。
それが出来ないなら諦めなさい。長続きしないから。
正確に言うと冬吾君のお母さん、遠坂家の言い伝えらしい。
私も冬吾君のお母さんから冬吾君が旅立った後に聞かされた。
私はもう冬吾君の嫁として試されている。
「……だから片桐家の男性は思うらしいよ」
冬吾君は言う。
そんな風に大切に思われてるから、裏切らない、自分の彼女を信じ抜く、彼女が悩んでいる時に話を聞いてやる。
自分の生涯のパートナーと信じて大切にする。
冬吾君は優しい。
優しさが滲むように広がっていく。
だから自分の弱さを痛感する。
弱いから甘えたい。
だけど冬吾君はそばにいない。
だから弱音を吐露してしまう。
「会いたいよ……」
絶対に言っちゃいけない事だったのについ言ってしまった。
これしきの事で揺らぐなら諦めろ……か。
だけどそう言われて諦めきれるものじゃない。
悔しさで涙が出てくる。
「ごめんね」
冬吾君が謝っていた。
謝るのは私の方なのに……。
「そうじゃなくてさ、やっぱりちゃんと言うべきだったね」
何を?
「僕さ、実は今のチームとの契約期間4年って決めてるんだ」
通常はもっと短い。
1年契約なんてざらだ。
それだけ冬吾君の実力があるということだろう。
当たり前だ。
史上最年少でA代表に入るくらいの実力者なのだから。
本当はもっと長い6年契約も打診されたらしいけど4年に拘ったらしい。
冬吾君のお父さんもたった2年でバスケで結果を出して引退した。
同じ事を考えてるの?。
「地元チームからも話があってね。4年後にそっちに移籍する予定になってる」
内緒だよって冬吾君は笑って言った。
「どうして4年なの?」
「瞳子が大学を卒業するから」
え?
「空港で約束したろ?瞳子が大学を卒業したら迎えに行くって」
「それは約束じゃないって言ってた」
「うん、約束なんていらないと思ってた。でも今瞳子は寂しい思いをしてる。だからきちんと形にしてやろうと思って」
冬吾君にいらない心配をかけてしまった。
「ごめんなさい」
「それは僕は断られたのかな?」
そんなわけないじゃない。
「……分かってて言ってるでしょ?」
冬吾君は笑ってた。
「4年後に瞳子に必ず会いに行く。その時にまだ指輪をはめていてくれたら新しいのを買うよ」
それは紛れもないエンゲージリング。
「……わかった」
「ありがとう、大好きだよ」
冬吾君のその一言でどれだけ救われるか……。
「私も大好き」
大好きだから不安になる。
「また悩んでいたら教えて欲しい。少しでも瞳子の支えになりたいから」
「ありがとう、本当だったら私が冬吾君を支えるべきなのに」
「お互いが思い遣っていればきっと大丈夫」
サッカーだって言葉が通じなくてもボール一つで意思の疎通ができるのだからと冬吾君は言った。
「じゃあ、そろそろ時間だから」
「うん、怪我にはきをつけてね」
「ありがとう、じゃあ、おやすみ」
通話が終ると私は無意識に指輪に触れていた。
もう迷わない。
私の相手は冬吾君なんだ。
冬吾君は私の未来に光を与えてくれた。
その光を目指して歩くだけ。
冴も誠司君に不安を隠さなければいいのに。
きっと光を与えてくれる。
そう思っていた。
もう迷わない。
いつだって冬吾君が一緒にいてくれる。
冬吾君を愛してる。
遠く離れていても心で見つめている。
だから信じよう。
どんなに寒い夜でも。
しかし冴達の心はどんどん離れていくのを私は気づかないでいた。
自分が大丈夫だから冴達も大丈夫。
そんな風に考えていた。
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